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「生態系×ビジネス」を考えるNo.3

野生動物研究者に学ぶ!「探究力」の可能性

2022/08/26

生態系保全に関するさまざまな課題と向き合い、解決のためのコミュニケーションを考える「DENTSU生態系LAB」。2022年7月、野生動物研究者が日々の研究の中で実践している「探究」をテーマに、LABメンバーの木下さとみ氏が企画・執筆した絵本「どうぶつのわかっていること・わかっていないこと」が発行されました。

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今回は木下氏と、絵本の出版元である小学館集英社プロダクション(以下、ShoPro)、代表取締役社長の都築伸一郎氏、監修を担当した京都大学野生動物研究センターの徳山奈帆子助教、木下こづえ助教が鼎談。絵本制作の背景にあった野生動物研究の課題や、教育における探究学習(※)の可能性、企業が生態系保全を考えるうえでの探究学習の重要性などについて意見を交わします。

※ = 探究学習
自分自身で課題を設定し、その解決のための情報を収集・分析したり、周りの人たちと意見交換をしたりしながら進めていく学習方法のこと。
 
【DENTSU生態系LAB】
野生動物や森里海の研究者をはじめ、絶滅危惧種の保全団体、動物園・水族館などとタッグを組み、環境課題や生態系保全、SDGsを起点としたコミュニケーションを創造するプランニング&クリエイティブユニット。
 
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左から木下さとみ氏、都築伸一郎代表取締役社長、徳山奈帆子助教、木下こづえ助教

野生動物研究センターと企業の産学連携を模索する中で生まれた、「研究方法」を伝える企画

――まずは絵本制作の背景となった、生態系保全や野生動物研究における課題について教えてください。

木下さとみ(以下、木下さ):生態系保全というと、WWFのような野生動物の保全団体へ寄付をしたり、タッグを組んで現地でプロジェクトを進める方法が王道だと思います。他方で、保全のためには相手(動物の生態や生息環境)を知ること、そうした研究を支援することも大切です。双子の姉であり、一緒に企画をした木下博士と話をする中で、大型動物は寿命が長く、研究するのに時間とお金がかかる、その研究費をどう確保していくかや、次世代教育の課題があると感じていました。

木下こづえ(以下、木下こ):京都大学では数年前から産官学連携を推進し、企業や行政との共同研究の活性化や、産業界への研究成果の応用を図っています。産官学連携では、社会のニーズを捉えた研究の実施が求められていますが、野生動物の研究は医学や工学と比べると、生活者に直結しにくい。そこで、野生動物研究センターがどうしたら企業と連携できるかをDENTSU生態系LABや他企業の方々とブレストする場を設けたところ、「動物」という一般的にもなじみ深いテーマを強みにして企画するのが良いのではないかという話が出てきました。

木下さ:最初に野生動物研究センターで行われている研究を伝えるためのPR動画を制作し、社内でも公開して生態系LABのメンバーとで話をしていたら、「動物の謎に対する研究の仕方ってとても面白いよね」という話が出ました。もしかしたらみなさんの研究方法の中に、世の中に発信できるトピックがあるのでは思い、「わかっていること、わかっていないこと」の両方を考えていく書籍のアイデアが生まれたんです。それが「探究学習」と呼ばれることは後から知ったのですが、まずは企画書を作りShoProさんにお話をさせていただくことになりました。

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――ShoProでは以前から探究学習に関する取り組みを進めていたとお聞きしています。今回の企画に参画したのはどういったお考えからでしょうか?

都築:当社では幼児教育事業を手掛けていますが、いわゆる教科書準拠の受験を目指すようなものではありません。今の教育は、例えば「1.2+2.8」の答えが「4.0」なら正解だけど「4」はダメというような先生がいたりします。あらかじめ正解があって、それ以外は間違い、というような日本の教育のあり方にずっと違和感を持っていました。これからの時代に求められる教育を議論する中で、「わからない」ことを主体的に考えていく探究学習の実践や、非認知能力の向上といった点に課題があることが見えてきました。特に幼児教育では、疑問を持ったり想像したり、おかしいと感じることを大切に取り組みたかった。出版部門で木下さとみさんの企画を見たときに、そうしたテーマと合致していて面白いと思ったんです。

徳山:私は途中から参加したのですが、探究学習というテーマについては、内容を聞いた時に「研究の面白い部分をうまく伝えられる企画」だと感じました。私たちも論文には「分かったこと」しか書きませんが、その事実が見つかるまでに「こんな検証をした。でも違った」といったトライを何度も繰り返します。そして表には出てこないその部分が、研究で一番面白いところなんです。

子ども向けイベントの実施から絵本につながる“タネ”が生まれた

――本の制作にあたり、動物園と一緒にイベントも実施したとお聞きしました。どのような目的と内容のイベントだったのでしょうか?

