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Experience Driven ShowcaseNo.45

JRA 「体験」型インバウンド戦略
~継続的な取り組みで競馬の真の魅力を伝える~

2015/12/22

2014年から「インバウンド」に対する注目が一気に上がり、今年も流行語に選ばれるほどの勢いだ。単発的な施策ですぐ効果が出ると思われがちだが、インバウンド施策はマーケティングが大切なため、継続的な活動と、試行錯誤しながらの軌道修正が不可欠である。
今回は、2008年から外国人誘致に力を入れている日本中央競馬会(JRA)の工藤亜里氏に、電通のJRA担当営業の渡邊丹青氏とインバウンドコンサルタントの山本暁野氏がインタビューしました。

取材構成:金原亜紀 電通イベント&スペース・デザイン局
渡邊氏、工藤氏、山本氏

 

JRAはブームのずっと前から、インバウンドに取り組み始めていた

山本:JRAは11月15日に中国人観光客向け体験イベントを行いました。このイベントで目指したゴールをお聞かせください。

工藤:この秋は中国メディアでのPRをしたいという希望がありましたので、メディアに取り上げてもらうための素材としてのツアーということで行いました。2日間2回イベントをやったのですが、そのうちの1日を中国メディア対象にしました。

渡邊:去年から中国の旅行会社と組んで、競馬場観戦ツアーをずっとやっていまして、来てもらいさえすれば来場者の満足度は高いのですが、そこからの広がりが難しかったということがあってPRしていきましょうとつくった企画です。中国はSNSが進んでいることもあり、競馬場の楽しさをうまく伝えていければと思っています。

山本:広告という形ではなくて、あくまで体験者に実際に体験してもらって、生の声が広がっていくことによってJRAさんの魅力が伝わっていくということですね。これまでの取り組みはいつ始まったのかなど、過去の経緯はどうなっていたんでしょうか。

工藤:JRAでは2008年から、外国人観光客の誘致事業を始めています。在日の外国人を含めて広くターゲット設定していたのですが、まず外国語で日本の競馬を紹介するツールが全くなかったので、マークカードテンプレート、賭け方ガイド、日本の競馬全体を紹介する冊子、各競馬場のパンフレットやリーフレット、全部で4点のツールをつくって、それを英語、韓国語、中国語2種類(簡体字、繁体字)で展開しました。

どうやってPRをしたら日本の競馬場に足を運んでもらえるかという模索を始めたのが2009年。当時はできることは何でもやろうという感じで、各方面からアドバイスいただいたことを予算がつく限り全てやっていました。

賭け方ガイド(繁体字版)
 

山本:結構早くから取り組まれていたのですね。インバウンド対策が注目されるようになってきたのは大体2014年からなので、JRAさんはずっと前から着実にやってきた感じですね。

 

インバウンドならではの試行錯誤と工夫

工藤:一番やらなければいけないのは競馬場やウインズなどの全部の看板に外国語のサインをつけることなんですけれど、今はユニバーサルデザインが唱えられた時期以降に新改築された事業所にしかついていません。これからは外国人来場者の多い東京競馬場を始め、外国語の案内が必要だと感じています。

渡邊:私がJRAを担当したのは2012年からなのですが、その頃から、JRAさんとしては実際に競馬場に向けて外国人のお客さまを送り込みたいというコンバージョンを最終目標として掲げられていました。

そこで、中国本土の旅行会社数百社にもセールスをしたのですが、競馬は一日中楽しめるので、例えば6泊7日で東京・大阪・福岡みたいなルートの中に一日丸ごと競馬場を入れ込むことは、旅行会社としてはリスクがある。2014年に中国国際旅行社という中国国有企業でナンバーワンの旅行会社の日本支社の方で競馬好きな人を発掘して、その人と組んでからは安定的に競馬場に来ていただけるようになってきています。

山本:イベントも大盛り上がりでしたね。

渡邊:大盛り上がりです。競馬のポテンシャルをあらためて感じています。

山本:今までやってこられた中で一番苦労したことは何ですか。

渡邊:買い物だけじゃなくて、もっと日本のいろんな文化を体験したいとか、東京・大阪の観光だけじゃなくて地方に足を延ばしてみようとか、温泉地へ行ってみたいとか、ニーズが多様化していると思うんですが、当初は東京・大阪、富士山、メジャースポットだけ行きたいという人がほとんどだったので、競馬場といってもぴんとこない部分があって。来る予定だった団体も結局キャンセルで急に来なくなったりしました。

