「生態系×ビジネス」を考えるNo.4
「わからない」って楽しい!観察と仮説から始まる恐竜学者の探究視点
2024/06/28
生態系保全に関するさまざまな課題と向き合い、解決のためのコミュニケーションを考える「DENTSU生態系LAB」。2024年6月、「探究」をテーマにLABメンバーの木下さとみ氏と吉森太助氏が企画・制作した絵本の第2弾「きょうりゅうのわかっていること・わかっていないこと」が発行されました(リリースはこちら)。
第1弾発行時の記事に続き、今回は木下氏と吉森氏、絵本の監修を担当した国立科学博物館の副館長で恐竜研究者・古生物学者の真鍋真博士が鼎談。第2弾制作の裏側や、限られた資料から「わかっていないこと」への仮説を立て、解明していく恐竜学の「探究」への考え方や、ビジネスにおける生かし方などについて意見を交わしました。
<目次>
▼「わからないことだらけ」の状況に、ワクワクする子どもが増えてほしい
▼色や姿はほぼ想像?恐竜は「わかっていないこと」の方が多い生きもの
▼何が正解かを決めないで試す、「わからないこと」へのアプローチ自体が大切
▼さまざまな角度から「観察」し、意見や感想を共有できる“場”の重要性
「わからないことだらけ」の状況に、ワクワクする子どもが増えてほしい
——まずは第2弾の絵本制作が決まった経緯と、テーマを「恐竜」にした理由についてお聞かせください。
木下:もともと第一弾の発行時からシリーズ化したいという思いがありました。今回のテーマは当初「宇宙」で考えていたのですが、ヒアリングの過程で伺った「わからないこと」があまりにも壮大すぎて、扱うにしても最終章レベルでは?という話になりました。その間に別の仕事で真鍋先生とご縁をいただき、「恐竜」の案が浮上しました。
吉森:絵本なので、子どもが興味を持てるテーマかどうかが一番のポイントでした。第1弾の「動物」は知っている子どもが多く、絵本を読んだ後に動物園などへ見に行くこともできます。その続編と考えた場合、宇宙よりもう少し話しやすいテーマがいいと思った時に、絵としても子どもの目を惹ける恐竜案が上がり、興味を喚起できそうないいテーマだということで話が進みました。
——真鍋先生は、なぜ今回の監修を引き受けようと思われたのでしょうか?魅力を感じたポイントなどがあれば教えてください。
真鍋:まず「わかっていることと、わかっていないこと」というテーマにとても惹かれました。図鑑でも恐竜の本でも、今は「わかっていること」を伝えるのが主軸になっています。実際のところ、恐竜にはわかっていないことが山ほどあるのですが、本などで発信する場合は、常にわかっていることが話題になってしまう。「わかっていないこと」を取り上げる点がとても斬新で、絵本での試みは今までなかったのではと。
もう一点、実は15年ほど前から「世の中が変わった」と感じていることがあります。講演会などの質問コーナーではよく恐竜学者になりたい子どもたちから質問を受けるのですが、その頃から「夢をかなえて恐竜学者になったとき、研究することは残っていますか」といった声を全国的に聞くようになったのです。
その背景として、おそらく昔は「将来何になりたいか」を言えればよかったところ、今は「その職業に就くにはどんな努力が必要か」「どのぐらい将来性があるのか」といった部分まで調べるように学校で言われる状況があるのではと。調べていくうちに、余計な心配をしてしまう子が現れるようになったのではないでしょうか。「わかっていないことがたくさんある」ことに、わくわくしてくれる子どもや読者がもっといてほしいと思ったのです。
——「わかっていないこと」を伝えるのは、現代の子どもたちの状況をみても重要になっているのですね。
真鍋:そうですね。わかっていることは今、インターネットなどで調べればたくさん出てきますが、わかっていないことについては、論文にもなかなか載っていません。恐竜でも動植物でも、科学という学問は世界中の研究者が数百年間必死で研究をしてきて、それでもわかっていないことが山ほどあります。研究者はそれを自分が少しでも解明できるように、調査・研究をしている人々です。
「わかっていないこと」に気づいたり、自分なりにもう少しわかるよう実験をしてみたりすることが研究者に近づく第一歩です。今回の企画でそうしたメッセージも伝えられるのではないかと思いました。
色や姿はほぼ想像?恐竜は「わかっていないこと」の方が多い生きもの
——今回の絵本では、どの種類の恐竜のどんな「わかっていること」「わかっていないこと」を載せるかがポイントになったのではないかと思います。制作はどう進められたのでしょうか?
