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情報“砂の一粒”時代に
ラジオが実現するファンづくり

2016/07/06

情報がさまざまな方法で伝わるようになった今、ラジオの特長である「パーソナリティーとリスナーとの関係性の濃さ」が、再び注目され始めている。
ラジオをマス媒体としてだけではなく、“ファンベース”のコミュニケーションを推進できるメディアとして捉えることで、企業と生活者との新しい関係構築のヒントが見つかるのでは? そんな発想を手掛かりに、コミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之(さとなお)氏、ソーシャルメディアの企業活用の可能性について啓発活動を展開する徳力基彦氏、そしてJ-WAVEの松尾健司氏が語り合った。
  (聞き手=編集部)

(左から)佐藤尚之氏、松尾健司氏、徳力基彦氏
(左から)佐藤尚之氏、松尾健司氏、徳力基彦氏

ラジオとリスナーの一体感が信頼を生む

──メディアが多様化し、情報があふれている今は、「伝わらない」時代ともいわれます。その中で、昔も今も一貫してリスナーとの親近感を保ち続けているラジオのパワーが、あらためて注目されています。以前からラジオの活用について言及されている佐藤さんは、現代におけるラジオをどのように捉えていますか。

佐藤:広告の仕事を長く続けてきて、今ほどラジオに高いポテンシャルがある時期はない、と感じています。この20年ほどの中で、最も大きなチャンスなのではないでしょうか。背景の一つには、メディア環境が大きく二極化していることがあります。平たく言うと、ネットを使っているか、使っていないか。こういう仕事をしていると、ネットはもう空気のような存在ではありますが、実は「検索を含むインターネットサービスを月に1度以上利用している人は5200万人しかいない」という調査(2014年、ニールセン調べ)も、パソコンベースではありますが出ています。つまり7500万人くらいは検索も動画サイトもEコマースも利用していない。もちろんスマートフォン(スマホ)を使っている人は多いですが、それでも全国平均だと5割程度の普及率。使っていたとしてもメールとLINE、ゲームがメインというユーザーも多いのです。それらを考えると、ネットを日常的に活用していない人は、日本に恐らく7000万~9000万人はいるのではないかと思います。また、検索している人も東京が圧倒的ダントツさで、電車利用も東京がダントツという調査データもあります。東京だけ別の国なんですね。東京に住んでいる先端マーケターとかは自分のまわりがネットを駆使しているので、その乖離が実感できないのです。で、地方に住む多くの方々はマイカー利用が一般的。運転中はスマホを見ません。彼らが日常的に接触しているのは、カーラジオだったりするのです。そういう状況に加えて、もう一つ、主に東京や一部の大都市に住んでいる人たちには、もう普通に情報を露出しても届かないということがあります。

佐藤尚之氏(コミュニケーション・ディレクター ツナグ代表)
佐藤尚之氏(コミュニケーション・ディレクター ツナグ代表)

──情報量が多過ぎて、届かないということでしょうか。

佐藤:ええ。流通する情報量は増え続け、2020年には1年に流れる情報量が40ゼタバイト(ゼタは10の21乗)とも予測されています。1ゼタバイトは「世界中の砂浜の砂粒の数」といわれるので、もう無限です。想像しようがない。これを僕の著書『明日のプランニング』では「情報“砂の一粒“時代」と呼びましたが、そんな中で信頼されるのが、友人や知人、あるいは特定の商品やコンテンツを強く支持する“ファン”のネットワークです。生放送を中心に時間を共有し、パーソナリティーが耳元で語り掛けるようなラジオの親近感は、友人やファンから伝わってくる言葉の感覚ととても近い。ネットが登場する前からラジオはそういうメディアでしたが、周辺の環境が変わったことで、この特長が際立ってきたということです。