山本:それを、どのように解決したのですか。

渡邊:団体ツアーであれば、いかに中国の旅行会社と組めるか。そのためには単に買い物要素だけでなく、観光スポットとしての魅力をいかに打ち出せるか。例えばJRAの場合はギャンブルというより、「テーマパーク」として訴求しています。競馬場内にある競馬博物館や日本庭園などを押していたりします。一方でどんどん増えている個人旅行者をいかに取り組んでいくか。結局は両方取り組まなきゃいけない。

工藤:私の場合は、この3月から国際部に異動してきて引き継いですぐ、中国人ツアーご一行が使う部屋の問題が持ち上がりました。そもそも競馬は朝10時ぐらいから夕方4時半くらいまで、1日中12レースもお楽しみいただけるものなのに、中国人の皆さんは午後から来て、お昼御飯も外で食べて、2~3レースぐらいしかいられないこともある。さらに、ほかの来賓のお客さまから、もう少しあそこは静かにできないのという声もあったと聞きまして。

渡邊:使ったのは、トップ中のトップの来賓室だったのですね。

工藤:ツアー案内は「VIPルームでの観戦」という事項も入っていたんです。

山本:私も中国語で話すときは、大体みんなにうるさい、声が大きいと言われます(笑)。安定して良いお客さまを集めるためにどうすればいいと思われますか。

渡邊:団体ツアーは、ツアーにさえメニューを入れれば100%来場いただけるので安定的ですね。ただ、団体ツアーは客層が40歳代オーバーなのです。若い人をターゲットにしたい場合は、個人向けの旅行サイトと組んだりしてPRしていく必要性が出てきます。

爆買いというよりは、今後は娯楽やサービスを含めた「爆消費」という形になっていくと思うので、その先行事例としてJRAの取り組みがある。日本の競馬は大衆的に受け入れられている娯楽文化で、大きいレースでは2分のレースのために10万人が駆けつけるわけで、そんなイベントは国内でも国外でもなかなかないと思います。そういった一大イベントに対して、海外も注目してきていると感じます。

工藤:本当におっしゃるとおりだと思います。JRAはこれまで、競馬は健全なスポーツエンターテインメントであるとアピールしてきました。小さいお子さまのいる家族連れでも競馬場に来たら楽しめる、「馬のいるテーマパーク」としての面をPRしてきました。

公正確保の面でも、世界の競馬のルールと足並みをそろえながら制度の見直しを繰り返してきました。ギャンブル禁止の中国でもツアー提案が落とされなくなったということは、今までのJRAの取り組みが間違いではなかったという証明だと感じています。
馬そのものの魅力、レースに出るサラブレッドも美しいですが、馬車に乗ったり、ミニチュアホースにさわってもらえたり、そういう機会も競馬場に来ればありますので、そこもどんどんPRしていきたいです。

 

受け入れ策の充実、スタッフの人材育成にさらに取り組んでいく

山本:2020年まで、中国人含めて台湾、香港、韓国、いろんな国や地域の人が競馬場に初めて来られるかと思います。JRAの今後のインバウンドの取り組み、お考えを伺いたいです。

工藤:今までやってきたことは間違いではないんですけども、世の中インバウンドに追い風が吹いている今は、新しい方向を目指すチャンス。今後は個人旅行者の方にも足を運んでもらえる、自然発生的なお客さまがどんどん増えてくるのが理想の形です。そういったお客さまに対するPRの手法を考えること。
また、来ていただいたときに、今まで外国人対応の必要がなかったスタッフばかりですので、お客さま向けだけではなく、スタッフが使える通訳ツールを用意するとか。来場していただいた外国人のお客さまの受け入れ策を充実していかなければいけないですね。

渡邊:中国からの訪日客は、実はまだ人口でいうと0.2%とか、ものすごく低いんです。台湾は10%ぐらい、韓国は6%。まだまだ中国は中間層が増えていなくて、これからなんです。中間層が増えた時に、アメリカやヨーロッパは、ちょっと旅費的に厳しい。日本に行こうという層が控えていると思っていて、初めは団体ツアーで行きましょうとなる。団体ツアーが多分引き続き市場をけん引していきながら、若い人、もう少し高所得の人、こだわる人は個人にシフトしていく。両方にうまく取り組む必要がありますね。