広告小学校の「コンセプト」と「失敗」
2016/01/21
電通総研「アクティブラーニング こんなのどうだろう研究所」は、学校教育におけるアクティブラーニングの本格的導入を控え、2015年10月に設立されました。同研究所は、自ら課題発見・解決し、実社会で活用できる汎用的な能力の育成を目指すアクティブラーニングに使えるノウハウを提供し、「ラーニングのアクティブ化」のサポートに取り組んでいきます。
この連載は、同研究所のキリーロバ・ナージャのコラムと研究所メンバーであり広告小学校の共同研究者でもある大熊雅士先生とメンバーらによる対談でお送りします。
第1回の対談テーマは「広告小学校」。「広告小学校」は電通が行っている社会貢献活動で、東京学芸大学とカリキュラムを開発してきました。CMづくりを通して、コミュニケーション力の育成を目指す授業プログラムで、今までに全国の240校、約2万7000人が体験しています。
大熊先生と発案者である電通1CRP局・牧口征弘局長、そして同研究所・舘林恵がファシリテーターとなって、「広告小学校」の中でアクティブラーニングに使えそうなエッセンスについて語り合いました。
「よく考えろ」の方法論が広告業界にあった
舘林:2016年で「広告小学校」は10年目になります。今日は広告小学校の取り組みの中で、「アクティブラーニング」に通じることについて考えてみたいのですが。まずは牧口さんが広告小学校を9年前に立ち上げた経緯を今一度聞かせてください。その時はアクティブラーニングという言葉も言われていない頃でしたよね。
牧口:電通は常に広告の発信をしているのですが、広告を受け取る側の人たちの状況について無自覚・無責任ではないかというのが出発点。広告は良い影響ばかりではないし、受け手がその情報とどう付き合えばいいのかについて、何もしてこなかったわけです。こういう問題意識を2005年以前から持ち始めていました。そこで、小学生が広告づくりを通してコミュニケーションを学ぶ仕組みを思いつきました。
館林:それを会社のプロジェクトにしたわけですね。
牧口:海外で似たような試みをやっている組織があったので、ヒアリングなどをして「うちの会社だったらもっといいプログラムをつくれる」と思い、すぐに社会貢献部の先輩に話をしたんです。そうしたら「こういう話は言い出した人がやるのが電通の伝統」と言われて。
まあでも、すぐにできると当時は思って始めました。ところが、われわれは教室の子どもたちがそもそもどういう反応をするかについて、全く分かってなかったわけです。結局、2~3カ月で完成するだろうと思っていた「第1ユニット」(※1)が完成するまで1年かかりました。
※1)広告小学校は「第1ユニット 入門CM」「第2ユニット 自分探検CM」「第3ユニット 公共CM」の3つの段階で構成。社員の出前授業形式ではなく、DVD教材・学習指導案・授業ツールなど一式を全国の学校に無償で提供しています。
館林:私も広告小学校の立ち上げ時から教材開発に関わっていますが、ここ最近の1~2年で大熊先生が「広告小学校にはアクティブラーニングのエッセンスがある」と頻繁におっしゃるようになって。大熊先生が教材開発に関わられている中でどのような気付きがあったのか教えてください。
大熊:広告小学校とは、8年以上のお付き合いがあるわけですが、衝撃的だったのは、広告小学校が「どう考えたらいいのか」を子どもたちに教えてくれたことです。僕たちは授業の中で子どもたちに「よく考えろ」「しっかり考えろ」「最後まで考えろ」とは言ってきましたが、考え方を具体的に教えたことはなかったんです。
例えば「すごーく甘いチョコレート」という商品をどうやったら伝えられるのか。単に「考えたことを書きなさい」と付箋を配るだけではダメです。
そこで、考え方を具体的に教えるんです。そのひとつが「視点の転換」。広告小学校には「食べる人を変えてみるとどうか」「場面を変えてみるとどうか」「大げさにするとどうか」というような視点転換の具体的なヒントがあって、子どもたちはそれに沿うことで、考えを広げたり深めたりすることができるようになる。