──ファンという切り口では、徳力さんは企業や商品のファン自身に次のファン化を促進してもらう活動を「アンバサダープログラム」と提唱し、続けられています。

徳力:企業がファンの力をマーケティングに生かすためのサポートをしています。今、SNSなどでの発信が日常的になり、ユーザー自身がメディア化しつつあります。僕は、この「ユーザーのメディア化」こそがデジタル時代の革命だと考えています。企業はもっと、メディア化しているファンに頼っていいのではないでしょうか。昨今の環境変化の中、企業のマーケティングも変わらなければという議論は多くされていますが、環境変化の方向性を少し誤解している人も多いと思います。本離れといっても、実は読んでいるテキスト量は増えていたりしますよね。ラジオでいうと、メディアが多様化して、確かに「音声コンテンツだけを聴く」というカルチャーは相対的に減っているかもしれません。でも、テレビ番組をつけておいて、他の作業をしながら音だけ聴いてなんとなく満足することもあるし、動画配信だと、映像が途切れるより音声が途切れる方がずっとクレームが多いという話もあります。音声情報は、それだけ根源的というか、人の自然な会話に近しいものだと感じます。加えて本当に情報が響くかどうかは、さとなおさんが指摘されたように信頼性が大事になるので、それはファンとの距離がとても近いラジオの特性に合致します。ラジオが提供する価値を放送波による配信とするのか、「音声コンテンツ」の提供と呼ぶのか、あるいはファンのコミュニティーへの情報提供とするのかなどはラジオ局の戦略によるでしょうが、番組をインターネット配信する「radiko.jp」のような聴取の仕組みも追い風に、確かに可能性が十分広がっていると思います。

ファンベース構築目指しゼロから募集

──J-WAVEで松尾さんが手掛けている会員組織「J-me(ジェイミー)」は、まさにファンのコミュニティーに当たると思います。J-WAVEの考え方と、この組織を通した取り組みを教えていただけますか。

松尾:デジタルによってコミュニケーションが様変わりする中で、僕らも変わるべきだという危機感がありました。具体的には、もっとリスナーと近くならないと。徳力さんが指摘されたように、ユーザーが従来のマスメディアに迫るほどの発信力を持ち得る時代になって、これまでのラジオとリスナーとの関係は、放っておけば崩れると思っていました。J-WAVEは以前、そこまでリスナーの実像を意識して運営してはいなかったんですね。濃密にコミュニケーションを図るというより、むしろ一定の距離の下で、薦めたいコンテンツを提供してきた。25万人規模のメール会員組織はあったのですが、一方向的なメルマガ配信が中心でした。

──その組織を引き継いだのが、J-meなのですか。

松尾:25万人に週1でメルマガを送るだけの関係って、不毛じゃないか、という議論が社内で起こったんです。今までとは違う、僕らと近しく付き合ってくれるファンのベースをつくり、継続的にホスピタリティーを表していきたかったので、あらためてゼロから参加を募りました。現在は11万人になっていますが、それでも多いなと感じているところです。

佐藤:ゼロからの参加募集とは、大きな決断ですね! なかなかできない。11万人でも多いというところからも、松尾さんが「数の問題ではない」と考えていることが分かります。点の関係性を多く持つより、熱量のある100人それぞれが周囲の100人に伝えていくような、面で考えられるかどうかがこれからのマーケティングの大事なところだと感じますね。J-meは、どういったことを重視して立ち上げたのですか?

松尾:最も意識したのは、僕らの一番の強みはリスナーにあるということです。東京に暮らし、ネット検索を日常的に使うし、面白い砂粒も知っている。そういうリスナーがいるメディアだと説明できるようにならないと、次のリスナーも育たないし、企業や広告会社にも僕らの価値が伝わらないと考えました。昔のような、引いた距離感はもう要らない。柄にもないといわれつつ、キャラクターもつくりましたし(笑)、僕ら局と“私”(リスナー)をつなぐ意味を込めたJ-meという名称さえ、リスナーからの公募で選んだのです。

ラジオが持つ“マス”を超えた価値

徳力:今のお話を聞いていて思ったのは、ラジオには“マスメディア”とは別の側面の価値があるのではないかと。例えばテレビだと、適当にチャンネルをザッピングしながら番組単位で接触するので、局ごとのファン性はそこまで強くない印象があります。一方でラジオのように、もう能動的に聴きに来てもらわないといけなくなったメディアからすると、局のカラーを打ち出して局のファンを増やす方が、恐らく戦略的に正しいと思うんです。

徳力基彦氏(アジャイルメディア・ネットワーク
取締役CMO、ブロガー)
徳力基彦氏(アジャイルメディア・ネットワーク 取締役CMO、ブロガー)

──ラジオの聴取習慣の中でJ-WAVEを選ぶ人ではなく、J-WAVEだから聴くという人を増やす、ということですか。

徳力:そうですね。これはテレビのザッピングで浮動票を得るのとは違って、強いエンゲージメントが必要なので、当然聴取者の数は減ります。でも、それでいい。これまでのインフルエンサーマーケティングは、フォロワーの単純な数=影響力と捉えられていましたが、お二人が言われているように、本当はフォロワーとの関係性の質の方が重要ですよね。1000万人に事実情報がリーチするより、11万人のリスナーにパーソナリティーが「これ、本当にいいんだよ」と薦める方が、人が動く深さがあるのではないでしょうか。

