コンテンツマーケティングの現場からNo.26
コンテンツの「質」って、どこから生まれるのでしょう?
2016/02/15
「コンテンツマーケティングには良質なコンテンツが必要なのだ」と、よく言われます。これからはますます良質なコンテンツが必要になる、という話もよく聞きます。
でも、「質の高い」コンテンツって、どういうものなのでしょう?
人の気持ちを動かすもの、と考える人もいます。世の中を驚かせるもの、と考える人もいます。シェアされるもの、と考える人もいます。クォリティーの高い写真、動画、をイメージする人もいれば、テクノロジーを駆使した派手な仕掛けのようなものを想像する人もいます。
どれももちろん正しい話。
けれど、あまりにも当たり前すぎて忘れられがちなのが、「伝えたいことがきちんと伝わるもの」であること。日ごろの生活でもよく経験するとおり、お互いをよく知っている仲でも「伝えたいことがきちんと伝わる」のは難しいものです。見知らぬ相手とコミュニケーションするときには、なおのこと。そのため実は、この当たり前のことをしっかり押さえることが「質」を支える基盤になります。
仕事でコンテンツをつくる経験をしてきた人にとっては既知のことですが、「伝えたいことがきちんと伝わる」ためには、相手の心に残したいことを核とした「骨組み」が必要です。
一見ひらめきから生まれたように見えるアイデアも、実は外からは見えない骨組みの上に成り立っています。むしろ斬新なアイデアほど、堅牢な骨組みからできているケースがほとんどです。
もう一つ必要なのは、伝わり方の計算です。相手がどんなふうに感じるのか。相手の心にどんなふうに残るのか。イマジネーションをフルに稼働させることが必要になってきます。
少し詳しく見てみましょう。
ポイント その1)残したいことは?
伝えたいことをきちんと伝えるには、送り手が「伝えたいこと」を明確にしておかなければなりません。このコラムもそうなのですけれど、いいこと思いついた!と思って書き始めても、きちんと伝わるようにまとまらない、ということはしょっちゅう起きます。ブレストで盛り上がったアイデアも、ふと思い付いたアイデアも、手を動かしてみるとなぜか勝手に変貌していくのです。これが良いほうに収れんされず、あれこれの要素がバラバラの断片になっていくときには、大概「相手に残したいこと」が定まっていないときです。
もう一つよくあるのが、あれもこれも伝えたいと詰め込んでしまうケース。関係のないネタや要素の断片が雑多に詰め込まれていると、「で、一体何が言いたいの?」という状態になります。
このような断片同士を一つひとつ無理につないでいこうとしても、ほとんどの場合まとまりのないもの、つまり言いたいことがよく分からないものしかできあがりません。
ポイント その2)伝わり方の計算
「伝えたいこと」を明確にすることと同じくらい重要なのが、伝わり方を計算すること。どんなコンテンツでも、「送り手の伝えたいことはなかなか受け手には伝わらない」という前提に立って企画する必要があります。時には、送り手の意図とはまったく違う解釈をされてしまうことさえあることを念頭においておかなければなりません。
たとえば、キャラクターとテキスト。両者の置き場所やレイアウトバランス一つで、企業からのメッセージに見えたり、キャラクターのせりふに見えたりします。
あるいは、コンテンツ全体の中でのキーワードやキーメッセージの量。ほんのわずかなバランスで押し付けがましくなったり、ほど良くなったりします。
コンテンツを企画した後には必ず、いったん第三者の視点に立ってその企画を検証する必要があるのですが、とはいってもプロもまた人間。受け手がまだ知らないこと、よく理解していないことがあるにもかかわらずそれに気付かないまま作ってしまうことも制作途上では意外とよく起きます。そこをお互いにチェックし合うことも、コンテンツチームでは大事な仕事です。
どちらのポイントもあまりにも基本的な話ですので、なにを今さら、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。でも、企画の現場ではこのあたりを精緻化していくことがアイデアを競うことと同じくらい重要になっています。また実際これらは、訓練を積み重ねて初めて身につくことでもあります。
ブログやSNSの発達で文章を書く人は増えました。Instagramでは皆が当たり前のように撮った写真を加工し、すてきな作品をアップしています。イラストレーターやフォトショップ、デジタル一眼レフカメラ、さまざまなところで出合うデザインのテンプレート。いまや誰でも、広告クリエーター並みの制作能力を持てるようになっています。
けれど、良質なコンテンツ、きちんと資産になるコンテンツを作り続けていくためには、上記二つのようなポイントの訓練をした経験があるかどうか。見極めていく必要がありそうです。