「生態系×ビジネス」を考えるNo.1
動物園はコロナ禍をどう乗り越え、どう進化するのか?
2021/04/16
生態系保全に関するさまざまな課題と向き合い、課題解決のためのコミュニケーションを考える「DENTSU生態系LAB」。コロナ禍においては、各地の動物園とタッグを組み、動物園と生活者をつなぐ活動を行っています。
ウィズコロナの時代、動物園はどう変化していくのか?大牟田市動物園の企画広報担当・冨澤奏子さんと、LABメンバーの木下さとみ氏が語り合います。
【大牟田市動物園】
福岡県南部、大牟田市にある市営動物園。50種、約200個体の動物を飼育している。「動物福祉を伝える動物園」をコンセプトに掲げ、動物たちが野生下で行っている多様な行動が発現される環境づくりを目指し、さまざまな取り組みを行っている。
https://omutacityzoo.org/
【DENTSU生態系LAB】
野生動物や森里海の研究者をはじめ、絶滅危惧種の保全団体、動物園・水族館などとタッグを組み、環境課題や生態系保全、SDGsを起点としたコミュニケーションを創造するプランニング&クリエイティブユニット。
動画を見るだけで動物園を応援できる「見る見る応援・みんなの動物園」
木下:2020年春の緊急事態宣言時には、全国の動物園・水族館が休園を余儀なくされたと思うのですが、大牟田市動物園の状況を改めて教えてください。
冨澤:はい。当時は、1カ月半以上休園を余儀なくされました。当園は今年で開園80周年を迎えるのですが、80年の歴史の中でもこんなに長い間、緊急事態で休園をしたのは、今回が初めてでした。例年4月から6月と9月から11月は遠足シーズンでして、団体のお客さまに多くお越しいただいているのですが、それも軒並みキャンセルとなりました。そのため、入園料収入はかなり減少致しております。
木下:動物たちにも影響はあったのでしょうか?
冨澤:緊急事態宣言期間中も動物たちは、毎日変わらず元気にくらしていました。だからこそ、その姿をお客さまに伝えたい、どうやったら伝えられるだろうと、ずっと考えていました。
木下:そうですよね、昨年の緊急事態宣言時は、ゴールデンウィークという一番繁忙期に休園になり、スタッフの皆さんは変わらず働いているにも関わらず、動物園に何も還元されていないという状況をなんとか打開できないかと思っていたんです。
そこで、今はYouTubeなどを通して無料で動画が見れる時代だからこそ、動画を見るだけで動物園に広告収入が入り支援につながるシステムを作りたいとDENTSU生態系LABのメンバーで話しあって、「見る見る応援・みんなの動物園」というプロジェクトを立ち上げました。
【見る見る応援・みんなの動物園】
2020年5月1日~31日まで、全国8カ所の動物園の動物たちの様子を、さまざまなメディアで無料配信。普段は見られないバックヤードの姿なども映像で届けた。動画再生で得た広告収入がメディアの媒体社から各動物園に還元された。
木下:本企画は、緊急事態宣言下で急いで実施したため、すべての動物園に参加のお声がけができなかった点は残念でした。でも、企画に参加いただいた動物園からすぐに動画を提供いただき、企画から2週間足らずで配信することができました。配信については、最初、ペット総合メディア「PECO」にお願いしました。「PECO」は、犬や猫が好きな方が集まるメディアです。犬や猫が好きな方って基本的には動物も好きだと思うのですが、意外と犬猫以外に興味が広がっていないなと感じていました。そこで、「見る見る応援・みんなの動物園」をきっかけに、他の動物の魅力を知ってもらう良いきっかけになればと考えたのです。
それから、「ハフポスト日本版」に本企画の紹介をお願いしました。同メディアは、社会的・時事的なことに問題意識を持っている方が多数見ているので、社会課題として訴えかけたいなと。これまで動物園と関わりがなかった方にも見ていただくことで、動物園の新しい顧客獲得につながるのでは、という狙いもありました。
期間中、全動物園のTwitter・YouTube動画を合わせて33万回前後の再生回数がありました。「ハフポスト日本版」ではTwitterでもこの企画を取り上げてくださったので反応がわかりやすかったです。「動物園って今こういう課題を抱えているんだ」ということをツイートされていたり、「見るだけで応援になるのであれば、動画を見てみよう」といったツイートもありました。
冨澤:企画の終了後に、広告収入の報告書と併せて動画再生回数の統計を見せていただきましたね。どの動物園さんも一押しの動画を提供されていたと思いますが、その中でもよく視聴されているものとそうでないものの差がすごく顕著でした。そこから、なぜこの動画は人気なのかという分析にすごく興味を持ち始めました。他園さんの動画をいろいろと見せて頂き、勉強をさせて頂いたことも大きな収穫となりました。
コロナ禍で生まれた、オンラインの「どうぶつえん ひとりじめ」企画
木下:緊急事態宣言下で、大牟田市動物園では、動物たちの生き生きとした姿を伝えるための企画を打ち出しましたよね?