牧口:多重人格的に頭を使うやり方ですね。ひとつのアイデアが否定されると発想が行き詰まるのではなくて、次のアイデアをさっさと出す。切り替えが早くて、引き出しが多い。
舘林:そうですね。こういうことは普段の広告づくりでは割と自然にやっていることだと思いますが、大熊先生と一緒にやらせていただいたことで体系化していくことができました。
「コンセプト」づくりが、全体の満足度を上げる
大熊:広告小学校は3万人近い子どもたちに受け入れられて、まだまだこれから増えていくところです。学校が今まで提供できなかった、新しい考え方を伝えることができているからこそ、広がっているのだと思います。
その中でも「コンセプトをつくり上げる」というところは、学校教育に全くなかった部分です。
牧口:一番難しかったところですね。
大熊:熊本で広告小学校の教員向けのワークショップをやっているとき、コンセプトをつくる現場に居合わせました。まず、たくさん発想をしてそれを付箋に書き、分類整理をすることから始まります。そして分類したグループごとに、その根底に流れる考え方に「題」をつけていきます。これがコンセプトになるわけです。ところが、その場で牧口さんが「まとめ方が違います」と厳しく指導をしたんですね。隣にいた僕は「何が違うんだろう」と意味が分からず呆然としました。
牧口:教員の方々は仕事がとっても早いんです。なので、アイデアをまとめる間もなく「どうやってそれを表現するのか」という方向に話が向かうんですね。そこで「違うんじゃないか」という話をさせていただきました。
アイデアを深めるためには「踊って伝える」のか「歌って伝える」のか「ダジャレで伝える」のかという、表現の手段に議論がすぐに向かってはいけないんです。
「手段の話をする前に、アイデアの『芯』になる部分をまず決めてください。皆さんは『芯』を決めるのが苦しいので、そこを飛ばして『表現方法』に話がいっています」と言いましたね。
大熊:そうでした、そうでした。
牧口:広告をつくるときにはこの「芯」の部分、つまりコンセプトをしっかりと固めなくてはならないんです。表現手段を10個考えて、それが全部ダメだったときに、コンセプトがありさえすれば、そこに戻ってそこからいくらでも新しい表現手段を考えることができますから。
例えば「すごーく甘いチョコレート」という広告のコンセプトが「人格が変わるほど甘い」というところにまとまれば、そのあとの手法を考える苦労はそれほどありません。
大熊:誰の人格が変わると、「すごーく甘い」を相手に伝えることができるのかを考えればいい。警察官なのか、ガミガミ親父なのか、いつもうるさいお母さんなのか。コンセプトがしっかり決まっていれば、その中で最強のアイデアに高めることができるわけですね。
確かに、コンセプトがないと、困ったことが起きます。たとえば会議の中で、声が大きい人の表現手法に決まってしまうことがよくあります。「私のアイデアがいいでしょ。これでいきましょう」と、声の大きい人の意見が通ってしまうと、他の全員がむなしくなるんです。これでは、声の大きい人の満足度が100%で、他の人の満足度は0%になります。
ところが、全員のアイデアをまとめて、コンセプトをつくって、それからさらにアイデアを広げることができれば、決定事項に対する全員の満足度を上げることができるんです。
牧口:確かにそうです。広告小学校も、最初は自分のアイデアが採用されないからとすねてしまう子どもがいたり、先生の中にもアイデアが通らなくて、授業が終わった瞬間にばーっと帰ってしまう人がいました。ところが、コンセプトをしっかりとつくるという過程を踏むことで、全員が関与する仕組みができたわけです。
舘林:コンセプトづくりは、考え方の方法というだけではなくて、グループワークでの関わり方の面でも大事なプロセスだったわけですよね。
「コマ犬」の失敗がハードルを下げる
舘林:広告小学校には「コマ犬」というキャラクターがいます。このコマ犬を最初は先生役にしようと思ったんですね。ところがそれでは全然ダメでした。子どもたちが食いつくようなDVD教材にならない。そこでキャラの設定を検討して、子どもたちと同じ目線で学んで半歩先ですぐ失敗する、ちょっと頼りない性格にしました。
