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Sexology Creative LabレポートNo.3

日本の性教育が変わるために、
必要なこと

2024/05/15

前回の記事「スウェーデンで見つけた、女性のための学校と性を科学する大学院。」では、性、あるいはジェンダーに関して、性別、年齢、国籍や障がいの有無に関わらず誰でもオープンに、カジュアルに学べる場所があることをご紹介しました。

2022年秋の取材から1年半を経た今回は、Sexology Creative Labの杉井すみれさんと、2023年秋にまた、スウェーデンを視察してきた#なんでないのプロジェクト代表の福田和子さんが、スウェーデンでの最新の学びと日本のこれからについて考えます。

※レポート全文はこちら 
 

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1年ぶりのスウェーデン、性的同意が学校のカリキュラムに

杉井:福田さんが、2023年秋に1年ぶりにスウェーデンに行ったと伺いました。新しく知ったことなどありましたか?スウェーデンの今を知りたいです。

福田:今回は高校に取材に行きました。スウェーデンでおそらく一番大きなユースセンター(※1)で、その中に高校もあるフリースヒューセット(※2)というところを訪れました。そこで、去年スウェーデン性教育協会(RFSU)で見せてもらった、性的同意に関するオリジナルの動画教材「Do You Want to? 」を使った授業を見学しました。スウェーデンの高校での性教育の授業を見たのは初めてでしたが、本当に衝撃的で。ディスカッションで、みんなとにかくよくしゃべる。性教育の授業だけじゃないんでしょうけど、和やかで議論が活発な様子に驚きました。

※1ユースセンター=学校でも家でもない、ユース(若者たち、主に中高生)の“第三の居場所”。若者団体の余暇活動の場になっている。
※2フリースヒューセット(Fryshuset)=北欧最大級のユースセンター。本部のある敷地には、スポーツアリーナ、イベントホール、コンサートホール、スケートボードパークなどの大規模な施設と学校が併設されている。ヨーロッパ各所に拠点やネットワークを持つ。
 

杉井:(授業の様子の動画を見せてもらって)高校生ですよね?すごい、ちゃかさず盛り上がってる。こんなに意見が飛び交う保健の授業は見たことがないです。具体的には、どんな授業を行っているんですか?

福田:動画教材を見せて、これについてどう思う?とか、どうやって同意を確認する?ということを先生が投げかけて、生徒が手をあげて答える流れです。自分で考えたり、周囲の人や先生と話し合ったり相互にコミュニケーションが取れている授業でした。

杉井:スウェーデンの学校の性教育の授業では、昔から性的同意を教えていたのですか?

福田:いえ、性的同意の話が授業に必須の内容として組み込まれるようになったのは最近のことです。2018年に国の性犯罪の刑法が変わったことをうけて、義務教育の性教育の内容も変わり、どの学校でも性的同意について教えることが必須となりました。

とある性犯罪事件がきっかけでスウェーデンの「FATTA!」というNPO団体が声を上げて、ちょうど同時期に#Me Too運動も起こり、さまざまなムーブメントを機に刑法が改正されたと考えられています。

杉井:すごい、この数年でそんな大変化が起きていたのですね。法律が変わり、教育が変わったんですね。

口で言われるだけじゃなく、「守られている」と実感できる環境

杉井:スウェーデンでは高校のほかに、どんなところに見学に行きましたか?

福田:ストックホルムから電車で1時間弱くらいのヴァレントゥナという町のユースクリニック(※3)にも行きました。小さな町の、高校の目の前にあるユースクリニックなんですが、働いている人や雰囲気がすごくすてきで。中心地だけではなく、地方に行っても安心できる施設がそばにある、クオリティが行き届いていることがすごいなあって改めて思いました。

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※3ユースクリニック=各地方自治体が運営する公的施設で、国のガイドラインにより、助産師、 ソーシャル・カウンセラーまたは心理学者の常駐、パートタイムでの医者の駐在が定められている。


杉井:高校の目の前にあるのがとてもいいですね。使ったことがなくても、いつか使うときに場所を知っているって、すごく心強い!ほかにはどんな施設に行きましたか?