冨澤:そうですね。まずは、2020年5月1日~5日まで、Facebookの公式アカウント上で、毎回一種の動物についてお伝えするライブ配信を行いました。ライブ配信は、これまでもやりたいとは思っていたんです。でも、開園中にライブ配信を行うとなると、撮影のためにお客さまと動物の間に職員が入ることになってしまいます。来園中のお客さまに動物をじっくり観察していただけない状況になってしまうため、実現には至っていませんでした。休園中だからこそできるのではないかということで、実施することにしたんです。
実は、それ以前にも動物の様子を撮影して編集し、FacebookやYouTubeにアップする取り組みは行っていたのですが、ライブ配信はチャット機能を使ってお客さまとその場で双方向のコミュニケーションが取れることもあり、反応が全然違いました。やっているこちらもとても楽しかった。再生数もライブ配信と通常の動画配信では雲泥の差がありました。
その一方で、チャットですべてのお客さまとコミュニケーションを取ることが難しいという課題も見つかりました。お客さまに対して個別にライブ配信を提供できる方法はないだろうか。そこで生まれた企画が、「どうぶつえん ひとりじめ」だったんです。
【どうぶつえん ひとりじめ】
昨年の6月1日からスタートした、オンラインで園内の様子を楽しむことができる有料イベント。スタッフが園内を40分間ガイドするオーダーメイドのライブ映像が見られる。参加者が詳しく見たい動物や知りたいことなどをあらかじめ動物園に伝え、要望をもとに内容を組むことも可能。1回につき5名まで参加可能で、離れて住む家族や友人と画面を共有し、会話が楽しめるのも魅力。
木下:私も体験された方の動画を拝見させていただきましたが、ある意味、飼育員さん独り占めといいますか、動物を見ながら詳しい解説や見るべきポイントを教えてもらえる。しかも、自分用にカスタマイズされているというのは、動物をより好きになる仕組みだなと思いました。
冨澤:ありがとうございます。でも料金設定についてはとても悩みました。当園の入園料380円に対し、本企画の参加費が5000円というのは現実離れした金額ではないかという懸念がありました。これまで園内でのイベントはほぼすべて無料で行ってきたため、有料にして果たしてお客さまが申し込んでくださるのか、とても不安でした。
とはいえ、これからオンライン上での取り組みが増える可能性を考えると、最初の価格設定がその後の相場にも影響するため、とても重要です。そこで思い切って5000円という価格でスタートをさせていただきました。
スタートして一カ月は参加者がほぼいない状態でした。そこで、「見る見る応援・みんなの動物園」の時にご紹介いただいた「ハフポスト日本版」の副編集長さんに、「どうぶつえん ひとりじめ」の紹介記事を書いていただきました。そこから、多くのお客さまが申し込んでくださるようになりました。人とのつながりは大切だなと改めて実感した出来事でした。
木下:少しでもお役に立てたのなら幸いです。
冨澤:ありがとうございます。本当に助かりました。「どうぶつえん ひとりじめ」が成功し、この企画を大牟田市がふるさと納税の返礼品として扱うことにもなりました。市の動物園として市民の皆さまにどうしたら還元することができるのかを日頃から考えていたので、それがひとつ達成できたのではないかと思っています。
今後の動物園ビジネスのカギとなるのは「オンライン」
木下:今後の動物園運営の在り方を考えるうえでは、やはりオンラインでの動画配信がカギとなりそうですね。
冨澤:そうですね。どこの動物園さんも、昨年から動画制作にさらに力を入れ始められたのではないかと思います。当園でも、国内外の動物園や関係組織と協力しながら、一緒に魅力的な動画を作って、動物園のことをもっと理解してもらう取り組みを少しずつ進めています。ぜひ大牟田市動物園公式YouTubeやFacebook、Instagramでご覧頂けましたらうれしく存じます。動画制作にあたっては、木下さんからアドバイスをいただきましたね。
