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【続】ろーかる・ぐるぐるNo.86

ビジョンとユーモア

2016/07/07

『遥かなるケンブリッジ―一数学者のイギリス』(藤原正彦著・新潮文庫)

『遥かなるケンブリッジ―一数学者のイギリス』(藤原正彦著・新潮文庫)

イギリスのEU離脱が決まりました。その背景や歴史的意味を語ることはできませんが、このニュースを耳にして一冊の本を思い出しました。数学者・藤原正彦さんのベストセラー『遥かなるケンブリッジ』。この中で藤原さんは近代、イギリスが太陽の没することのない巨大帝国を築けた理由が「特殊な島国」という地理的条件にあったと分析しています。面積で倍以上もあるドイツやフランスの争乱をあざ笑いつつ、少し離れたアウトサイダーの立場から口先介入したり、「栄光ある孤立」を唱えてみたり。優秀な海軍力さえあればどこからも侵略されないことを分かったうえで、そういった現実主義的な対応を重ねることによって政治、経済、軍事、文化における圧倒的優位を確保したのです。

今回の国民投票がそういった駆け引きのたぐいなのか、よく分かりませんが、どこか一筋縄ではいかないイギリスらしさがあるように感じました。

もうひとつ。『遥かなるケンブリッジ』が興味深いのは、イギリスらしさの源泉である「ユーモア」について、その正体が何であるか考察されている点です。藤原さんは最終的に「ユーモア」とは「いったん自らを状況の外に置く」という姿勢であり、「対象にのめりこまず距離を置く」余裕だと定義し、人生の不条理や悲哀に臨んでも、陰気な悲観主義に沈むことなく笑い飛ばす知恵だと解釈しています。この本が出版された90年代初頭は、かの国が「イギリス病」に悩んでいた頃なので、いまとはだいぶ経済状況は違いますが、この「ユーモア」に関する分析の魅力は今日もなお、色あせることがありません。

歴史的にもっとも著名なコンサルタントのひとりであるエイドリアン・J・スライウォツキー氏はかつて雑誌のインタビューで、優秀なコンサルタントに共通する資質は何だろうという問いに対して「ユーモアのセンスだ」と答えていました。「ロジカル」の権化ともいえる戦略コンサルタントがこんなことを言うのか!と驚いたのですが、これもきっと、とかく生真面目になりがちなビジネスの現場で、肩のチカラを抜いて「いったん自らを状況の外に置く」ことの大切さを伝えたかったのでしょう。

前回のコラムで「情報(information)」に「意味」が加わったものが「知識(knowledge)」、それに「ユーモア」を加えたものが「知恵(wisdom)」だと書きました。これは全く個人的な関心なのですが、単なる情報でも知識でもなく、まさにこの「知恵」とビジネスの関係について、これからもっと研究していきたいと思っています。

十字フレーム
十字フレーム

たとえば、イノベーションを起こすためには、優れた「ビジョン」が欠かせません。しかし現実に各社のリーダーが指し示している「ビジョン」は十分にユーモラスでしょうか? むしろ生真面目が過ぎるのではないでしょうか? もっと「対象にのめりこまず距離を置いて」、ビジネスの現場に漂いがちな悲観主義を笑い飛ばすような、そんな知恵が必要なのではないでしょうか…。

「イノベーションを起こす仕組み(経営学でいうSECIモデル)と広告業界のアプローチには親和性がある」という気付きを得てから『コンセプトのつくり方』を出版するまでには10年の月日が必要でした。「ビジョンとユーモア」についても粘り強く考えていき、いつかその成果を皆さまにご披露できたらと思っております。

昔々、はじめてイギリスに行ったとき、八百屋の店先に並んだ「ほうれん草」にビックリしました。ヘナヘナ、ヘタヘタ。フレッシュさがかけらもなかったのです。「イギリスはマズい」という通説が頭をよぎりましたが、でも、いまではいくつかのイギリス料理がわが家の定番メニューとなりました。そのひとつが「トライフル」。フルーツジュースにたっぷり浸かったスポンジケーキと色とりどりのフルーツを、生クリームとカスタードクリームで味わうという、まぁ、マズいわけがないデザートです。

ホームパーティーで大酒を飲んだ後、締めのラーメンならぬ、締めのトライフルがおいしいことといったら。やっぱりイギリスは、恐るべし!なのでした。

トライフル

どうぞ、召し上がれ!