福田:ほかには、ティーンを対象にDV防止などに取り組む団体を見学しました。DV予防教育をしつつ、自傷的なセックスや取引を含む性行為のトラウマで苦しんでいる子どもたちを守り、ケアする活動をしている団体です。デートDVなどもチャットで気軽に相談できるサービスがあります。プロの心理士の人がサポートしているので、本格的なケアが必要な人に対しては、プロフェッショナルによるカウンセリング治療などに対応してくれる仕組みになっています。

日本だと一般的にカウンセリングはすごくお金がかかるし、トラウマ治療をできる人がそもそも少ない中で、スウェーデンでは無料でできる、その環境が素晴らしいなと思いました。

杉井:すごいなあ。いろいろな形で守られていますね。大事にされている感が口だけじゃないことが伝わってきます。

福田:はい、医療はもちろん性暴力についても、セーフティネットがしっかり整備されている。すごく大事なことだと思います。この団体はスウェーデンのNGOの中で何度も表彰もされていて、大事な活動として認知されています。ここだけでなく、いろいろな団体、いろいろなセクターが、それぞれ違う活動を行っています。

杉井:確かに、どこかひとつがやればいいという話ではないですね。医療がやるから、行政がやるからと、人任せにしていてはいけないなと思いました。広告業界は関係ないことだと見ないふりをしてたら、一向に環境は変わらないですね。自分のセクターでできることを探していかなきゃ。

北欧と日本の教育方針のちがい

福田:北欧では、施設やサービスによって、ひとりひとりの人権が守られているという話をしました。それだけではなく、教育部分でも学ぶべきことがあると思います。

杉井:ハードウエアの部分だけじゃなくて、ソフトウエア、どんな信念、思想を個人が持つかという話ですね。聞いてみたいです。

福田:まずは日本の現状から話しますね。私が最近、びっくりしたのが、幼稚園や小学校受験の塾の話です。そこでは試験の練習として、歩いてと言われたら歩いて、止まれと言われたら止まって、授業の途中は水も勝手に飲んではいけなくて、ちょっとラインから離れると「迷惑をかけているのは誰?」と言われるそうです。就学前の話ですし、全てがそうではないのは大前提として、私自身日本で生まれ育ち、日本で教育を受ける中で確かに、自分の意見を持つことよりも、周りに合わせて盲目的にでも従うことのほうが評価されてきたように思います。

一方、留学してであったのは真逆の世界でした。とにかく何かを話したりしてコミットすること、できれば話を聞いて抜けているポイントを指摘できるとか、いかにクリティカルな質問ができるかとかが大事にされています。黙って言うことを聞いていると、何も考えてない、コミットしていないと思われて、むしろマイナス評価を受けたりします。

杉井:それは確かに日本の教育と欧米諸国の教育の大きな違いかもしれないですね。小さい頃に学んだことをベースに人格形成されていくから、大きくなって突然「権利」とか「自由」とか言われても、どうしたらいいかわからないですよね……施設やサービスの整備はもちろん、小さい頃に受ける教育の改善も必要、両輪で変えていかなきゃいけないんですね。

福田:そう思います。今回、北欧に行っていちばん大事だと思ったのは、自分が嫌か嫌じゃないか、好きか嫌いか、自分がハッピーに感じることは何かなど……自分がどう思うかを、自分でまず知って、ちゃんと表明しないといけないということ。でないと、どうにもならないと思いました。#Me Too運動の流れから、日本でも「性的同意」という言葉が浸透してきているけど、教育の骨格の部分で「みんなに合わせること」が良しとされていては、性的同意を実践しましょうと言われても、なかなか実感が湧かない気がするなあ。

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自分の声がちゃんと届く体験こそ、人権や民主主義のベース。

杉井:そうですね。「性的同意」という考え方はすごく素晴らしいけれど、つくづく自分の気持ちを真っすぐ相手に伝えることに慣れていないなぁと感じます。

福田:性教育の授業はもちろん大切ですが、その一歩手前の自分の声って大事なんだ、声を上げたら届くんだという体験ができたら、それ自体が人権とか民主主義のリアルな教育になると思っています。

杉井:幼児教育が、そういう型にはめる教育になってしまっているところがあるのは、もったいないですよね。でも、中高生向けではありますが、最近は日本でも、不条理な校則を変えようという動きが出てきていますよね。ヘアケアブランドが実施した、髪型の校則について疑問を投げかけるキャンペーンが話題にもなりました。

