DSquad座談会No.2
UXは事業戦略の要 欧米最新事情に学ぶ-DSquad座談会 (後編)
2015/11/27
前回に引き続き、企業のイノベーション創発を支援するタスクフォース「DSquad」(ディー・スクアッド)のメンバーである電通の森直樹氏、電通国際情報サービス(ISID)の林靖之氏、btrax,Inc.(ビートラックス)のブランドン・ヒル氏、インフォバーンの井登友一氏に、最近注目が高まっているサービスデザインやユーザーエクスペリエンス(UX)、そしてDSquadにかける思いについて語ってもらった。
UXをどのように理解し、取り入れていくか
――そもそもUXをどう理解し、どうやって取り入れていけばよいのでしょうか。
井登:僕はUXって一体何なんだときかれたとき、少々誤解があっても分かりやすく説明するために「かつて『ブランディング』と呼ばれていたものに近いと考えてはいかがでしょうか」と答えるんですよ。「UXデザインに、何百万、何千万とかけるのはあり得ない」と言うけれど、かつて日本の企業はブランディングというものに年間何億もお金をかけた時期があったじゃないですか。それは、短期の収益だけでなく、長期的に企業価値をしっかり醸成していこうとしていたわけですよね。
かつてフロッグデザインでクリエーティブ担当副社長を務めていたロバート・ファブリカントは、ブランディングとUXは思考的に似ている、と指摘しています。 テクノロジーが進化し、チャネルが複雑化しコンタクトポイントが増えてきたことで、「デザイン」がいわゆる意匠だけでなく企業価値や経営そのものをカバーするようになっている。かつてブランディングでやろうとしていた役割を、広義のデザインが担いつつあります。
森:DSquadの設立の趣旨でもありますが、ユーザー体験や接点がかなり複雑化して広範囲にわたっている背景には、あらゆるものがIoT化していることがあります。だからこそ、サービスがそのままブランディングにつながるんです。
ブランドン:特にISIDの林さんもいらっしゃるし、日本のUXについてぜひ言いたいことがあります。規約への同意のコンファメーションページなど、英語でロードブロックといわれる、気持ちよく使うことを妨げるセキュリティー要素がめちゃくちゃ多い。ちょっと過剰です。
シリコンバレーのスタートアップなんかは、法律としてはグレーゾーンのことをやるんですよね。ユーザーを集めてうまくいってもうかったら、そこで自分たちが法律を変えるという勢いで、グーグルしかり、Airbnbしかり、Uberしかり。攻めて攻めてイノベーションを起こす。日本ではそこまで無理かも知れませんが、それくらいでなければ、新しいことはできないのかも知れません。
森:日本でも法律的に順守せざるを得ない部分は仕方がないですが、でも、業界や企業が慣習的にオーバーコンプライアンスになっているところもありそうです。でもリスクをゼロにすることなんてどうやってもできないのだから、UXのメリットがもっと理解されれば、改善につながるのではと思います。利益を追求する企業として、UXを向上させることで、競争力をあげたりコストダウンする、という合理的な判断が成り立つはずです。
井登:欧米ではパブリックセクターが率先して、UXデザインやサービスデザインを積極的に改善、導入している。例えば、ハローワークのような窓口をデジタル化して、より円滑なサービス体験にしていくなどの、サービスデザイン全体を委託したり。結果、職員の数やインフラにかける予算を減らせるので、デザインやシステム開発にお金を使っても、長期的にはペイする。
デザインが今後経営の観点で捉えられていくとしたら、要らないものはなくし要るものにお金を回す、ということがますますドラスティックに行われていくのかもしれません。
ブランドン:そこは大切なポイントで、もうかるかどうかばかり考えがちだけど、どれだけコストダウンできるか、という視点はすごく大事です。
サンフランシスコでも、市内のスタートアップが協働で市に対して積極的に提案しています。組合のような感覚ですね。カーシェアだったり、時間やイベントに合わせて値段が変わるパーキングメーターだったり、どんどん実現させている。チームには当然デザイナーが入っています。
井登:去年北欧でサービスデザイン会社を3社ぐらい視察したんですけど、そのうち2社は在籍デザイナーの多くがなんと官公庁からの出向でした。雇用省とか教育省とか労働省で、サービスデザインの学位を持っている人が採用されている。去年、サービスデザインをはじめさまざまなデザイン領域で賞を取った米ニューヨーク市のウェブサイト「NYC.gov」も、ニューヨーク市のサイトを含めた全体のサービス設計ですよね。パブリックセクターでサービスデザインの考え方がこれだけ浸透しているわけだから、企業が重視するのも当然です。
――洗練されたUXの事例として注目しているものはありますか?
