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横浜国立大学×電通 新しい形の産学連携が生み出す化学反応とは?No.2

これからの社会に応える、大学と企業の新たな挑戦と改革

2024/10/28

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左から横浜国立大学経済学部教授の関根豪政氏、電通の降旗俊介氏、野村総合研究所の若林城将氏。

横浜国立大学では、2024年春から経済学部の1年生を対象に、電通や野村総合研究所、Googleといった企業が参画し、新たな産学連携の授業が行われました。
企業が主体となり、伝える技術を育みながら、課題解決力の向上にフォーカスした授業を展開。また単発の講義ではなく継続的なプログラムとして実施され、学生は単位取得ができることも大きなトピックとなりました。

前編では、電通がなぜ、学生に向けて「伝える力」や「課題解決力」をテーマにした授業を実施したのか、その目的や背景などを伺いました。後編では、本プログラムを行った横浜国立大学経済学部の担当教授である関根豪政氏、授業の企画のほか講師としても登壇した野村総合研究所の若林城将氏、電通の降旗俊介氏が、全8回の授業を振り返り、感じた手応えや課題、これから目指すべき産学連携の在り方を語ります。

前編:「伝える技術でアプローチ。「課題解決力」が学生の未来を開く」

学生の“学ぶ意欲”に応えるため、新たな授業に挑戦

降旗:近年、産学連携の取り組みは全国的に広がっていると思いますが、今回のように企業が深く授業にコミットして継続的なプログラムを実施している事例は、あまりないと思います。まずは横浜国立大学で、今回の取り組みをスタートさせた理由や背景などをお聞かせください。

関根:まず前提として、少子化や外国との競争の高まりなどによって、世の中が大きく変化していく中で、教育に求められるものも増えています。ひと昔前なら、大学はサークルに入ってキャンパスライフを満喫するところみたいな雰囲気もありましたが、今の学生は、とても意欲が高く、大学に何かを期待しながら入ってきていると感じています。

そのため、私たち教員側もそうした学生たちの期待や要求に応えないといけない。これまでのように、自分の教えたいことだけを教えて、自分のやりたい授業だけをやってという教育はあまり求められない時代に入ってきています。そんな中で、どうすれば学生の学習意欲を満たし、これまでにない新たな授業を提供できるのか――。そんなことを漠然と考えていたときに、大学時代からの知人である電通の福田博史さんから「伝える力」をテーマにした授業の企画をご提案いただきました。また、産学連携の取り組みは年々増えていますが、企業側の講師をゲストスピーカーとして招いて、1、2回講義をして終わることがほとんどです。もちろん、普段なかなか聞くことのできないお話を聞けることは、とても有意義ではあるのですが、これは本当に学生の血肉となるまで響いているのかという疑問を私自身感じることがありました。

でも電通さん側からは、そういった単発ではなく、継続したプログラムとしてしっかり教育にコミットしていきたいとおっしゃっていただきました。それならば、これまでにない新たな産学連携の形として取り組めるのではないかと感じ、経済学部のLBEEPという教育プログラムの一環として、実験的に講座を開設することが決まりました。


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降旗:大学側としても、新たな挑戦だったのですね。とくに関根教授がこの取り組みをやってみたいと感じたポイントはどんなところでしたか?

関根:やはり、企業が実施する授業でありながら、通常の授業同様に成績がつくという新規性です。また、継続的な授業である点も重要なポイントでした。全8回の授業の中で学生をどう育てていくのかをすごく真剣に考えてくださり、責任をもって授業を提供していただけたことは、画期的な試みであり、とても大きな収穫があったと感じています。

降旗:今回のプログラムでは電通のほか、野村総合研究所、Googleといった企業に参画していただいたことで、より幅広い視点で授業を実施できたように感じています。非常にご多忙な中で、若林さんがこの継続的なプログラムの参画を決めた理由は何だったのでしょうか?

