【アドテック東京2015】
デジタルは人間の本質に迫れるか? 世界の潮流に学ぶ2016年のマーケティング戦略
2015/12/11
12月1、2の両日、デジタルマーケティングに関する国際カンファレンス「アドテック東京2015」(主催=コムエクスポジアム・ジャパン)が千代田区の東京国際フォーラムで開催された。7回目となる今回は、182人の公式スピーカー中、113人が初登壇。急速なビジネス環境の変化に、デジタルでどう立ち向かえるのか。鳥瞰的な視座を得るための六つのキーノートと、先端プレーヤーたちによる各論に来場者は耳を傾け、エキシビションフロアも活況を呈した。
コンテンツは、もはや民主化された
最初のキーノートに登壇したのは、WPPでチーフ・デジタル・オフィサーとチーフ・ストラテジー・オフィサーを兼務するスコット・スピリット氏。広告業界に影響を与えているトレンドとして、コンテンツ、テクノロジー、データという三つを挙げた。
「かつては一部のプロフェッショナルがコンテンツを制作して配信し、われわれはそのコンテンツにうまく広告を挟むことでメッセージを伝えてきた。しかしその時代は終わった。コンテンツの考え方は、もはや民主化されたといってもいい」とスピリット氏。企業やエージェンシーがブランドにおけるパワーをインフルエンサーへ、そしてときに消費者へも委ねる必要があると示唆した。
テクノロジーについては、アドテクの分野が細分化しプレーヤーが増えたことで文字通り“カオス”を極めた「カオスマップ」が一転、FacebookとGoogleの二強の戦いに集約されたと解説。これに対しWPPは、同社傘下のプログラマティックな広告プラットフォーム「Xaxis」で対抗していく考えだ。「われわれの取引相手がCMOからCIOへ広がり、同時にわれわれの競争環境も変わっている。今やデロイトやアクセンチュアのようなコンサルティング企業も、われわれのクライアントでありパートナーでありながら、競合という側面を増している」
三つ目のデータについて、スピリット氏は「“ビッグデータ”は単なるキャッチフレーズではない、企業とエージェンシーにとって真のチャンスだ」と強調し、常にデータに注目してきたという同社の取り組みを紹介した。
キーノート後半は、P&Gやユニリーバを経て今年に資生堂ジャパンCMOに就任した音部大輔氏を迎え、トークセッションを展開した。資生堂という伝統的なブランド企業において、この大きなデジタルへの変遷は「大きな機会」だと音部氏。「だが同時に、新しい技術を適切に使えなければ脅威にもなる。目下、デジタルに精通した個人のナレッジをどう組織へ開放するかに取り組んでいる」と語った。
ポスト・デモグラ時代、デジタルで個人を捉えろ
「“結果を出せ、さも無ければ去れ” 2016年とそれ以降の消費トレンドを読み解く」とのタイトルでキーノートに登壇したのは、世界に3000人以上の情報提供者“トレンドスポッター”を抱えるトレンドウォッチングのマネージング・ディレクター、ヘンリー・メイソン氏。
「例えばモバイルは世界を変えたが、人間の本質は変わらない」と氏は語る。「YouTubeでもHow-toコンテンツが人気で、『どうやってキスをするか?』のビデオが非常に多く閲覧されていたりする。本質的なインサイトを、自社のビジネスに展開することが求められる。加えて、人々はある業界でかなえられた快適さを他の業界でも求めるようになる」と指摘。「顧客に業界は関係ない。期待は移行する」とし、例としてUberとアマゾン・ダッシュボタンのコンセプトを解説した。
具体的に16年を読み解くトレンドとして、メイソン氏は「デモグラフィックは死んだ」とし、“Post-Demographic Consumerism”を掲げる。人々のライフスタイルやアイデンティティーは、より流動的でフレキシブルに、消費者の側から定義され始めている。「便利なデバイスやアプリで、私たちの能力は拡張している。また、コンサバティブな社会だといわれる日本でさえ渋谷でゲイ・パレードが行われるなど、社会的な寛容性も向上している。ステータス=高価なものを所有していること、という方程式も崩れた」
こうした潮流を捉え、先進的な企業はすでに動いている。中には、若年層に人気のヒップホップミュージシャンを迎えてコレクションを発表したヴェルサーチ、LINEと共にキャンペーンを展開したバーバリーなど、神聖なブランド自体に手を加える例も。
