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「生態系×ビジネス」を考えるNo.2

脱炭素に「生態系保全」の視点を加えると、企業の価値はどう変わる!?

2021/09/08

生態系保全に関するさまざまな課題と向き合い、課題解決のためのコミュニケーションを考える「DENTSU生態系LAB」。

今回は、世界規模で進む脱炭素の取り組みを、生態系保全の視点からどのように考えていくべきか、京都大学野生動物研究センターの森村成樹特定准教授と環境省の福島誠子氏にLABメンバーがインタビュー。お二人の話から、企業が生態系保全を考えることのメリットや、脱炭素対策にどうアプローチをしていけばよいかを考えます。

【DENTSU生態系LAB】
野生動物や森里海の研究者をはじめ、絶滅危惧種の保全団体、動物園・水族館などとタッグを組み、環境課題や生態系保全、SDGsを起点としたコミュニケーションを創造するプランニング&クリエイティブユニット。

生態系ラボVol.2 写真1

明確な目標を定められた「脱炭素」と、長期的視点が求められる「生態系保全」

―まずは、お二人が今関わっているお仕事や研究の内容について教えてください。

福島:現在は環境省近畿地方環境事務所で「地域循環共生圏」と呼ばれる考え方での地域づくりを推進しています。これは、今までの都市集中型の社会から、自立・分散型の社会に転換することを目指し、それぞれの地域において地域資源をうまく活用・循環させることで、地域の課題解決や経済循環につなげていこうという取り組みです。イメージしやすいように「ローカルSDGs」という言い方もしています。

森村:私はチンパンジーを対象に、西アフリカのギニアにあるボッソウ村やニンバ山の森に暮らす野生集団のフィールドワークと、動物園などの飼育下での心理学的なアプローチによる研究を行っています。生態系保全や気候変動対策を進めるにあたっては、自分たち人間にとっての暮らしやすさだけを考えるのではなく、すべての生き物が行動学的に自由でいられることが重要だと考えています。

―今の仕事や研究における生態系保全という視点から見て、世界的な「脱炭素」推進の流れが、何かしらの影響や変化を起こしていると感じることがあればお聞かせください。

森村:ギニアでは火がとても重要な道具になっていて、伝統的な農法である「焼き畑農業」が一般的です。しかし、規模が大きいためにニンバ山全体を燃やすような山火事の原因にもなっていて、チンパンジーたちが生活する森が失われる被害が長年起こっています。「伝統農法」というだけで続けていくには、その影響は甚大です。

生態系ラボVol.2 写真2
ボッソウ村の焼き畑農業の様子。写真の中にチンパンジーが写っています。探してみてください。

ギニアの農家が火を使わずに農業を続けられれば、今のような規模で森が失われることはありません。「脱炭素」の考えが世界的に広まることは、そういった手段の切り替えを進める後押しになっていると感じます。

福島:「地域循環共生圏」においても、脱炭素は大きな軸になっています。地方の農山漁村が都市の電力供給源として開発され、一方的に資源搾取されるような関係を転換していくことも地域循環共生圏の目指す方向性といえます。

また、人類の生存を支える地球環境を考えたとき、脱炭素も生態系保全も2030年までの取組が非常に重要になってくると言われています。いずれも持続可能な社会の必要条件であり、並行して取り組む必要があるものですが、菅首相の発言で明確な目標値が示された脱炭素は、一気に取組が加速しています。

脱炭素の取組は、二酸化炭素がどこで発生し、それをどうしたら減らせるかという話なので、するべきことが比較的明確で、数値化もしやすい面がある。一方の生態系保全は、生物とそれを取り巻く環境、そして人間活動も含めた全体のつながりをみていく必要があり、とても複雑で、何をどこまですればよいかもわかりにくい。十分に手をつけられないまま、脱炭素が生態系保全よりも優先されるようなことにならないか、危機感を持っています。

森村:福島さんのお話ももちろんですし、さらに言えば、私は世間的に「気候変動対策」の中に「生態系保全」が含まれているのだと誤解されているように感じます。つまり、「気候変動対策」がいわゆる森林保護などを指し、その森林保護の一環として「生態系保全」をしていくようなイメージになってしまっているように感じます。

けれども、実際はそうではありません。例えば、いくら森を守っていても、その中で生きていた野生動物が、密猟などで絶滅してしまったら、その地域の動物はもう復活しないですよね。森林保全や脱炭素を含む「気候変動対策」と、「生態系保全」は近い領域の話でありながら決してイコールではないのです。

今考えられている「気候変動対策」は森や山や河川をどう守り、そこにどうやって人間が住むかという話です。でも人間がどう住むかという考え方を、そこにいる動物たちとどう付き合っていくかに置き換えてみることに、価値があるのではないでしょうか。