若林:この企画の立案者である福田さんと関根教授から、最初に話を聞いたときに、「伝える力」で課題解決力を育むというコンセプトが非常に面白いと思いました。私は普段、民間企業のコンサルティングを行っているのですが、その中で感じるのは、そう簡単に解決できる社会課題は日本にほとんど残っていないということです。そうした答えのない課題に立ち向かうためには、コミュニケーション力やロジックで考えるといった基本スキルが重要になってきます。そういったことを体系的に教える授業は新しい試みですし、学生の将来にも役立つのではないかと。

あとは、企業が1社ではなく、電通、Google、野村総合研究所の3社が協力して授業を作っていく前例のない座組にも魅力を感じました。例えば、コミュニケーションと一口に言っても、会社ごとにフレームワークやロジックの組み立て方は違います。そこを、3社で話し合ってカスタマイズしながら、授業内容を作っていくプロセスは、私自身にとっても学びや発見になるのではないかという期待感もありました。

降旗:会社によってカルチャーも思考も違うので、われわれ講師陣もたくさんの刺激がありましたよね。”教える”ことは”学ぶこと”であるということを身をもって実感しました。

若林:授業は2週間に1回のペースでしたが、授業の前はもちろん、授業が終わった後にもすぐに講師陣でミーティングをして、次の授業のゴールをどこに設定するのかといった意識合わせや、授業の振り返りは頻繁に行っていましたね。

 

継続的なプログラムだからこそ感じた学生の変化

降旗:前回の記事でもお話ししましたが、このプログラムでは、授業の終了時に2次元バーコードを提示して、授業の感想や質問などのアンケートに回答してもらいつつ、併せて出欠確認を行っていました。このアンケートの回答から学生の理解度や要望、不安などを確認し、次回の授業の内容や方向性をチューニングし、PDCAを回す授業のアプローチは効果的だったと感じています。実際に授業を行う中で、若林さんが工夫した点や意識した点などはありましたか?

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若林:今回私が担当したのは、Day4のコンサルティング思考演習の授業です。学生にテーマを与えて、MECE(ミーシー)※のフレームワークを用いたロジックツリーを作ってもらったのですが、1年生には難易度の高い演習でもありましたので、テーマ設定は悩みました。

これまでの授業の様子やアンケートの回答などから、当初考えていたものよりも親しみのあるものにした方がよいかなと感じ、「カレーの種類は?」「モテる要素とは?」など学生が自分ゴト化して考えやすいものにすることを意識しました。

降旗:そのおかげで、学生たちも楽しんで取り組んでいましたね。

※MECE=「モレなく、ダブりなく」を意味するロジカルシンキングの基本のフレームワーク。情報整理や問題解決に役立つ概念として、ビジネスでも活用される。
 
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若林:あとこれは、皆さんも感じていたと思うのですが、Day1、Day2の授業の頃は、学生たちはどこか正解を求めがちな傾向がありました。なので、正解は一つではなく、いくつあってもいいということを常に伝えるようにしていました。どうしても若いうちは、何か情報や答えを導く公式みたいなものがないと判断できない、考えられないとなりがちですが、実際に社会に出ると、そういったものがない中で判断しなければいけないことが多くなります。そのため、プログラムを通して、正解は一つではないことを、学生たちに理解してもらうことは心がけていました。

降旗:全8回のプログラムを終えて、感じた手ごたえなどあればお聞かせください。

関根:今回、このPDCAサイクルを回して、学生のリアルな声を次の授業に反映させていくスタイルは、これまでの私たち教員の授業とはまた違う内容となったと思いますし、私自身、非常に学生目線の授業が実現できたと感じています。

若林:計8回の継続的な授業だったことも大きかったと思います。私は、普段ほかの大学でもコンサルティングに関する講義を単発で行うことがあるのですが、今回のように継続的に授業をすることははじめての経験でした。その中で目に見えて感じたのは、学生の変化や成長です。しかもみんな斜め一直線に成長するのではなく、学生によって、成長の仕方はさまざまで、その変化も面白かったです。

