FC今治からの挑戦状No.2
岡田メソッドの実験。サッカーから地方創生、環境教育まで。
2016/05/23
※連載第1回はこちら。
サッカー日本代表の元監督・岡田武史氏が新たな挑戦の舞台に選んだのが四国は愛媛県今治市。地元のクラブ「FC今治」の運営会社「今治.夢スポーツ」の株式51%を取得し、監督としてではなくオーナー経営者として、チームの強化と昇格を目指している。行政、メディア、スポンサー企業とも向き合いながら1年以上を過ごしてきた。
地方創生や教育、国際交流など、俯瞰した視点でサッカーへのチャレンジを続ける岡田氏に、社会・企業とスポーツの新たな関係について語ってもらった。聞き手は電通マーケティングソリューション局の林信貴局長。
新しいスタジアムが「伝説」になる
林:今治市役所の正面に垂れ幕がありましたね。「必昇 FC今治 目指せJFL昇格!」と、でかでかと書かれていて驚きました。
岡田:残念ながら昨年、地域リーグからJFLに昇格することができなかった。なので「必勝」ではなく「必昇」。ありがたいことに、今治市が全面的に応援してくれています。
FC今治を僕が始めるに当たって立てた大きな目標は「10年後にはJ1リーグで優勝できるクラブづくり」です。それを見据えながら、まずはJFLの昇格基準である5000人以上収容可能な専用競技場「IMABARIスタジアム」をつくっています。市内に建設予定地を確保して、この5月に着工したばかりです。完成は来年夏の予定です。
※参考:FC今治ニュースリリース
林:整地中の建設予定地を拝見しました。3方を山に囲まれた場所。バックスタンド側が海の方向になっていて、そこには観客席をつくらないんですね。
岡田:スタジアムから今治の街と海がどーんと見えるんです。このスタジアムがいつか「レジェンド」(伝説)になる、そう思っているんですよ。
来年は完成したこのスタジアムでJFLを戦い、そして7年後にはJ3に昇格して1万5000人収容の新たなスタジアムをさらにもうひとつつくる構想です。
その第一歩が「IMABARIスタジアム」。この場所で試合を見てくださった今治市民にとっては、「俺はJFLの試合をあそこで見たんだ。その時から応援しているんだよ」という「伝説」が生まれる。
ヨーロッパのサッカー文化を視察すると、5000人くらいしか入らない小さくて古いサッカー場が必ずある。それは、そのクラブの第一歩がしるされた「レジェンドスタジアム」なんです。日本にはそういう場所がない。地域リーグからチームづくりをしないとそういう場所ができない。
僕が今治の地でやりたいのは、そういう地域文化をイチからつくっていくことなんです。
林:ファンも一緒に育っていくのですね。
岡田:専用のスタジアムができるまでのホームゲームは、今治市の「桜井海浜ふれあい広場サッカー場」を借りて行ってきました。そこに必ず来てくださるのが、行きつけの焼鳥店のご主人なんですが、小さい応援旗をいくつも縫い合わせて、巨大なフラッグをつくって熱烈に応援してくれる。
FC今治の応援をしてくださる地元の方々が増え、うれしい限りです。そんな皆さんの顔を見ると、本当にイキイキしている。そこに「笑顔」があるんですよ。
林:岡田さんが今治でやっているのは、前回言っておられた「笑顔」の種をまき、まさに「見えない資本」を育んでいるということですね。
サッカーから環境教育まで。人が生きる意味を問い未来につなぐ
岡田:実は、われわれ「今治.夢スポーツ」の企業理念でうたっていることは、サッカーとはまったく関係ないことなんです。
林:夢や希望、モノの豊かさより心の豊かさ、まさに見えない資本のことですね。
岡田:サッカーを通じてこれらを伝えるのがメインの活動ではありますが、サッカー以外にも、野外体験教室など、いろいろなことをやっています。人間が本来持っている「なぜ生きるんだ」ということにつながる活動です。
林:環境教育もされていますね。
岡田:はい。われわれの環境教育プログラムの土台になっている富良野自然塾には、地球46億年の歴史を460メートルの道で表現した「46億年・地球の道」があります。そこに石碑があって、「地球は子孫から借りているもの」というネイティブアメリカンの言葉が刻まれています。「地球は先祖から受け継いだものではなくて、未来に生きる子どもたちから借りているものだから、壊したり汚したり傷つけたらいけない」という意味のメッセージです。