佐藤:それは、パーソナリティーの生の声で聴く親近感も大きそうです。リーチを追求するのがマスメディアとするなら、J-WAVEはそうではない、エンゲージメントを大事にする方に振っていますよね。

松尾:数を追っていないというのは、確かにそうですね。熱い人を、より熱くしていきたい。例えばウェブへのアクセスやメール送付、radiko.jpへのアクセスなどにポイントを付与して、年間で最もためたリスナーを表彰しているのですが、とても喜ばれるんです。また、2カ月に1度、そうした濃いファンの方を15人ほど当社に招いて「J-WAVE BAR」を開催しています。

徳力:それは、ファンからしたら、まさにプライスレスな体験ですね!

音楽と夜景を楽しむスペシャルな「J-WAVE BAR」、J−me会員から選ばれたわずか15人が夜景をバックに、お酒とアーティストの生声に酔いしれた。
音楽と夜景を楽しむスペシャルな「J-WAVE BAR」、J−me会員から選ばれたわずか15人が夜景をバックに、お酒とアーティストの生声に酔いしれた。

ソーシャルメディア連携とブランデッドコンテンツ

──SNSの浸透やradiko.jpなど聴取環境の整備などを通して、ラジオとソーシャルメディアの連携によってもラジオの存在価値を上げられそうです。また、radiko.jpでもタイムシフト聴取サービスが検討されているともいわれています。ソーシャルメディアとの連携について、どうお考えですか。

徳力:生放送が多いので、その点では相性がいいですよね。一方で、テキストコンテンツと違って聴き逃した人が追体験できないのはもったいないと思っています。かつては“エアチェック”と称して番組を録音して聴き直すのも普通でした。その点でタイムシフトには期待しますね。そこから次のライブ視聴へ引っ張ってこられる。

佐藤:そうですね。共感を生みやすいメディアなので、特にその局や番組、パーソナリティーに心を寄せているほど、ユーザーの発信も促されるのではないでしょうか。

松尾:同感です。重ねていうなら、時代の風潮として、芸能人でも自分の言葉でリアルに話せる人が人気ですよね。パーソナリティーも、そういう姿勢でリスナーとコミュニケーションできている番組は、圧倒的に支持されています。

松尾健司氏(J-WAVE 営業局次長兼営業促進部長)
松尾健司氏(J-WAVE 営業局次長兼営業促進部長)

──そんなパーソナリティーがいると、ラジオという場を企業にとってのファンベースマーケティングに発展できる可能性が高まるのでは。

松尾:番組とリスナーと企業とで、いい形を模索できるのではないかと思います。例えばパーソナリティーを中心にある音楽ジャンルについて掘り下げる番組や、派生サークルなどを設けて、その中でうまく商品をプレースメントするなど…。告知中心ではなく、一緒に物語をつくろうという姿勢で臨める広告主となら、成立すると思います。例えば昨年5月4日、作中の名言「May the force be with you」にちなんで、映画「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」公開前イベントを六本木で行い、同時にスペシャル番組を放送しました。配給会社のスポンサード企画で、イベントに集まったのは1000人ほどですが、それこそ放送やソーシャルメディアを通じてどんどん拡散していった。こうした流れを生み出すためにどのような方策があるのか、考えています。

佐藤:元々、ラジオは昔から1社提供の番組が比較的多く、ブランデッドコンテンツがはまりやすいメディアです。そこをもう一歩踏み込んで、ソーシャルメディアを生かしてユーザーも巻き込んだコンテンツづくりをもっと探れそうです。

万人受けではないラブレターのような番組を

──では最後に、今後のラジオへの期待をお聞かせください。

徳力:ソーシャルメディアが普及したことで、ユーザーが企業の宣伝臭に敏感になり、忌避する傾向も出てきていると思います。その点でも、スポンサード企画でありながら、ユーザーにも十分喜ばれるコンテンツだという形を模索する価値があるのではないでしょうか。そのとき、SNSで流れてきたものを追体験できるタイムシフトの整備が、やはり重要になると思います。音声コンテンツは、出先で接触するにはイヤホンが必要というハードルはあるものの、今ならスマホによって出先でのパーソナル性が高まっていることを味方にできるはずです。テキストと同じように、流行していると知ったらすぐキャッチできる。そのあたりのカルチャーを、メディアとリスナーとの掛け算で熱量が膨らむ過程でつくっていく必要があるし、可能だとも思っています。