木下さ:イベントの企画はShoProさんから提案いただきました。昨今、動物のトリビア(「わかっていること」)に焦点を当てた本が多数出版されている中で、「わかっていないこと」にフィーチャーした絵本が読んでくれた人に何を残せるのか、明確に見えずにいたんです。そこで、実際に生きた動物を観察できる動物園と一緒に、本のテーマに沿ったイベントを開催して子どもたちの反応を見たら、何か施策が打てるかもしれないという話になりました。

内容は、世界でまだ誰も解明していない動物の謎に対して、参加者の子どもたちが「もしかして〇〇だから?」と仮説を考え、その仮説を検証するための方法を先生方と動物園の方と一緒に考えるといったものです。京都市動物園にご協力いただき、動物の種類ごとに研究者と飼育担当者、進行係のShoProさんというメンバーで4チームを編成、電通は全般的なアシスタントを担当しました。

木下こ:私たちは「研究知識」を持つプロ、動物園の方々は「動物知識」を持つプロとして子どもと向き合う形ですね。子どもたちの発想は、凝り固まった大人たちの頭の中にはないもので、動物を見る目の柔軟さに気づかされました。

徳山:提出された仮説を見ながら、みんな感動していましたよね。子どもの発想なので、“トンデモ仮説”もあったのですが、研究者側がそれをどうしたら解明できるのか考えるのはとても楽しかった。ああいった発想は、大人だけでの企画では絶対に出てこなかったと思います。

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都築:私が好きだったのは、「チンパンジーとボノボは見た目が同じだけど違う。チンパンジーは仲間同士でけんかするけれど、ボノボはしない。なぜか」という問いに対して挙がった、「チンパンジーは偉くなるといいことがあるけれど、ボノボはそうでもないのかも」という仮説ですね。正解ではなかったとしても、こうした発想をすること自体が、例えば物語をつくったりするときには非常に重要になってくる。柔軟な思考の“芽”を摘まない学習の仕方だったと思います。

徳山:この仮説は、実は本質をついているんですよ。言葉は単純だけど、私たちが解明しようとしていることに近い。別の面白かったもので「チンパンジーは闇落ちしちゃったから」というのもありました。これは私では出てこないと思いましたね(笑)。

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上:チンパンジーとボノボに関する「わかっていること」「わかっていないこと」を表したページ/下:イベントで子どもたちが考えたものも含む「わかっていないこと」への仮説を掲載

都築:当社の教育における考え方に「エデュテインメント」という、エンターテインメントとエデュケーションを掛け合わせた造語があります。楽しみ、面白がりながら学んでいく方法を実践したいと常に思っていますが、このイベントはまさにエデュテインメントだったと思います。

「わからないこと」について考え続ける大切さを知ってほしい

――子どもたちの意見やイベントをふまえ、本の制作を進めるうえで特に大事にされたことはどのような点でしたか

木下さ:疑問や好奇心を持つことと、自分の頭で考える楽しさを、いかに伝えていけるか一番に考えました。本には、動物の謎が4つメインで登場します。この4つの謎をどうつなぎ、こちらが結論を提示しないことでいかに「わかっていないこと」について考え続けてもらえるか。“着地”の部分をShoPro出版部の担当者と何度も考えました。

徳山:監修の立場としては、動物についての正確性と、子どもから見たときの分かりやすさのバランスが難しくもあり、楽しいところでもありましたね。例えば多くの動物には通常「白目」がありません。人間は視線のコミュニケーションが大事なので白目があるのですが、多くの動物は、視線がどこにあるか分からない方が獲物を捕まえたり捕食者から逃れるのに適していたりするからです。本に出てくる動物もイベントの資料を作った時点では白目を入れていなかったのですが、ディスカッションを重ねていく中で、絵本では親しみやすさを表すために白目を入れた方がいいとなり入れることになりました。

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「白目」が追加されることになった絵本の1ページ

木下こ:動物に深く興味を持ってもらうために、一方的にトリビアを伝えるのではなく、人間と同じようにフシギがたくさん詰まった生きものなのだと思ってもらえる内容を心掛けました。教育色が強すぎず、楽しんで読める本の出版は大切です。多くの動物で絶滅が危惧されている中で、野生動物研究者自体も少なくなっているため、次世代の研究者育成にもつながるといいなと思っています。