福田:そのキャンペーンがポジティブな評価をされているのはすごくうれしいです。私たちが大学生の時には声を上げた人は就職できないよ、と言われたりしていたじゃないですか。社会が「確かにおかしいかも」と気づいて、いろいろな人が続いていく流れを作ったのはすごいと思います。学校だけではなく、会社でもまだまだおかしいことはたくさんあると思っています。いろいろな場所で、自分の声、自分を大切にされる経験がもっと増えるといいですよね。

杉井:その後も、求人情報検索サイトで職場でジェンダーギャップについて考える広告が制作されたり、価値観のアップデートは進みつつある気がします。ハードもソフトも充実している北欧に圧倒されていますが、この国も少しずついい方へ向かっている、はず。広告にもできることがあるとわかったので引き続き頑張りたい!

これからの社会を動かすのは、データかも。

杉井:いろいろお話しをしてきましたが、他にも大事だと感じたことはありますか?

福田:調査やデータです。どの国もそうですが、スウェーデンでは、特にデータを大事にする環境にあります。あらゆる施策、取り組みが大学・研究所と組んで実施されていて、データに基づくことが重視されています。(詳しくは連載第1回第2回の記事参照)

「存在しない女たち 」という本で紹介されている話なんですが、スウェーデンの地方自治体のデータによると、雪の日に一番多い事故は転倒で、車の事故の約3倍。そして、転倒しているのはほとんどが女性で、それなりの医療費がかかっている。その原因は、車などで通勤するだけのことが多い男性と比べて、女性の場合、買い物や子どもの送り迎えのために、公共交通機関と徒歩で細い道、つまり、雪かきで後回しになる道を歩く機会が多かった。それによって、かかる医療費は、雪かきの費用の約4倍になっていた。その解決策として、雪かきの優先順位を変えて、最初に保育園に続く道、次に大きい職場で女性が多いところ、つまり病院やパブリックセクターを先にやって、最後に大通りをやることにした。

そうしたら、雪の日に転倒して病院にかかる人がすごく減った。雪かきにかかるお金は変わっていないのに医療費が減り、全体的にはすごくプラスになったという話があって。まさに、データとジェンダー視点が合わさって課題解決につながった例ですよね。そもそもジェンダー平等自体がヒューマン・ライツなんですが、その上で、政策の効率性やクオリティを考えたときにも、ジェンダー平等が大事だと証明してくれているので、この話がすごく好きです。衣食住の確保が先だ、ジェンダーなんて後回しでいい、と言う人が多いですが、衣食住を確保するためにもジェンダーの視点が必要です。こういうデータがあるとすごく説得力がある。やっぱりデータは本当に大事だと思いました。

2023年にノーベル賞を受賞した、経済学者のクローディア・ゴールディン氏も、ピルがアメリカで登場してから、アメリカの女性たちの大学進学や社会進出にすごくプラスの効果があったというデータを出しています。ピルによって自分の体を自分でコントロールできるようになったから、望んでいなかった退学や結婚     が大きく減って、自分のライフプランを保ちながら、人生を歩むことができるようになった人が増えた。ピルは、女性の社会進出、女性の人生にすごいプラスをもたらしているという結論を出していて、これも、データがあるからとても説得力がある。例えば、ユースクリニックとかケアに行くという習慣があれば、将来的な医療費が減るのかもしれない。そうしたことをデータで可視化していって、データドリブンな政策ができたらな、と今は考えています。

一方で、世の中の脆弱(ぜいじゃく)な立場に置かれた人たちのことはデータ化されなかったり、データで見るのが難しかったり、そもそも数が少なければ自動的に無視していい問題になるわけでもないから、データ絶対主義になってもいけないけれど、できる限りデータを出して可視化するのは大事だなと思います。

杉井:すごく大事な話を聞けたと思います。ハード(医療制度、ケアする団体、ユースクリニックなど施設やサービスの整備)とソフト(自分が大切にされている、自分の声が大事だと感じる教育)、両輪が大事だということ。それに加えて、データの重要性。広告は遠いところにいるわけではなく、私たちのセクターでもできることがあると、改めて気づかされました。貴重なお話を聞かせてくださり、ありがとうございました。

福田さんが同行した今回の北欧視察をまとめたサイトはこちら

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