木下:まずは真鍋先生と、同じく国立科学博物館で進化古生物学を研究されている對比地(ついひじ)孝亘先生に長時間のヒアリングを3、4回実施させていただきました。事前に質問をたくさん用意していたのですが、いざお会いしたら、1問目からすごく話が深くなってしまい……(笑)。恐竜の種類は特に限定せず、いろいろお話ししながら、時に事典をめくりながら気になる点を聞いていく中で、肉食と草食の割合など登場させる恐竜のバランスを見ていきました。あとは読んでいるうちに読者の世界が広がり、最後には自分自身に話がつながるよう、テーマの順番などをパズルのように組み立てていきました。
——絵本として見せる上で特にこだわった部分があれば教えてください。
木下:お話を伺う中で、執筆者として「進化」という言葉の使い方には気をつけたいと思いました。進化をした生きものの方がすごいとか上位だというイメージを持っている方もいると思うのですが、進化というのはたまたま突然変異で生じた特徴が、その時々の環境に適応できただけのことです。進化して生き残ったから偉いのではないし、体が大きい方がすごいわけでもない。この恐竜は小さいから動きやすいとか、幅広い特徴を見せて、いろんな生きものの良さを書いていくようにしました。
——真鍋先生としては、監修にあたり特にこだわった点や気を付けた点はありますか?
真鍋:僕が申し上げたのは「有名な恐竜はできるだけ登場させるようにしましょう」ということですね。絵本として子どもに読んでもらうので、メジャーな種類の系統は一通り抑えて、このグループは全く登場しないというようなことがないようにしました。
一番難しかったのは、恐竜においてはわかっていないことの方が多い点です。「ここまではわかっているけれど、ここから先はわからない」の「ここから先」がほとんど。研究はその「何がわかっていないか」を探して、仮説をたてて、その仮説を検証していくものなので、研究者にはそれぞれの考えや仮説があります。今回の絵本では、いま誰の説が一番正しそうなのかではなく、「今はわからないけれど、未来にわかるといいね」というメッセージにしたかった。その点をどう表現するかに特に悩みました。
——イラストで表現していく吉森さんは、どのような観点で見ていたのでしょうか?
吉森:実は、真鍋先生のお話を聞いて初めて、図鑑に描かれていた恐竜の姿や色は、ほとんどの種類が描いた方の想像なのだと知りました。「どうしよう」という困惑が半分、「と、いうことは、自由に想像して描いていいんだ!」と思ったのが半分でしたね(笑)。
——たしかに、化石などで見つかっているのは、基本的に骨ですもんね。
吉森:そうなんです。羽毛やウロコの表面に色を教えてくれる組織の形が残っていないと、正確な色や模様はわからない。その分析をするためには、化石を細かく切り刻まなくてはならないので、せっかく発見した化石を全て色の解明のためのサンプルとして使ってしまうのは難しいのだそうです。色の組織が化石に残っている種類はまだ10種類くらいのため、イラストレーターが生息環境や生態などの情報を加味しながら、想像で色と模様を表現しているそうです。そこで、僕もさまざまな恐竜の絵や図鑑を見ながら、今回のイラストを描くようにしました。
木下:イラストに関しては「歯」の話が面白かったですね。肉食恐竜は歯が見えているイメージがありますが、本当は口を閉じると歯が剥き出して見えていなかったかもしれないという。歯が見えた方がかっこいいし肉食恐竜っぽいので、その表現と仮説のどっちを取るかという検討がありました。
吉森:歯を描かないと、みんなかわいいトカゲのようになってしまうんです(笑)。だから、「THE肉食恐竜!」というイメージの種類を描くときは、やっぱり思い切り見せていかないと迫力が……。そうした点は意識しながら調整しました。
何が正解かを決めないで試す、「わからないこと」へのアプローチ自体が大切
——仕事をしていても「わからないこと」はたくさんあり、子どもにも大人にもそれを見つけ出して、対応方法を考える力がますます求められてくるように思います。もう見ることもできない生きものについて、化石などの限られた資料を基に探究されている真鍋先生は、どのような思考プロセスで取り組んでいるのでしょうか?
真鍋:おっしゃるように恐竜は骨や歯などの硬い部分しか残っていないことがほとんどです。通常、生きものの体の8~9割は筋肉などの柔らかい組織なので、骨や歯だけだと全体重の1割分くらいしか情報が残っていません。
私たちは基本、その1割の情報を見て、例えばこの骨の形はこのグループにしかなかった特徴だ、といったことをたくさんの化石の「比較」によって導き出していきます。この骨のこの部分に凹みやひだがあるなら、この関節を動かす筋肉がついていたはずだとか、凹みの深さによって筋肉の量や動かし方……たとえば腕を曲げる筋肉がすごく発達していたんだなといったことを推定していきます。
真鍋:さらに、現在の生きものとの比較も行います。恐竜は爬虫類なので、ワニやカメなどの筋肉の付き方や体と照らし合わせるのですが、実はさらに現代の鳥とも比較をしています。なぜかといえば、恐竜の一部は絶滅せず鳥に姿を変えていったので、DNAが一番近いのは鳥だからです。
目の前の情報……化石を見ることも大切ですが、現代の爬虫類や鳥類との比較も重要です。そのため、現代の生きものの筋肉や神経についても解剖などをして勉強する必要があります。恐竜の祖先にあたる爬虫類と、子孫にあたる鳥類の研究も行いながら、だんだん恐竜を“挟み撃ち”にしていくようなアプローチを繰り返しています。