都築:当社の代表作「名探偵コナン」の決めセリフは「真実は、いつもひとつ!」ですが、こういったことへの答えは一つではないと子どもたちに考えてほしいですね。私が子どもの頃は、恐竜はトカゲから進化した説が正解とされてきたけれど、今はどちらかというと鳥からの進化説が強いですよね。そんなふうに世の中にはまだ分からないことがたくさんあり、「わかっていない」ことについて考えることが大事だと伝えられたらうれしいです。

正解のないものへ挑んでいくための考え方は、ビジネスや企業にとっても有用

――今回のような産学連携での取り組みによる発見や、メリットと感じられた点についてお聞かせください。

都築:会社はどうしても似た人間が集まる傾向にあります。その中で異なる立場や考え方の方々と仕事をするのは実にクリエイティブなことです。私はずっと雑誌の編集部にいましたが、一つの編集部にいると、いつの間にかみんな似た考えになってきます。そこに異分子を入れると、また違った新しいことや化学変化が起きる。今後もこうした取り組みを続けていきたいですね。

木下さ:今回、野生動物研究センターの先生方が “当たり前”にしてきた研究方法を掘り返したら、違う立場や仕事をしてきた者にとっては“当たり前”の方法ではなかったと気づいたところから企画が動きました。これは、全く違う立場や考え方をするからこそ見えてきた発見です。この本を先生方だけで作るとき、私たちだけで作るときの良さもあると思いますが、畑が違う人々が一緒にやることで発見が増えたのではないでしょうか。

徳山:確かに。私たち自身は当たり前になっていて気が付きにくいけれど、研究者が普段行っていることの中に、周りの人から見たら面白い点や役に立つことがあるということを知ることができました。研究者も今は“伝える”ことを求められる時代なので、表現方法など学ぶことも非常に多かったです。

――絵本は子どもに向けた「探究学習」をテーマにしていますが、ビジネスパーソンや企業にとっての探究学習の有用性について考えられることがあれば教えてください。

木下さ:今回「探究学習」というテーマでイベントや絵本制作を進めながら、メンバー自体も、正解が分からない中で探究をしていたところが学びになりました。企業も今、“サステナブル・トランスフォーメーション(SX)”が求められつつありますが、正解が分からないという意味で言うと、先生方の研究のように長期的な視点で考え続けていく方法を学ぶことも大事なのではないかと感じます。

都築:新卒採用の面接をする時、いわゆる就活メソッドを暗記したような回答を返されても全く興味を持てません。やはりその人が自分の頭で考えて、自分なりに見つけた答えを知りたいですし、そうした考え方のできる方と働きたい。また、日本で今勢いのある企業にはオーナー企業が多いように思います。ノルマの数字を達成することが仕事になっている株式会社でイノベーションを起こすのは難しいのですが、オーナー企業は売り上げに直結しない事業でもオーナーが「やろう」と言えばできる。数字とは別の視点を持って、絶対的な「正解」のないものを目指せる企業は強いと思います。

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生物多様性の保全には「探究力」が不可欠。企業も長期的思考による取り組みを

――今後の取り組みについて考えられていることがあれば、教えてください。

木下こ:私たちにとっては今回が初の産学連携でした。今後は研究者としての一番の仕事である研究を突き詰めながらも、さらに幅広い企業や事業者と連携していけるとうれしいです。また、研究の過程で得られたものから、実はどこかで生かせるかもしれない枝葉のようなものを増やしていければと考えています。

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都築:絵本のシリーズ化と合わせて、当社の教育事業にこうした考え方をどう取り入れていけるかを検討したいと考えています。ただ「正解」を求めるのではなく、さまざまな可能性を否定せずに“イノベーティブな発想のできる教育”を根本に実践していきたいですね。

木下さ:私もこの本はシリーズ化したいです。
また、生態系LABとしては、企業によるSDGsや生物多様性に向けた取り組みが活発化していく中で、長期的な視点での活動を目指しています。

現在、「2022年に生物多様性の年が始まる」といった声を企業のセミナーなどでよく耳にするようになっています。とはいえ、生物多様性の保全は対策方法も数値化も難しく、「正解」の見えにくい問題です。絶滅危惧種のうち、一種類だけが増えても、外来種などで種類だけが増えてしまっても生態系はバランスを崩してしまう。そのバランスをうまくとりながら進めていくには、本当に長期的な視点で取り組む必要があります。企業や研究者がまさに「正解のない課題」へと取り組むうえで、探究学習の考え方は重要ですし、今後も野生動物を研究してきた方と企業が並走していくためのお手伝いをしていきたいと考えています。

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