では、ポスト・デモグラフィックの時代にデジタルがどう貢献できるのか? メイソン氏は「“個人”を捉えられること、これは今まで以上に素晴らしいチャンスを私たちに提供している。小さなデジタルキャンペーンから始めてみてほしい」と強調。音楽ストリーミングサービスのSpotifyが、利用データを分析し、毎週パーソナル・プレイリストを送ってエンゲージメントを高めている例を挙げ、これこそポスト・デモグラ戦略だとした。
“Rewrite”を推進する四つの要因
起業家であり投資家である、GrowLab創設者のレオナルド・ブロディ氏は、自身のキーノート冒頭で「“Great Rewrite”——世界は大きく書き替わる時代を迎えている」と提示した。
氏は世界各国のベンチャー支援、スタートアップの立ち上げに携わる傍ら、スポーツやエンターテインメント事業を手掛ける米Anschuz Corporationでデジタル関連事業を展開。14年のビルボード・ミュージック・アワードでは、マイケル・ジャクソンをホログラムでステージ上に復活させた。「2020年までには、およそ3割のライブ・エンターテインメントの収益が、実存する人間以外からのものになるだろう」とブロディ氏。これも、大きなリライトの一つだ。
その推進力となっているのは、次の四つ。まず、テクノロジー。技術の普及によって、イノベーションのコストは限りなくゼロに近づいている。次に、消費者行動。「われわれの要素は同じだが、仮想IDの存在を持つ、“1人だが2人”という状況が生まれている」とブロディ氏。
三つ目に、資本市場。投資銀行の動きによって、思わぬ業界から競合が現れる事態が起きている。そして、起業家の台頭。職業の機械化が進む中、自由を求める若者を中心に、雇用の時代は終焉に近づいているという。
あらゆる制度や価値観が書き替わる世界で、ではマーケターはどこに活路を見いだすべきか? ブロディ氏は一つの示唆として“Parallel Enterprise”——本業を担う企業体と並行して、もう一社の起業を提案する。「一つの成功を得るには、会社は10の失敗をするが、現実的な目標や締切の下で人は大胆に動けない。現在のリソースの10%をパラレル企業の設立に注いでほしい」と期待を話した。
マス×デジタルの切り口で探られた複数のテーマ
両日午後には、五つのトラックで45の公式セッションが繰り広げられた。モバイル、データ、クリエーティブなど多岐にわたるテーマが設けられる中、中国市場やミレニアルなど、今後の発展が期待されるピンポイントなトピックも見受けられた。
「テレビ大国日本で、長期的なデジタルとマスの効果測定を考える」には、日本コカ・コーラ、日産自動車、日本テレビ、電通からそれぞれパネリストが登壇。「い・ろ・は・す もも」のソーシャルメディアによるティザーコミュニケーション事例や、自動運転に注目したテレビCM「やっちゃえNISSAN」の展開が語られた。日本テレビからは、金曜ロードショーのファンクラブ「金曜ロードシネマクラブ」でのHAROiDタグを活用したトラッキングについて紹介された。
「デジタル×マス」という点では、ウェブ広告とテレビCMとの共通点や相違点も探られている。「Web広告映像の未来はどっちだ?」では、「忍者女子高生」(サントリー)や「high school girl? メーク女子高生のヒミツ」(資生堂)の企画意図や、「サンポール『さよならの文字』編ロングバージョン』(大日本除虫菊)の制作秘話を交えて、テレビCMサイドの知見からWeb広告との融合と可能性が語られた。
今回はキーノートにも2人の投資家が登壇したが、公式セッションでも「スタートアップとのコラボレーションが活路を切り開く」とのテーマが展開。起業家、支援サイド、両輪とさまざまな立場から、スタートアップと大企業との共創について話し合われた。
なお、公式セッションでは両日とも、五つのトラックのうち1つがインターナショナル・ステージとして設けられ、国内外のプレーヤーが参加した。
「顧客に業界は関係ない」(メイソン氏)との言葉通り、顧客視点で未来を考えるとき、マーケターは役割やテーマを超えて活路を探さなければならないのだろう。そこには当然、グローバルも協業も視野に入ってくる。デジタルが加速し深まる一方で、“デジタル”にとらわれないことの重要性も感じさせた。