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アド・スタディーズ 対談No.19

変化するコミュニケーションとブランド論の新しい視座 前編

2016/03/29

いまやネットのクチコミ情報が消費者行動に大きな影響を与える時代に突入し、 「強いブランド」の築き方についても問い直す時期が来ているようだ。 クチコミ情報に比べてマス・メディアの影響力が相対的に低下しているとすれば、 もはやかつてのやり方は通じないのか。それともブランド構築の本質は変わらないのか。 ブランド・リレーションシップを研究する久保田進彦氏と、 クチコミ情報を通じた消費者行動を研究する赤松直樹氏に、ブランド論の未来を伺った。

(※所属は「アド・スタディーズ」掲載当時)

 

スマホの登場が消費者行動を変えた

──まずお2人の関心領域について教えてください。

久保田:私は主にロイヤルティの研究をしています。マーケティングはすぐ売りにつながっていく瞬発的なものと、長期でじわじわくるものに大別できます。私の関心は後者で、いかに長期的に顧客ロイヤルティを高めていくかということに興味があります。また、ロイヤルティを高めるために企業はさまざまなツールを使って顧客とコミュニケーションを取ります。例えば広告もコミュニケーションの1つだし、ブランドや商品のデザインもそうですね。そういったコミュニケーションとロイヤルティの関わりを自分の領域として考えています。

赤松:久保田先生が研究のために大学院に行かれたのは1990年代ですね。そのころのブランド論はどのようなものだったのですか。

久保田:当時はマーケティングの教科書にブランドについての記述が1ページ載っているかどうかという程度で、ブランドの重要性はほとんど認識されていませんでした。日本で注目され始めたのは1990年代の中ごろかな。その少し前からブランドエクイティという言葉が出てきて、ようやくブランド論が盛り上がってきました。そのあとはブランド論からデジタルやソーシャルへと話題が移っていきました。これはブランド論が下火になったというより、むしろ当たり前のものになってマーケティングの土台として吸収されたという印象ですね。

──赤松先生の関心領域は?

赤松:消費者の意思決定プロセスを研究しています。問題を認識して、目標を設定してから情報を探索して、態度を形成し、購買して、その後にクチコミするかどうか。そういった一連のプロセスについて、現在、博士論文を執筆中です。

久保田:消費者の意思決定プロセスは、昔と今で違いますか。

赤松:はい。スマートフォンが登場して、若者を中心に意思決定プロセスのスパンが非常に短くなっているように感じます。かつては、ある商品にテレビで関心を持って、デスクトップのパソコンを立ち上げて検索して、雑誌でも調べるというように、情報を得てから次の情報を得るまでにそれなりの時間があって、その間に自分で考えながら態度を形成していました。関心を持ってから態度形成するまでのプロセスとして、情報の「探索」「解釈」「評価」と進み、探索と評価の間に解釈する時間があったということです。

ところがスマホが利用されるようになってから、解釈の時間が短くなって、情報を探索したらすぐ評価する傾向が強くなっています。情報を探索するハードルが低くなり、テレビを見ながらスマホで検索というように、次々に情報に触れるので、自分で考える時間がないまま態度形成に至るケースが増えているように感じます。

久保田:消費者の意思決定プロセスが短時間で行われるようになると、ブランドへのロイヤルティも変わってくるでしょうか。

赤松:自分で考える時間がないままブランドの評価をするので、ブランドの価値の構造自体も従来と変わりつつあると感じています。ケビン・ケラーが提唱している「ブランド・レゾナンスのピラミッド」というモデルがありますよね。以前は「ブランド・エクイティのピラミッド」といわれていたモデルです(図表1)。ケラーはブランド構築を「セイリエンス(顕現性)」から「レゾナンス(共鳴)」までの4つの階層に分けて、それぞれについて理性的なルートと感情的なルート、つまり頭と心の2つのルートでブランドが構築されていくと説明しました。

スマホの登場で知識はどんどん蓄積されるので、頭のほうのルートはすぐ埋まります。しかし、自分でじっくり考えているわけではないので、心のルートがついていっていない。心がついていかないということは、ブランドとのリレーションシップも弱い。そんな印象です。

久保田:ケラーのピラミッドは消費者の心ではなく、ブランドマネジャーがやるべきタスクや課題を整理したものですから、ブランドに対する消費者のロイヤルティ形成にそのまま適用できるのかわかりませんが、赤松先生のおっしゃることはわかります。

赤松:短期間で形成された態度は、おそらくその後の変化も早いと思います。例えば何か情報を得て好きになったとしても、また別の情報に触れて態度が変わってしまう。その結果、一つのブランドに固執せず、バラエティシーキングするという消費者行動が顕著になっているようです。

久保田:赤松先生はお若くて、まさにスマホ世代ですよね。ご自分が買い物するときも、やっぱりバラエティシーキングされますか?

