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アド・スタディーズ 対談No.20

変化するコミュニケーションと ブランド論の新しい視座 後編

2016/03/30

いまやネットのクチコミ情報が消費者行動に大きな影響を与える時代に突入し、「強いブランド」の築き方についても問い直す時期が来ているようだ。クチコミ情報に比べてマス・メディアの影響力が相対的に低下しているとすれば、もはやかつてのやり方は通じないのか。それともブランド構築の本質は変わらないのか。ブランド・リレーションシップを研究する久保田進彦氏と、クチコミ情報を通じた消費者行動を研究する赤松直樹氏に、ブランド論の未来を伺った。

(※所属は「アド・スタディーズ」掲載当時)

情報フロー化時代は、 テレビにマーケティングのヒントがある

──現在はSNS以外にも、さまざまなルートで情報を簡単に入手できる時代になりました。情報環境が変わったことで、ブランドと消費者の関係も変わるのでしょうか。

久保田:情報との付き合い方は、ここ数年で急速に変わりつつあります。象徴的なのは、ブックマークです。デジタルの第1世代は、好きな情報源をブックマークしてチェックしていましたよね。しかし、今の若い世代はブックマークを使いません。最初にそのことを聞いたときは驚きましたが、実際に周りの学生に聞いてみたら、10人中2~3人しかブックマークを使ってなくて、別の2~3人から「ブックマークって何ですか」と聞かれてしまいました。彼らには、情報をストックしておくという発想がないんです。 

理由は2つあります。1つは情報の量が増えて、情報に対する飢餓感がなくなったこと。もう1つは情報の提供のされ方が変わって、タイムライン型になったことです。デジタル第1世代にとって、情報はページ単位で、自らサーチして取りにいくものでした。ストックされたものから何を選ぶのかが重要だったから、まとめサイトのようなキュレーションも出てきたわけです。しかし、現在は情報の単位がページからツイートのような細かなものに移って、ストックではなくフローで流れていくようになった。若い世代には、それが自然なのです。

先日、そのことを強く印象づけられた出来事がありました。ゼミの学生と、新聞社の方も交えて新聞広告について話していたのですが、ある学生が「新聞は読みにくい」という。なぜかと尋ねたら、「このページは経済、このページはスポーツと分かれていて、ページをめくらなくてはいけないから大変。テレビ欄みたいに、時系列で情報が並んでいるほうがいい」というのです。これはまさにフローの感覚です。

──情報がフロー化している時代において、企業は消費者とどのようにコミュニケーションを取ったらいいのでしょう?

久保田:ヒントになるのはテレビのストラテジーじゃないでしょうか。テレビはスイッチを入れれば勝手に電波が入って映像が流れていきます。いわばフロー型メディアの典型です。テレビはその中で断片的な情報を繰り返し提供しながら、あるとき瞬間的な売りにつなげ、あるときはロイヤルティにもつなげてきました。そのやり方がダイレクトに使えるとは思いませんが、ネット時代においてもヒントになりそうです。テレビは古いといわれますが、いまはYouTubeも自動再生で映像が流れるようになって、ネットの世界もテレビに近づいています。往年のテレビ広告者たちが培ってきたブランドビルディングの手法は、これからも役に立つ場面があるはずです。

考えてみると、実はアプリもテレビ的です。若い人たちはスマホにあれこれたくさんアプリを入れていますが、たいがいがよく使う1つか2つのアプリから情報を得るそうです。学生いわく、「いったんアプリを立ち上げた後に、他のアプリに行くのは面倒くさい」のだとか。これはテレビのチャンネルを変えるときの面倒さに似ています。つまりかつてテレビでチャンネル争いが起きたように、今、スマホの中でどのアプリが情報源になるのかという競争が起きている。この争いにおいても、テレビのストラテジーが何か示唆を与えてくれるかもしれません。

マーケットメイブンに効果的なアプローチとは?

赤松:私は流れてくる情報を受動的に処理するだけの人がいれば、他方で、フローの情報を処理すると同時に自ら能動的に探索して取りにいく人もいると考えています。後者は、いわゆるマーケットメイブンです。マーケットメイブンの行動を調査してみると、SNSやクチコミアプリだけでなく、雑誌を購入したり企業のホームページをチェックしたり情報を能動的に取りにいっています。マーケットメイブンはまだ少数派ですが、スマホの登場で情報探索のコストが低くなっているので、今後は増えていく可能性が大いにある。そう考えると、今後はマーケットメイブンへのコミュニケーションも考えていく必要があるのではないでしょうか。

久保田:おっしゃるとおりで、情報に受け身で接する層と自ら探索して発信するマーケットメイブンとでは、効果的なコミュニケーションが違うはずです。それぞれのセグメントに、どうやってアプローチするのかが、マーケターの腕の見せどころになりますね。
では、マーケットメイブンに対してはどのようなコミュニケーションが有効か。赤松先生はどう思います?