ところが、文明人であるはずの私たちが考えているのは、「今日の株価」だったり「今の経済」のこと。生命の根本は「命をつないでいくこと」なのに、人間は今のことしか考えていない。それをなんとかしたいというのが、われわれのやっている環境教育です。それが、野外体験教室にも、サッカークラブの経営にもつながっています。
林:なるほど。サッカークラブの領域を超えたすばらしい取り組みですね。他にもいろいろと企画があると伺っています。
岡田:「バリ チャレンジ ユニバーシティ」という僕が学長になっている講座では、今年の夏は「もしあなたがFC今治のオーナーなら、どんな複合型スタジアムを建てますか」というテーマでワークショップを行います。
また、うちの株主に「LDH」という会社がありますが、所属アーティストにダンス&ボーカルユニットのEXILEがいて、ダンスの合宿を行ったり、メンバーのEXILE ÜSAさんが、ビーチサッカーと音楽とダンスのコラボイベントをやりましょうと提案してくださったり。こういったサッカー以外の部分でも「交流人口」を増やして、笑顔の数を増やしていきます。
林:スポンサーとは「より良い未来をつくっていく」「より良い社会をつくる」というところで価値観を共有しているのですね。それで結果としてサッカーも強くなり、共感する人が増えて、スポンサーの事業も良くなっていく。
岡田:今の日本の経済や、世の中に閉塞感があるわけですが、そのままでは子どもたちにバトンタッチできないでしょう。危機を感じている責任感がある人たちならば、きちんと価値観の共有ができるはずなんです。
型があってこそ、型を破れる
林:もうひとつ、今の岡田さんの活動で興味あるのが「岡田メソッド」(OKADA METHOD)です。日本人やアジア人が世界で勝つためには、育成段階から「型(カタ)」を意識すべきという考え方だと聞いています。これはサッカー以外の次世代育成や教育にもつながる思想のようにも感じますが。
岡田:「岡田メソッド」は、まだ現時点で正解なのか分からない。「日本代表に岡田メソッドを」なんていう意見も聞きますが、そんなことリスクが高くてまだできません。
だから、今治でやっている。もし、やってみてダメでも、僕が破産すればそれで終わりなんだから。ただ、直感としてはいけると思ってやっています。
日本の選手は指示されたことはやるけれど、それ以外はなかなかできないといわれる。だから今は、とにかく教え込むという昔のやり方は否定され、「もっと自由にさせないといけない」といわれる。でも、それで日本の選手の何が変わったのか、と言いたい。
林:「自由」をキーワードにしていると、世界に通用する人材ができない、ということですか。
岡田:「守破離」という言葉があります。型をまずきちんと覚える。で、それを破って離れていく過程が、育成の中で必要なんだと思います。自由なところからは自由な発想は出ない。まずはしっかりした型を身につけて、それを破ることで驚くような発想が出てくるんじゃないかと。その意味では、サッカー以外のところでも当てはまる部分があるかもしれません。
林:それが「岡田メソッド」の真髄なんですね。
岡田:サッカーの育成だと、子どもの時には自由に好きに遊ばせて、高校生くらいになってから戦術を教えるが、それは逆なんじゃないかと。子どもの時に楽しみを体験させるのは大切だけど、まず基本的な型を教えなきゃいけない。そして16歳くらいからは自由にやらせる。
そういうクラブをつくって「岡田メソッド」の効果がどうなるか、これを僕が自分自身でリスクを取ってやりたい。そのためにFC今治のオーナーになりました。
林:効果は出ていますか?
岡田:結果が出るまで10年かかるでしょうね。子どもたちにサッカーを教えるところから始めなくてはならないですから。
スポンサーの「型」も打ち破れ
岡田:最後に改めて伝えたいのは、企業が過去最高の利益をあげて、株価が上昇するというのもいいけれど、人間はそのために生きているんじゃないということ。
社会に希望や夢を提示して、明るいことを届けていくのがスポーツや文化の役割です。経済やビジネスの専門家にはできない。ここに、スポーツを支援するという意味が出てくるんです。
林:お話を聞いて、スポンサーとスポーツの関係にも、長年で固まった「型」がありますが、それを打ち破ることが大切だと思い至りました。
電通もFC今治の取り組みに注目して、スポーツと企業の関係を見直し、新しい価値を発見していきたいと思います。広告媒体や販売促進といった面では測れない、企業にとっての新しい価値を探していかなくてはならないですね。
FC今治に関する問い合わせはメールアドレス fcimabari@dentsu.co.jp(電通スポーツ局宛)まで。