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HIROSAKI MOVING PROJECTNo.1

城が動く。街が動く。
〜弘前城の修復工事を観光資源化する。市長が語る、弘前市の挑戦〜

2015/12/16

青森県弘前市では、街のシンボルである弘前城の本丸石垣修理事業が進行している。観光資源の修復工事は、観光スポットの“一時的な消滅”を意味し、観光客が激減することが多いといわれている。しかし、弘前市では、その修復事業自体を観光資源化する施策を取った。それはどのようなものなのか。地方創生へのヒントとは。事業を推進する弘前市長・葛西憲之氏を訪ねた。

400年の歴史と伝統・文化が息づき、和と洋、新旧が調和。
さまざまな魅力を発信する街・弘前

岩木山を望み、世界自然遺産・白神山地の玄関口にもなっている弘前市。そのシンボルである弘前城は、弘前藩初代藩主・津軽為信(ためのぶ)により築城が計画され、二代藩主・信枚(のぶひら)が慶長16年(1611年)に完成させた。以降、藩政時代には数々の寺社仏閣が築かれ、明治・大正期には洋風建築が生まれた。さらに、昭和モダンの建築家・前川國男の作品も数多く残る。

一方、りんごの生産量日本一を誇る「りんご王国」であり、春の桜など四季折々に美しい姿を見せる。その弘前市に大きな変革を起こす一大事が発生した。弘前城の本丸石垣修理である。


街のシンボルであり、観光資源である弘前城が“消える”。
そのマイナスをイベント化でプラスに転化

異変は弘前城の石垣で起きていた。地震や経年劣化などで膨らみが顕著になり、崩壊の恐れがあることが分かったのだ。修理するとなると、天守を移動させなければならない。しかし、弘前城は街を代表する観光スポット。特に城のある弘前公園は桜の名所であり、下乗橋からの弘前城、石垣、桜は絶好の撮影ポイントである。観光客にも大きなアピールポイントとなっていた。天守の移動、つまりそのシーンから天守が消滅することは、観光資源の消滅につながる。観光客の誘致に影響を与えることは目に見えていた。

「これは大変なピンチだと思いました。しかし、考え方を変えれば天守を移動させる、石垣を修理するという工程は今でしか見ることができない。弘前城本丸石垣修理事業という公共事業そのものをショーアップし、観光資源化できないかと考えたわけです」 ──葛西市長

観光スポットがなくなることは、マイナスである。だが、石垣の修理事業をそのまま見せて観光スポット化できれば、プラスに転じることができる。その発想のもと、数々のイベントが展開されることになる。

中でも大きな注目を集めたのが、9月20日から27日にかけて弘前公園本丸で開催された体験イベント「曳屋(ひきや)ウィーク」 である。

弘前城天守の移動には、曳屋という手法が取られた。レールの上に天守を乗せて動かす。曳屋ウィークは、この工程の一部を市民参加型のイベントにしたもので、天守に綱をつなぎ人力で引っ張る。しかし、天守の重さは約400トン。本当に動くのか、という心配もあった。まず、関係者で実証実験をしたところ、200人、100人でも動かすことができた。「これはいける」と判断した。

そして迎えたイベント初日。天守の台座から延びる4本の綱を一般の参加者約100人で引っ張る。すると、天守がゆっくりと動き出した。参加者、市民、観光客ら集まった多くの人々から歓声が上がった。
1回当たりの移動距離は15センチ。期間中、延べ35回の曳屋が行われ、総移動距離は5.3メートルにのぼり、曳屋ウィーク参加者は約3900人、約3万人の来場者を記録する一大イベントとなった。

「市民の皆さんからは、拍手喝采を頂きました。終了後も『とにかくすごいよね!』と声を掛けていただいたり。反響の大きさにうれしくなりました」 ──葛西市長

曳屋ウィークは、目に見える一大イベントとして弘前市民の心をつかんだ。市内、青森県はもちろん、全国で評判となったことから、弘前市民の自信にもつながったという。

「弘前市が何をやろうとしているのか、どこへ向かおうしているのかを、多くの方に明確に見せることができました。今回のイベントで実感したのは、見せることによって市民の皆さんは行政を評価してくれるということ。そして、自分たちの街が全国から注目されていると気付き、市民であることに誇りを持っていただけるようになりました」 ──葛西市長