——さまざまな可能性を考えた上で、一見するとつながらないかもしれない分野も勉強しながら集約していくのですね。
真鍋:生物学は化学などと違ってなかなか「実験」ができません。その縛りがある中で、論文には「こんなデータがあって、こう解釈するとこの恐竜の姿形、生態はこうだったと考えられます」と説明を書いていきます。そのとき、「鳥だったらこんなふうに筋肉を使う」「ワニにこの特徴があるとこう動く」といったことを証拠にしていくのです。自分の仮説に説得力があることを伝えるには、多彩なデータを積み上げていくことが重要になります。
吉森:絵本制作中に面白いなと思ったのは、同じ証拠を見ても、研究者によって捉え方が全く異なる点でした。そもそも人によって証拠の見方が違う。その状況って、僕らの普段の仕事でもあって、提示された条件やデータをどうとらえるかの話に近いなと。
この本の大きなテーマも「仮説と想像」です。「知っている」ことと「わかっている」こと、「知らない」ことと「わからない」ことって似ているようで、実は全然違う。知らないことは調べればいいけれど、わからないことは調べてもわかりません。だから想像するしかなくて、さらにその想像が合っているのか、そしていつわかるのかも、誰にもわからないんです。仕事も多分そうで、自分の考えやアプローチが結果としてうまくいくかは、その時すぐにはわからない。
絵本制作のために真鍋先生のお話を聞いて、そういう視点が持てたのはすごく面白かったですね。
——さまざまな仮説を立てられる研究者の方がいて、多彩なアプローチをしていく。今のお話を聞くと、何が正解かを決めないで試す、「わからないことへのアプローチ」自体が重要だと感じました。
吉森:今の時代は、とにかく情報が多い。先に情報を知ってしまうと、わかった気になりやすいけれど、その情報がなかったときは想像するしかできませんでしたよね。今は逆に、その「想像」の範囲が狭くなってしまっているように思います。
たとえば条件を与えて、「わかっていること」の中から何かの答えを導き出すのなら、もうAIの方が圧倒的に速いと思います。だけど、ある条件を元に「わかっていないこと」の先を自由に想像することは、AIには難しい。その「想像」はおそらく人間にしかできませんし、そうした仮説の幅が、今僕たちにとって必要な部分なのだと思います。おそらく人間がこの先の楽しみとして広げていけるところは、想像力しかないんじゃないかなと。「わかっていないこと」は、その想像力を膨らませることにつながっていくのだと思います。
木下:一本の骨を一緒に見ていても、そこから想像される量が真鍋先生は違いますよね。あと、個人的には好奇心も大事だなと感じました。例えば、別の工学や物理の道に進まれた方が、どこかで恐竜の道に結びついたりする話も出ましたよね。
吉森:そう。ティラノサウルスの走る速度を、物理学の側面からアプローチしていた研究者の方がいるって聞いて。そんな“回り道”で恐竜にいきつく話もあるんだって。すごく面白かったですね。
木下:好奇心があれば、小さなきっかけにも気づけるし、いろんな方向からアプローチすることもできる。さらに、いったん諦めて違う道にいったけどやっぱり戻ってきた時に、相乗効果で新しい道が開けたりもする。そういうことも大事だなと感じるお話でした。
さまざまな角度から「観察」し、意見や感想を共有できる“場”の重要性
——絵本も博物館も、好奇心を動かされるきっかけになるように思います。今のお話で「仮説」や「想像」についてお聞きしましたが、博物館の利点としてその前段階に必要な資料の「観察」ができる部分があります。探究学習における「観察」の重要性や、その上での博物館の生かし方についてお聞かせいただけますか。
真鍋:今はインターネットが発達し、化石の資料を3次元で動かせるような情報も公開されていたりするので、昔より情報収集がしやすくなっています。しかし、やはり目の前で化石そのものの複雑な形や骨格をさまざまな方向から見てみることは、博物館のような場所でしかできません。
同時に研究者としても、発掘や研究を行う中でわかった成果を展示し、皆さんに見ていただいて「大きいな」とか「意外と小さい」とか、多様な感想をお聞きできるのは大きなメリットになります。話をしているうちに「こんな可能性はありませんか」なんて研究者が考えてもみなかったことを質問されるケースもたくさんあります。そうした多くの意見や感想をたくさんの方と共有できる“場”と機会を持てる点が、博物館の大きな強みですね。
——木下さんは、改めてこの絵本をどう使っていただけるといいと考えていますか。
木下:お子さんに関しては、こうした本をきっかけにいろんなことに興味を持ち、未来の研究者がでてくれるとうれしいですね。研究者でなくても、そういった視点を持つ大人になってほしい。一方で、大人の方にもぜひ読んでいただきたいと思っています。
私たちはDENTSU生態系LABという名前で活動をしていますが、2030年や2050年の節目に向かって、生物多様性や、生態系の保全を進めていかなくてはいけない状況です。短期的な目標は企業や社会を動かすのに重要な役割を果たしますが、逆の側面や長期的な目で見たら破壊につながっていることもありえます。そのため、長期的な視点も同時に持って、その都度、本当にこれが正解なのか、もしかしたら気づいていないところにヒントがあるのではといった、“回り道”をする視点を、絵本を通して提供していけたらいいなと考えています。