コマ犬の声も私がやっていますが、録音の時にはクリエーティブディレクターの田中元さんから「もっと情けなく!バカっぽく!」という厳しいディレクションがありました(笑)。
大熊:授業をしていて「今日の授業はうまくいく」と思う瞬間というのがあるんです。それはコマ犬の失敗を見て、子どもたちがドッと受けるのを見たとき。
舘林:コマ犬は、鼻と口が「CM」になってるくらいCMをつくるのが大好きなんです。それで、ABCコーポレーションという会社に依頼をされて、自分が考えたCMのプレゼンテーションを得意気にするんですが、ことごとくダメで打ちのめされる。
コマ犬が「ガーン!」となる。子どもたちは笑う。安心する。それで「よし、やってみるか」ってなるんです。
子どもたちにとっては、正解のないアイデアを出すのって勇気がいることですよね。コマ犬の大失敗を見せるのは、発想する時のハードルを下げる大事なポイントだと思っています。
大熊:コマ犬の失敗で子どもたちが笑わない場合には、説明の口調を優しくするなど、授業のやり方を考えますね。
牧口:コマ犬はリトマス試験紙みたいな存在ですね。子どもたちが気持ちを楽にして、スッと入っているかどうかが分かります。とにかく大切なのは子どもがリラックスしてアイデアを出すことですから。
大熊:そうですね。広告小学校には決められた答えがないので、子どもたちの自由な発想を全部生かすことができるはずです。ところが、教員の側が足を引っ張ってしまうことがあります。
CMをつくるときに、ある教員は、子どもより自分の考えの方がいいと思ったのでしょうね。
「このアイデアがいいんじゃないかな」「こっちはどう」と言うんです。こういう人は、一人だけではありませんでした。
舘林:先生のアイデアに誘導してしまう時はありますよね。そうすると子どもたちは、自分で考えるよりも、先生の中にある「正解」を探ろうとする。
大熊:先生が子どもたちの結論を自分の好みの方向に持っていってしまうと、子どもたちの目がどんよりとなってくる。ため息をつきながら発表することになります。
その対策をどうしたらいいのか。電通の人に言われたのは「指導案が悪い」と。そんなことを言われたのは初めてのことでした。
牧口:先生方に渡す授業のシナリオ的な意味合いの「指導案」が見にくかったんですね。
大熊:あるときに、電通のイベント運営指示書を見たんですが、これがどうにもこうにも間違えることができないくらい明確だったんです。担当者が風邪をひいて休むことになっても、この指示書があれば誰でも代わりができる。そこでこのエッセンスを指導案に落とし込むことにしました。
広告小学校が広まるにしたがって、いろいろなところで内容が多様化し、授業がバラバラになりがちだったのが、指導案をつくり直したことで、どこでやっても基準を満たすようになりました。
課題発見力の弱体化
大熊:どうして今、アクティブラーニングが注目されているのか。現代は、ひとりの天才が出てきて解決できるような課題が残っていないからです。
アインシュタインがいても、原発の問題は解決できません。原子力の専門家、コンクリートの専門家、水質の専門家、土壌の専門家など、多くの人がアイデアを出し合って、それを結集するというやり方が今は求められています。
すでにある正解を教えてもらうような教育では、時代に対応できなくなっているんです。これからはゴールのない問題に対し、アイデアを出し合うことが必要です。学校で学んだことを実際の社会や自分の生活に生かしていく、汎用的能力も必要になる。広告小学校の中の、さまざまな意見を吸い上げてまとめて、さらに深めるという活動から、教えている先生も生徒もアクティブラーニングを学んでいることになるんです。
牧口:課題を解決できるかどうか以前に、今は課題を発見する力が問題になっていますね。
大熊:私が教員になりたての頃は「学校の問題があれば、議題用紙に書きなさい」と用紙を配れば、さまざまな課題を集めることができました。そのうち子どもたちが課題を書けなくなり、週に1回書く時間を設ける必要が出てきました。ところが今では時間をつくっても書けなくなった。