行政と市民が思いを一つにして生まれた相乗効果。それが今回のイベントでの大きな成果だと、葛西市長は語る。


石垣の修理事業は、期間限定のレアな新しい観光スポットを生み出した

今、各地方自治体では、地方創生にさまざまな手法で取り組んでいる。今回の弘前市で展開されているプロジェクトは、“体感する地方創生”のモデルケースになっている。その点を葛西市長はどのように捉えているのだろうか。

「地方創生のためには、観光面でいえば交流人口、訪れる人を増やすことが必要だと考えています。その際、そこにある既存の物で勝負する。戦略が立てられる観光資源は必ずあるはずです。それを生かし切る。今ある資源をブラッシュアップし、ショーアップして見せることで話題性を喚起し、持続可能な観光資源に変えられます。そういう意味で、弘前市がこうした仕組みでドラマチックな話題を全国、世界に対してプレゼンテーションできたことに、私は大きな意義を感じています。今回の弘前市の取り組みは、同じような条件で戦いを挑もうとしている地域の方にとって、共有できるエポックになったのではないでしょうか」

また、弘前市の取り組みを成功に導いた背景には、市民、街全体を巻き込むことができたこともある。「動」という文字と弘前城をデザインしたフラッグが、街の至るところに掲げられ、弘前市全体が心を一つにした。

「市民の皆さんから支持を頂き、街全体が盛り上がらなければ、多分成功しなかったと思います。この成功例が市民の皆さんにも行政にも自信となって根付けば、持続させることができる。これからもさまざまなイベントを打ち出し、話題性を喚起していくことを考えています」 ──葛西市長

「曳屋ウィーク」を含めて弘前城天守はトータルで77.62メートル移動し、現在ではかつての石垣とは離れた位置に着座している。6年間は元の位置には戻らない。

「以前の景観は、確かに失われてしまいました。しかし、前向きに考えれば新しい景観が誕生したことになる。岩木山を借景にした天守、そして桜を一緒に眺められる位置に展望台を今後つくります。弘前城本丸石垣修理事業があったからこそ生まれる、新しい観光スポットです。しかも、元の位置に戻るまでの期間限定の光景なんです」 ──葛西市長

数々の魅力を持つ弘前を、葛西市長は「和と洋、古いものと新しいものが、混然一体となり調和している街」と表現する。その背景にあるのが、弘前の人々の気質だと言う。

「えふりこき、これは見栄っ張りのこと。じょっぱり、誰にも負けない頑固な点、そして、もつけというお調子者という気質。これが弘前400年の歴史と伝統・文化を支えてきました。えふりこきだから洋風建築などに積極的に取り組み、じょっぱりだからこそ、古い物も新しい物も残してこられたのだと思います」 ──葛西市長

さらに来年2月11~14日の雪灯籠まつり期間には、弘前城石垣マルチ・プロジェクションが実施される。総延長140 メートル超の石垣に映像作品を投影するとともに、内堀一帯に照明演出を行うもので、これも大きな話題となるだろう。


【 取材を終えて 】

行政と市民が一体になり、街全体が未来へ動き出しています。

電通テック・プロジェクト開発室 田中 正人


弘前市では、弘前城本丸石垣修理による天守大移動をきっかけとした「HIROSAKI MOVING PROJECT」を展開しています。お城だけでなく弘前の人々や街全体を動かしていこうというプロジェクトで、市民参加型の“曳屋ウィーク”は大きな反響を呼びました。今後も、さまざまなイベントの展開が予定されています。

葛西市長のお言葉の中にもありますが、これは、何よりも市民の皆さんの支持がないと実現できないことです。そういう意味で、まさに市民の大きな注目を集める中でプロジェクトは進行しています。本事業は、“体感する地方創生”のモデルケースとして広く注目を集めています。こうしたプロジェクトにご協力できることは、私にとりましても貴重な体験となっています。地方創生を考える上で、多くの方の参考になる事例ではないでしょうか。