森:僕は講演などでよくフィリップスのLED電球、Hueの話をします。色や明るさのバリエーションが楽しめるというものですが、アプリのUXがきちんと設計されていて、ウェブサイトも分かりやすい。従来、電球といえば値段と、色と、どれだけ長持ちするかで選ばれるカテゴリーだったのを、電球がもたらす新しい生活体験を提案することで、イノベーションを起こした。たかが電球一つだったものをIoT化し、電球と人との接点を爆発的に拡大させ、それを全てブランド体験として上手に還元させている。
すでに話が出ているUberやAirbnbも、秀逸なサービスデザインを伴うイノベーションの代表的な事例ですね。
井登:モノが中心だった時代から、サービスが中心に変わってきている。モノ中心主義のときは、出来上がったものにユーザーはお金を払って、価値の等価交換をした。でも、サービスは、利用者もいわゆる協働や共創の形で関わっていくことで初めて完成していく。Uberだって、ビジネスモデルとしてドライバーも利用者も、共にどんどん得する仕組みになっている。
ブランドン:そういうブランドや企業がこれからもどんどん出てくると思います。車のテスラのように、いわゆるゲームチェンジャーとなって、ルールを変えてしまう。EVであることがポイントではない、今までにないユーザー体験が得られるから乗っているんだ、という人にとって、テスラの代わりはない。車の概念が変わってしまっているんですね。
井登:テスラは自動車としての基本性能は備えているかもしれないけど、自動車産業ではなく、新しいトランスポテーションのプラットフォーム。自戒を含めて言うと、自分たちで自分たちの事業領域に自らを閉じ込めてしまうと勝てないんですね。
ブランドン:自動車メーカーは、テスラは自動車としての性能はそれほど高くないと指摘したりします。でもその発言こそが、ユーザーとのかい離を示しているのではないでしょうか。
井登:イノベーションファームのDoblinグループが手掛けたアラモレンタカーのイノベーション事例では、レジャー目的で車を借りるファミリー層に照準を合わせて、サイトの使い勝手から看板、荷物を整理できる場所や手続きの間子どもを遊ばせておけるキッズスペースの整備など、ニーズを徹底的に洗い出した。レンタカー事業者は自社と顧客のタッチポイントを、予約して配車して…ということで捉えがちだけど、ユーザーからするとレンタカー会社を比較したり、空港でレンタカー営業所への送迎シャトルを探したり、書類を書いている間ウロウロしちゃう子どもが気になったり、とたくさんの経験がありますよね。本来はそういったユーザー視点の経験をより最適にすることがレンタカーを貸すことと同じか、場合によってはそれ以上に重要だったりする。
従来の自分たちの事業領域にとらわれずに、もっと新しい体験を発掘できるところ、あるいはまだ未成熟な場所に広げて考えていくことで、可能性が広がる。デジタルが進化し、IoTが普及していることで、例えばデータを利用した今までと違う手法を発明できるかもしれない。
森:今までにない新たなインダストリーの創出ということでは、ロボットが意外と突飛なところでマーケットをつくる力を持っているかもしれない。介護用のパワースーツが普通に買える価格帯になれば、普及するかもしれないし。そもそも工業用の製造ラインのロボットを普及させたのは日本なんですよね。
井登:対人のロボットが予防医療の領域で活用され始めていますね。自閉症や高度な認知症など、人とコミュニケーションするのにハードルがある人、あるいはお年寄りにとっては、ああいうシンプルなインタラクションをする、老若男女でも何者でもない造形には、心を開きやすいらしい。高度な医療行為というのとは違う、こういう領域にもチャンスがある。単純にテクノロジーばかりを重視するのではなく、何が求められているのかを探ることが大事ですね。
イノベーションに必要な要素は、フィージビリティー(技術的実現性)、バイアビリティー(経済的実現性)、デザイアラビリティー(ユーザー願望)の3つだと考えています。これらを柔軟に考えることで、テスラのような発想が生まれてくる。
ブランドン:そうして発展していくと、将来あらゆる産業にとってテクノロジー企業が競合になってきそうですね。
林:その時、日本が誇ってきた「品質」がどうなっていくのか興味深い。品質の定義自体が変わっていくのかもしれません。
ステップ・バイ・ステップで日本のイノベーションを支えたい
――あらためて、DSquadは日本企業にどのような価値を提供できるでしょうか。
ブランドン:日本企業を啓発したい、これがビートラックスがDSquadに参画する上での一番の願いです。新しく生み出される価値が、意思決定をする企業の価値を超えることはないんですね。どんなにデザイン会社がいい提案をしても、ボツにされたら終わりです。
井登:日本では、イノベーションを起こしたいけど、独特の意思決定のフローを踏まえなくてはいけなかったり、複数のステークホルダーや部門がからんできて動きづらい、という独特の事情があります。電通に率いてもらうことで、そこに配慮しながらもうまくクライアント企業を導いていけるのでは、という期待を僕はすごく持っています。
森:例えばサンフランシスコの会社に投資をするなどの判断にはどうしてもハードルはあるのですが、最初の成功体験で競争力の向上を実感してもらえれば、ガラっと状況が変わって先に進めるかもしれません。電通はそのための緩衝材にもなれたらと思っています。
林:UXやUIを取り入れるに当たっていきなりサーバーから何から何まで、というのは無理があるでしょうから、ステップ・バイ・ステップで進めていくのでしょうね。最終的に多くの消費者に対してスケール感のあるサービスを提供するには、きちんとITインフラを整える必要があるとは思いますが。
森:デザインから入るのは、実は間口が広い。いきなりIT投資をするのは難しいでしょうから、ゴールの視点は事業に置きながらも、まずはデザインから変えることを提案したいと思っています。第一歩を上手に踏み出せたら、次はインフラをこういうふうにしていかなければいけないなどの開発投資の話ができると思います。そこで、ISIDのような実際にソリューションを手掛けられる技術を持つメンバーがいることが生きてきます。
特に経営に携わる方々に、デザインやUXが持つインパクトを気付いていただき、最終的には事業の問題解決まで持っていきたいですね。