赤松:マーケットメイブンはバランスよく情報源に触れますが、彼らの支持が意外に高いのが雑誌です。雑誌は特集を組んで、意味のある情報として整理しています。しかも、わざわざお金を払って買いにいかないと手に入らない。久保田先生のおっしゃったテレビのフロー的な情報提供の仕方とは大きく違いますが、だからこそマーケットメイブンにも支持されています。もっとも、同じようなメディアでも新聞の支持率は、マーケットメイブン以外の人たちと差はありません。これはデータにも出ています。

久保田:私は、今は「横が見える時代」だということを意識したほうがいいと思います。かつて情報は企業から消費者に一方通行に伝達されていましたが、消費者から企業へもインタラクティブに情報をやりとりする時代に移った。さらに今は消費者間のCtoCで情報がやりとりされる、つまり横が見える時代になっている。だからこそマーケットメイブンの行動が一般の消費者の購買や生活に影響するようになったわけです。

しかし、横が見える時代は、ネガティブな情報もガラス張りになって共有されます。かつては一部の顧客を優遇しても、クローズドな環境なので他の消費者にバレませんでした。しかしいまは誰かを優遇すると、丸見えになってしまう。そうなると、うかつに優遇もできません。

例えばマーケットメイブンだけを特別セールに招待して宣伝してもらおうと思っても、逆に他の消費者から「不公平だ。あの会社はひどい」という反応が起きるリスクがあるのです。海外ではこういった顧客区別の悪影響について、CRMのダークサイドといったかたちで、研究が盛んになりつつあります。横が見える時代はマーケットメイブンの影響力が強いですが、アプローチの仕方を間違えると、かえってネガティブな評価が広まることを忘れてはいけません。

レコメンデーションは消費者の心に響くのか

久保田:赤松先生は商品のレコメンデーションを、どのように見ていますか。ビッグデータから自分に合った商品を薦めてくれるから、情報を受け身で処理する層には効果があるのかもしれません。ただ、実際のところはどうなんだろう。

赤松:例えば自動販売機の前でIDをかざしたときに、過去の購入履歴からジュースをレコメンドされたとして、買うかどうかですよね。私の感覚でいうと、マーケットメイブンからレコメンドされたら購買するかもしれませんが、機械にお薦めされると、ちょっとどうかなという気がします。

久保田:私も同じです。ネットでモノを買うといろいろとレコメンデーションしてくれますが、自分用にチューニングされた情報に接するだけでは新しい発見や驚きがないから、どうも魅力を感じません。レコメンデーションが比較的うまいと思うアマゾンでさえもそう。新しい発見や驚きを求めるなら、今のところ、リアルの店舗に行って棚を見て回ったほうがいいかもしれない。情報との接し方としては非効率ですが、やっぱり知らない世界と出合いたいから。私は、今のレコメンデーション・システムに足りないものは「新鮮な驚き」だと思うんです。

赤松:新しい発見をしたいというニーズとある程度の効率性を同時に満たすのが、マーケットメイブンの特徴ではないでしょうか。ある本屋さんは、お客さんから手紙を送ってもらい、それを読んでお客さんにぴったりな本を10冊か20冊選んで送るというサービスをやっています。本屋なので売り手の側にいるわけですが、お客さんから見たら自分たちと同じ側に立っているマーケットメイブンだと思います。

久保田:そういう意味でいうと、マーケットメイブンはブランドに代わる機能を果たしているといえます。「あの人の言うことなら間違いない」というのは、「あのブランドなら安心だ」とか「いいものがあるはずだ」というブランドののれん的機能と同じですから。

自分とブランドをクロスオーバーさせる日本人

久保田:最後に、グローバル化について少し話をしましょう。世界的なメガブランドは米国発が多く、日本にも続々と入ってきています。ただ、米国と日本ではブランド・リレーションシップの中身が違います。西洋人は一人一人が独立しているという自己観を持っています。ですからブランドとの関係においても、違う者同士がbond、つまり絆で結びついているという発想が強い。それに対して、日本人の自己観は自分と他者の境目が曖昧です。ブランドとの関係も、結びつくというより、一体感がある、あるいは自分とクロスオーバーしているという感覚に近い。

日本と西洋のブランド・リレーションシップのあり方が違うとすると、海外のグローバルブランドが同じコンセプトのまま日本に進出してきても、日本人の生活の中に完全に浸透するのは難しいかもしれない。そんな仮説が成り立ちそうです。ただ、これから若い人の自己観が西洋的になっていき、西洋的なブランド・リレーションシップが受け入れられていく可能性もあります。日本市場のグローバル化が進むにつれて、おそらくこの問題が注目されてくるでしょう。10年、20年後だと僕はリタイアしているから、赤松先生のような若い先生にぜひ研究してもらいたい(笑)。

赤松:西洋と日本でブランドの価値や構造が違う可能性があるということでしょうか。

久保田:例えば先ほど紹介していただいたケラーのブランド・レゾナンスのピラミッドは根本的なモデルなので、洋の東西は問わないと思います。ただ、基礎理論を応用していくところになると、文化や時代の違いを考慮する必要が出てくるんじゃないでしょうか。

赤松:ブランドと消費者の関係が文化によって違いがあるとしたら、当然、消費者同士のクチコミやマーケットメイブンの影響力も違いがあると考えるべきかもしれません。海外では実証的な研究がいろいろ出てきていますが、日本は日本で研究していかないといけませんね。最後に気が引き締まりました。本日はどうもありがとうございました。

〔 完 〕


※全文は吉田秀雄記念事業財団のサイトよりご覧いただけます。