降旗:序盤はあまり目立たなかったのに、中盤あたりからぐっと発言内容も変わって成長する学生などもいましたよね。

関根:それが、継続的なプログラムとして授業を実施した成果だと思います。たとえ自分の発言が相手に伝わらなかったとしても、次の授業でやり方を変えてトライしようと、学生は何度もチャレンジすることができたんですよね。このトライアル&エラーを繰り返すことが“学び”なわけで、そういった成長の場を学生に提供できたことも良かったと感じています。

学生は課題を通して、社会で求められるレベルを実感

降旗:学生の成長は、関根教授からどのように見えていましたか?

関根:成長の尺度ってなかなか測りづらい部分もあるのですが、このプログラムを通して、緊張感のある中で、相手を説得する会話をしなければいけないという空間に身を置いたことは学生にとっても貴重な経験になったと思っています。
じつは、電通や野村総合研究所、Googleといった名のある企業の社員が講師ということもあり、学生たちは最初「緊張する、どうしよう」みたいなことを言っていたんです。

降旗:そうだったんですか?

関根:でもいざ授業が始まったら、第1回で講師を務めた電通の高山裕基さんの「推し」の授業で一気に盛り上がり、回数を重ねるごとにャレンジ精神がどんどん出てきて学生も生き生きしてきましたよね。もちろん、講師陣は皆さん社会で活躍されている方々ばかりなので、圧倒されることも多かったと思いますが、そんな中で、どう自分の意見を伝えたら説得できるか、面白いと思ってもらえるか……。そんな挑戦心や心意気を育んでいけたのは大きかったと思います。スタートする前は、学生が講師陣を前に委縮して、受け身になってしまったらどうしようという心配もあったのですが、いざ始まったら、学生たちの“やってやろう”という意気込みも感じましたし、適度なバチバチ感もあって良かったなと。

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実際の授業の様子。授業の前には前回の振り返りやアンケートで質問が多かった内容について再度解説を行うなど、学生が取り残されないような工夫も。

若林:たしかに、学生たちの意識が変わったなというタイミングは何度かありましたね。アンケート項目でも授業の感想だけでなく具体的に今後の授業へのリクエストが入ってきた瞬間はうれしかったですね。

降旗:先ほどもお話に出ていたDay4の若林さんが担当した授業は、学生にとっても大きな転換点だったと感じています。それまでのDay1~3の授業は、「推しを伝える」をテーマのプレゼン演習や、福田さんの「400文字で、会いたくなる他己紹介をする作文演習」など取り組みやすいことから授業を組み立てていました。けれどもDay4では、難易度のレベルを上げて、MECEのフレームワークを使ってロジックツリーを作る課題を用意しました。

テーマのゴールを設定し、それを達成するために必要なことを分解し、モレなくダブりがないようにロジックを組み立てる作業に、学生たちは非常に苦労していたのですが、その一方で、社会で求められるのは、このレベルなのだと実感し、さらに緊張感がグッと高まったタイミングだったと思います。

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実際に学生が制作し、提出したMECEの課題。若林氏が添削し、授業内で良かった点と改善点を解説しながら学生にフィードバックを行った。

若林:そうですね。この後のグループワークのディスカッションでもその変化が表れていたと思います。それまでは、どちらかというと自分の主張をひたすらしゃべるみたいなところがありましたが、他の人とディスカッションすることで、より良いアイデアや答えを導けると気づいてから、自分の考えに固執するのではなく、互いの意見を聞いて、チームとして意見をまとめる方向に変わっていきましたね。これも大きな変化でした。

 

これから目指すべき産学連携の新たな形とは?

 

降旗:ここまで、今回実施したプログラムの様子を振り返ってきましたが、今後についてもお聞きできればと思います。この取り組みをきっかけに見えてきた課題や目指すべき産学連携の形はどういったものでしょうか?