先生に「あれやれ」「これやれ」と指示されるばかりで、問題発見する機会がなくなった子どもたちは、課題を発見して言葉にすることができなくなってしまったんです。
舘林:広告小学校の中では第3ユニットの「公共CM」がそこに関連します。世の中の問題を発見してCMにする授業なのですが、まず「発見ノート」を使って、身のまわりの問題を発見します。そして、「解決ノート」を使って自分なりの解決策を考えます。最後には「表現ノート」を使って、その解決策を伝えるCMの表現を考えるわけです。
大熊:そう。そこなんですよ。公共CMをつくる時に、子どもに課題を見つけさせる。そこで「どう見つけたらいいのか」具体的な手だてがノートに示されているんです。これが素晴らしかったですね。
授業をしながら僕は気付いたんですけど、発見ノートは赤、解決ノートは黄色、表現ノートは青になっていて、信号の表示と同じなんです。
舘林:立ち止まって発見が赤、注意深く原因を考えるのが黄、多くの人に伝えるように前進するのが青というようにしたんです。
牧口:大切なのは、赤いノートで発見することですね。この時に先生が「地球温暖化」とか余計な例を言っちゃダメなんです。子どもたちに自由な発見をさせる必要があるんです。
アクティブラーニング難民を生まないために
大熊:課題を見つけるというのでもそうですが、いくら「しっかり考えなさい」と子どもに伝えても、そこで具体的な考え方、やり方を示さないとダメなんです。「考えろ」って子どもに言っても「考えられない」となったら、子どもはそこで止まってしまう。これが「アクティブラーニング難民」です。単に子どもたちに「しっかり考えなさい」「よく話し合いなさい」と言うだけでは失敗してしまいます。
牧口:どうして「アクティブ」という言葉が出てきたのかを考えてみると、ラーニングは「パッシブ」、つまり受動的なものだったからだと思います。大熊先生の言うように、アクティブラーニングといいながら、これは簡単に「パッシブラーニング」にすり変わってしまう。
最近読んだ齋藤孝さんの本にあったのですが「新しい学力とは、新しい意味や価値を見いだすこと」とありました。子どもたちには答えを求めるだけではなく、自ら考えて、発見をして、新しい意味と新しい価値を見いだしてもらう。アクティブラーニングの価値はそういうところにあると思います。
ないものを発見するノウハウ
牧口:アクティブラーニングというのは、「ないものをどう発見するか」ということに尽きます。教育制度が大きく変わる2020年に動き出すまで、今はまだ論点を整理し、何ができるのかを考えている段階です。その中で広告小学校という試みをクローズアップすると、企業と学校がいい連携をしていることが分かります。
電通の中には、今まで培われてきた電通らしさが「無形の知」として存在しています。それを活用しながら企業と学校が一緒になって、「産学共同」というやり方で、アクティブラーニングのノウハウをつくっていきたいと思っています。
大熊:そうですね。今までの学校教育は、すでに確立した解答を求めていくものなんですが、広告小学校には決まった答えがありません。子どもたちは、新しい脳みその使い方を知る必要があるんです。
舘林:ありがとうございました。アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所ではこれから、アクティブラーニングに使えそうなノウハウを体系化して学校の現場に提案していきます。まずは都内の研究校3校とプロジェクトを開始して、課題などをお聞きしながら、その学校ならではのアクティブラーニングの授業を共同で開発していく予定です。
大事にしてるスタンスは「すべてを是とする」こと。答えのない教育をしようとしているのだから、ひとつのツールを押し付けるのではなく「こんなのどうだろう」精神で、学びのアクティブ化のお手伝いをしていきたいと思っています。
広告小学校
http://www.dentsu.co.jp/komainu/
電通総研 アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所
http://dii.dentsu.jp/activelearning/