木下:例えば、動物を撮るとき、人間が立って撮影するとどうしても人間目線の映像になってしまいがちです。人って没入感といいますか、動物の生態を見るとき、動物になりきって見るものだと思うんです。可能な限り、動物の視点に合わせて撮影してみることや、動物紹介にストーリー性を持たせることなどをお伝えしました。
冨澤:今後、当園においてもオンラインでの動画配信の比重が大きくなっていくと思います。というのも、私どもの動物園のように、足を運んでもらうことがなかなか物理的に難しい地方の小さな動物園においては、オンラインでより多くの方に存在を知ってもらうことは、大きなチャンスだと思っています。もちろん、動画で関心を持っていただいたことがきっかけとなり、実際のご来園に繋げていくという点については、今後さらに考慮を重ねなければなりません。
木下:どんな伝え方をすると人の心に残り、実際の行動に移してもらえるのかというのは、私たちがふだん携わっている広告制作の基本です。動物たちの魅力を最大限伝えるために、これからもいろいろなアイデアを提案していきたいと考えています。動画配信以外の取り組みとして、いまは動物のガチャガチャを各動物園に設置する企画を始めています。
動物園のグッズは、たいてい動物園ごとでデザインされています。動物園の壁を越えて、あえておなじデザインにすることで動物園の個性が出せると思いました。例えば、沖縄なら沖縄固有の種がいたり、サル専門の動物園はいろんな種類のサルがいたり。それと、動物の種名ではなく、タロウやハナコなど個体名でデザインしています。この子、なんていう動物だろうと興味をひいてから生態を伝えるためです。ガチャガチャでご縁があって出てきた動物なので、まずは愛着が湧くといいなと。
動物の生き方から教わることはたくさんある
木下:私はもともと動物好きで動物園にもよく足を運ぶのですが、動物をジーッと観察していると、人間と動物ではなく、生き物と生き物として対峙できるといいますか。自分も生き物になって動物を見ることで、こうやって困難を乗り越えればいいのかとか、こうやって生きていればいいのかとか、まあ別に何もしなくてもいいのか(笑)とか、いろいろと気づくことがあるんですよね。そんな動物たちからの学びを暮らしやビジネスに生かす企画も、「DENTSU生態系LAB」では提案していきたいと考えています。
冨澤:木下さんがおっしゃるように、動物から教わることはたくさんあると思います。それに動物の生態について学ぶことのできる身近な場所として、動物園が存在する意義は大きい。だからこそ私たちは、動物たちが生き生きとくらし、動物が本来持つ行動の多様性を十分に発揮できるよう、動物福祉に配慮した適切な個体数になるよう管理を行うと共に、その飼育環境を日々更新し、生活の質の向上に努めています。動物の状態をきちんと把握し、動物にとってどのようなことを今すべきなのか、それを第一に考えると共に、それぞれの動物の魅力をきちんと伝えていくことが私たちの使命でもあります。
木下:以前、とある動物園関係者と話をしたとき、「人は人生で3回しか動物園に行かない」という言葉が印象的でした。1回目は自分が子どものとき、2回目は親になったとき、3回目はおばーちゃん、おじーちゃんになったときだと。動物たちは本当にたくさんのことを教えてくれるので、ぜひもっと動物園に足を運んでほしいですね。
冨澤:そうですね。私たち人間の環境に何が大切かということについても、動物に教わることはたくさんあると思います。だからこそ私たちは、“かわいい”の先にある人と動物が共生していくためのヒントや、どうすれば動物の生活を豊かにできるのかを考え、伝えていきたい。そしてそれは私たち人間の生活や地球環境の豊かさを考えることに繋がることでもあります。こうしたことを考えるきっかけに動物園がなれたらうれしく思います。