関根:今回、電通さんをはじめとする3社の協力もあり、実現した産学連携の授業ですが、こういった取り組みをもっと広げていこうとなったときに、立ちはだかるのがコストの問題と、前例のないことを一緒に試行錯誤してくれる企業の見つけ方です。悲しいことに教育はお金をかけるほど、より良いものができやすいという事実があります。お金をどんどん投入して、画期的なことをやっていくのは一つのやり方ですが、これには限界がありますよね。かといって、教育が多様化し新しい授業を提供していかなければならないとなったときに、まったくコストをかけずに実現させることも難しい……。

そのため、より画期的な授業を持続的に提供していくためには、産学連携の仕組みを活用し、大学と企業が連携して教育とビジネスをうまく結びつけていく必要があると考えています。今回、実験的に企業が8回の継続的な授業を受け持つといった試みが実現しましたが、こういった取り組みを今後広げていくためには、コストの問題をどうクリアしていくかがカギになる。そこは大学と企業がお互いにアイデアを出し合って資金を生み出す仕組みを作り、新しい教育につなげていけたらと思っています。

降旗:なるほど。大学側からすると、企業を動かすためにはそれなりのコストが必要になってくるということですよね。逆に企業側の視点で見たときに、大学と連携するメリットや、ビジネス的な観点での取り組みの在り方はどういったことが考えられますか?

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若林:大学が輩出したい人材と企業が求める人材はまだミスマッチがあると感じていますが、少子化の中、いかに活躍できる若い人材を育てるかという部分では求めているものが一致していますよね。ですから、企業がもっと教育に入り込んで、コストをかけることは十分に可能だし、企業にとってもメリットがあることだと思います。今の若い学生たちは意欲も高いし、成長も早いので、社会で活躍する人材を、学生のうちから、大学と企業がタッグを組んで育てることはとても意味のあることだと思います。そういった大学と企業(ビジネス)を連携させたエコシステムを構築していくことが今後必要になってくるのではないかと、あらためて感じました。

また、ビジネスパーソンが大学と協働する中で自分のスキルを見つめ直したり、学生から教わったりする機会に出合えることも企業側から見たメリットの一つと言えます。

降旗:最後に、関根教授が見据える今後の展望を教えてください。

関根:今回、学生の授業の様子やアンケートの回答結果を見ても、非常に反応が良かったですよね。これは、私が冒頭でお話しした、「学生の意欲が高まっている」ことが証明された結果であり、学生からの期待や要求といった強いボトムアップに応えることができた第一歩だと感じています。

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ただ、今回の授業で一つ懸念点があるとしたら、インプットです。

プレゼンテーションやディスカッションでアウトプットはできたのですが、インプットという面では若干課題を残しているかなと感じています。われわれが行うのは高等教育なので、知識の高さも追求していかなければいけません。たしかに、今回は対象が1年生だったということもあり、まずは伝える力やコミュニケーション能力の向上に重きをおいた授業を展開しました。ですが、本来の目指すところは「難しい問題にまつわる知識に基づいて、高度な議論をすること」です。

従来の大学の授業というのは、専門知識を持った教授などの座学を受けることで高度な知識をインプットすることに重きが置かれており、この部分が欠落してしまうと、大学で学ぶ必要がなくなってしまいます。ですから、この高度な知識を見に付ける従来型の授業の良さも生かしながら、新たな課題解決力を育む授業を展開することが一つの到達点であり、こういった授業を将来的には最上級生である4年生のプログラムで実現していけたらと考えています。

とはいえ、ようやく1年生のプログラムが実現して、スタートを切ったところなので、まだ道のりは長いですが、今後も学生はもちろん、企業や大学にとっても意義のある、新たな産学連携の形を追求していけたらと思います。

降旗:もしかしたら、私たちの授業に参加した学生が数年後、同じ会社で活躍して働いているという未来もあり得るかもしれませんね。3年後が楽しみです。

関根:それも教育の醍醐味(だいごみ)の一つです。このプログラムを経て、数年後に学生たちがどんな人材に育っているのか私も本当に楽しみです。

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