佐藤:そうですね。最近、ラジオ起点の情報がネットで注目されることも目立っています。例えば誰が誰のファンだと、ラジオでちょっと話されたことがバイラルメディアに載り、双方のファンがSNS上で話題にしたり。音声は、実は短い中に相当な情報量が入っているので、今後ものすごいキラーコンテンツになってくるでしょう。そこに、松尾さんが注力しているような、万人受け狙いではなくファンを増やす方向性が重なると、まさに濃いファンに響く土壌がつくれる。人口が減る中、それこそファンベースのマーケティングが効いてくる時代なので、企業も数ばかりに目を向けている意識を変えていくことが大事だと思います。

松尾:万人ではない、自分の隣の誰か一人に喜ばれる、ラブレターのような番組をつくる方が人の心を動かせるのではないか。そんなふうに感じていたので、今日のお話を通してそれが間違っていないと思えましたし、すごくエールを頂いた気持ちです。そのような緊密な関係を広告主ともつくれれば、J-WAVEだけでなく、新しいラジオ局の在り方を業界全体が打ち立てていけると思っています。

 
 
事例 人気声優起用でゲーム&アニメのコアファン獲得
 「ユニゾン!」(文化放送)

2015年6月に放送を開始した「ユニゾン!」(文化放送、月~木曜深夜1~2時)は人気男性声優4人がパーソナリティーを務める生ワイド番組。総勢40人以上の人気男性声優が出演するスマートフォン向け学園恋愛ゲーム「ボーイフレンド(仮)」の協力を得て、ゲーム内でもキャラを演じている関智一さん、柿原徹也さん、寺島拓篤さん、鈴村健一さん(写真左から)を起用した。

同ゲームは高校を舞台にさまざまな個性を持つ男の子たちとの出会いを楽しみながら本命の“カレ”を見つけるもので、ときめきを誘う男の子の声を聞きながらゲームを進めることができる。13年12月の提供以来、会員数を伸ばし、15年2月には200万人を突破するほどの人気ぶりだ。

そんな熱い多くのファンを擁する声優らが曜日別に登場する番組では、毎週、公式サイトや公式ブログでメールテーマを発表。「僕の私のミニマム都市伝説!」「便利すぎる言葉」「ここが変だよ!男子・女子の不思議」といった具合に、身近なテーマを提示してリスナーの関心を喚起。タイトルの「ユニゾン!」が意味する通り、同じ時間に、同じ話題で“共感覚”を楽しむという趣向でゲームやアニメのコアファン、若い女性層の心をつかんだ。

放送中はリスナーのつぶやきも多い。番組公式ツイッター「#unison1134」のツイート数は6万件を超えることもある。コアターゲットである10代女性の聴取率は、放送開始わずか4カ月後の15年10月には曜日別の最高が2.9%を記録するなど、平日深夜帯の番組としては異例の高評価を得ている。


ファンとのコミュニティーづくりを進める会員組織

J-me(ジェイミー)

 

2013年4月にスタートしたJ-WAVEのインターネット会員サービスで、会員数は、約11万人。J-WAVEを聴きながらサイトにアクセスすると、活動に応じてポイントがたまり、サービスが利用できる。

フェイスブック、ツイッターなど通常使用しているソーシャルメディアのアカウントで入会登録が可能で、IDも共有できる(ソーシャルメディアを利用していない人も登録可能)。J-WAVEサイト内の番組情報をソーシャルメディアに拡散したり、コメントを書いたり、アンケートに答えるとポイントが獲得でき、たまったポイントは限定イベントへの応募やオリジナルグッズと交換できる。

ポイントに応じて会員ランクが、「ホワイト」「ブロンズ」「シルバー」「ゴールド」などとアップし、ランクアップするとさらに特典が増える。J-WAVEを聴きながら、積極的に使えば使うほどポイントがたまる設計だ。ピラミッド構造の会員ランクの頂点に上れば、カリスマリスナーとして他のリスナーから尊敬され優越感が味わえる。

また、J-WAVEサイトでアクティビティーに参加すると、バーチャルバッジがもらえる。番組限定などさまざまな種類があり、コレクションする楽しみもある。
毎月、音楽や映画などの会員限定イベントも開催される。