赤松:そうですね。例えば私はビール系飲料ではクリアアサヒをよく買うのですが、新しい商品が出てきたらとりあえず試してみます。他のブランドにもちょくちょく浮気をするので、バラエティシーキングに近いかと。

私の師匠である清水聰先生の調査データによれば、情報感度の高い人ほど一つのブランドに固執せず、幾つものブランドをバランスよく試して買う傾向が見られます。企業側から見ると、もはや顧客の中で唯一のブランドになるのは難しい。多少の浮気は仕方がなくて、バラエティシーキングの中で中心になる本命ブランドというポジショニングを目指さざるを得ないんじゃないでしょうか。

久保田:なるほど、興味深いです。あとは、いろんなブランドを回遊する20代・30代の消費者行動が、ライフステージが変わって40代・50代になってからも続くのかどうか。もしかしたら、年を取るとやっぱり好きなブランドができて浮気しなくなるかもしれない。そこをじっくり見ていく必要がありますね。

図表1 ブランド・レゾナンスのピラミッド

 

話題性だけを追っても共感にはつながらない

久保田:お互いの関心がわかったところで、少し整理をさせてください。商品が上市されて、消費者が接触して、購買するまでのプロセスをAとしましょう。一方、買った後で愛着を抱いて、他の人にクチコミしたり、自分でもまた買うというプロセスをBとします。私はロイヤルティ研究なので、Bに関心が強い。一方、赤松先生はAのプロセスを研究していらっしゃる。

赤松:そうですね。今、私がやっているのは、もっぱら購買前のプロセスです。

久保田:ブランドを強くするには、どちらのプロセスも重要です。購買前のプロセスでは「話題性」が大事です。話題性の鍵を握るのはメディア戦略ですが、その点でいうと、ソーシャルやデジタルのメディアはこのプロセスと非常に相性がいい。実際、SNSを活用してバズらせる手法は次々に開発されています。

一方、Bのプロセス、つまり購買後に必要になるのは「共感性」や「愛着」です。Aのプロセスで話題性を高めればBの共感や愛着にもつながっていくと考える人もいますが、私は必ずしもそうだとは思わない。むしろ現場の声を聞くと逆です。具体的な名前は伏せますが、あるブランドのマーケターの方が、「マーケティングは永遠のゼロサムゲームだ」と嘆いていました。「SNSなどを使って瞬間的に成功させることはできるが、あっという間に売れなくなって、またゼロからのスタートになる」というのです。

この指摘は、とても重要です。ブランディングというのは、Aのプロセスで高めた話題性を、Bで足腰の強いものに変えていく作業といってもいい。しかし残念ながら、今のところ購買後のマネジメントがあまりうまくいっていません。つまりAとBがつながっていないのです。それが現在、多くのブランドが抱えている課題でしょう。

このような事態を招いた責任は、私たちにもあるんですね。10年ほど前から広告業界には、広告効果についてのアカウンタビリティが強く求められるようになりました。その結果、刺激反応的で効果を測定しやすいAの世界ばかりが注目されるようになりました。本当は、安定的な利益獲得のためにBの世界、つまり購買後の満足、ロイヤルティ、リレーションシップといったことが重要なのですが、これらは目に見えにくいうえに測定もしにくい。この結果、売り切ることに主眼が置かれるようになり、ブランドを育てるという発想が弱くなってきたように感じます。

赤松:確かにSNSをはじめとしたネットのクチコミは、購買前のプロセスでわかりやすく効きます。もう少し細かく見ると、クチコミサイトがよく活用されるのは、情報を探索する段階だけではなく、自分の中にある程度の知識が入っていて、そろそろ買うぞという段階もそうです。つまり消費者は最後に背中をポンと押してもらうためにクチコミを使っていて、そのときにはクチコミに力があることがわかっています。一方、購買後に共感を生んでいくときにクチコミがどれだけの力を持っているのかというと、よくわからない。先生のおっしゃるように測定しづらいし、実感として効果に疑問を持っています。

久保田:SNSが購買後のプロセスにまったく無力かというと、決してそうではないと思います。ただ、いわゆるクチコミでなく、別の使い方になる気がしますね。例えば2014年にアイスバケツチャレンジ(難病であるALSへの理解を広めるための運動)がSNSを通じて流行しました。あの運動の是非はともかく、SNSをきっかけに何かに参加するという動きが見えたのは興味深かった。SNSとリアル世界が連動していたからです。マーケティングでも、SNSを通じて消費者にさまざまな行動をしてもらう、参加型のコミュニケーションが次のステップとして出てくるのかもしれません。さらには、イノベーションが起きてまったく新しい使い方をする人たちが出てくる可能性もあります。いずれにしてもこれからでしょう。

赤松:私はSNSを通じて共感やロイヤルティが生まれるとしたら、対象はブランドではなく、クチコミの発信者となるマーケットメイブンに移っていくのではないかと考えています。クチコミは、その内容より誰の発信かということが強い力を持ちます。私の知人の女性の話ですが、彼女はお花の教室に行って、とてもおしゃれな方と知り合いました。InstagramのIDを交換してさっそくチェックしたところ、相手の家の中の写真がアップされていて、愛用しているインテリアもわかった。それを見て、彼女は同じ家具を購入したそうです。

つまり彼女はブランドではなく、おしゃれなマーケットメイブンに共感を抱いて家具を買ったわけです。SNSの特性を考えると、今後はこの例のように、マーケットメイブンへの共感が消費者行動に影響を与えるケースが増えるのではないでしょうか。

後編へつづく


※全文は吉田秀雄記念事業財団のサイトよりご覧いただけます。