「脱炭素」だけにとらわれると、生態系バランスを崩してしまう

―脱炭素に向けた取り組みが加速する中、生態系への影響で懸念されることがあれば教えてください。  

福島:例えば、脱炭素実現のために再生可能エネルギーの導入促進が必要だということで、現在、環境省と経済産業省で風力発電所の環境影響評価(環境アセスメント)の規制緩和が進められています。環境アセスメントとは、大規模な開発事業を行う際に、環境への影響を事前に調査、予測、評価し、環境保全の観点でよりよい事業計画にしていくための仕組みで、一種の規制とも言えます。

規制が緩和されれば、企業が風力発電所を建設する後押しになります。脱炭素は進むかもしれませんが、鳥たちの飛行ルートに風車が乱立することでバードストライクが増えたり、山稜を切り開くことで動物の生息地が失われたりといったような影響について、十分に予測、評価されないまま開発が進む可能性も出てきます。

環境アセスメント以外でも、規制緩和の検討が先行する中で、生態系保全を担保する仕組みの検討は十分とは言えません。脱炭素を進めることは非常に重要ではありますが、それ自体を目的化してしまうとそういったアンバランスな面がでてきてしまいます。

森村:確かに。生態系も含めてのバランスが崩れてしまわないように考えていくことが、今後私たち研究者の新たな役割になっていくのでしょうね。

生態系保全は守ることだけではなく、開発との上手なマッチングを考えることが大切

―脱炭素の流れもふまえ、企業が生態系保全を考えることにはどういった意義があると考えていますか。また、今からでも始められることがあれば教えてください。

森村:例えば、チンパンジーの森を守りたいときに、本来一緒に考えなくてはいけないのが、その地域に住む人たちの代替生計なんです。自然や生態系の保全を進めるためには、そこで暮らす人にとって自然を破壊しなくても生活できるような開発をいかにうまく進めるかの視点が必要になってきます。保全の主体は守ることだけではなく、開発との上手なマッチングを考えること。そこに企業との連携が強い意味を持ってきます。

福島:企業の取り組みでは、脱炭素の分野は進み始めていますが、生態系保全の分野は進みが遅いですね。やはり長期的な視点を持つことが必要です。「わが社はこうだから」という思考の枠にとらわれず、脱炭素も生態系保全もなぜ大事なのかを突っ込んで考えるところに思わぬビジネスチャンスがあるように思います。本質を押さえることが、企業の価値向上にもつながるのではないでしょうか。

その点では、カーボン・オフセットに目を向けることも大事ですね。環境省は「我が国におけるカーボン・オフセットのあり方について」という指針を取りまとめています。カーボン・オフセットとは、二酸化炭素の削減努力をしながらもどうしても削減できない部分について、別の企業・団体がCO2を削減、吸収した分を買い取るといった形で埋め合わせていく一つの仕組みです。

脱炭素を「目的」にしてしまうのは危険なことですが、100%再生可能なエネルギーでの循環という最終目的に今すぐ到達するのが難しい現時点では、大事な制度だと考えています。カーボン・オフセットのような方法からでも、まったく手を付けないのか、少しでも取り組んでいくのかで後々に企業の価値に大きな差が出てくると思います。

<対談を終えて、DENTSU生態系ラボより>

「人間中心の世界をつくってきたら、人間が住みにくい地球になってしまった」。森村さんが対談中に話されたこの言葉にすべてが凝縮されていると思いました。

まわりを見渡すと社会は人の流れで成り立っているように見えますが、あらゆる経済活動は表裏一体で地球環境や生態系とつながっています。企業がCO2排出削減目標など具体的な数字に向かって進んでいく一方で、目の前の課題や数字にとらわれず、長期的な視点、広い視点で物事を見ていく姿勢も忘れてはいけないと感じました。

一方で、この「脱炭素」の流れは、企業にとっては「ビジネスを通じて、自社の価値を高める」きっかけになるということも言えます。そもそも、(ペナルティ対策も含め)企業の脱炭素化は当たり前になりつつあり、さらにその先の動きがもう始まっています。

すでに海外では、カーボン・オフセットにおいても、その取り組みが生態系保全や地域の経済活動支援など、広くSDGs全体に貢献する取り組みであればあるほど価値が高まっています。単なる「社会貢献」ではなく、ビジネスとして脱炭素に向き合うことが、自社の利益にもつながる構造が生まれ始めています。

つまり、脱炭素社会の「社会」という言葉は、環境だけでなく生態系全体の仕組み、そしてそこに住む人々の生活から経済の仕組み全体を含む言葉であり、単なる省エネや再エネのビジネス開発ではなく、社会全体の視点を取り入れた開発をしていける企業が、この先、世界を舞台にビジネスを拡大していくのかもしれません。

加えて、「生態系の持続可能性」を考えることは、実は私たちの日々の生活にも大きなヒントをくれるのかもしれない、と感じました。「自分たちの短期的な利潤を追求するだけでは、逆に自分たちの寿命を縮めることになる」「生態系から多様性を奪うことは、その生存力そのものを低下させている」自分の会社や組織、ビジネスに当てはめてみると、持続可能な進化を実現するためのさまざまな視点が得られるのではないでしょうか。

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