カンヌ2016受賞作から学ぶ「国境を超えるアイデア」
2016/07/14
創造力のオリンピック、カンヌへ
初めまして、電通CDCコピーライターの東です。
映画祭で有名なフランス・カンヌで6月、国際的なクリエーティブの祭典、カンヌライオンズ 2016が開かれました。広告を中心としたアイデアを表彰します。63回目の今年は世界約100カ国から1万5000人以上が訪れ、世界を動かした4万点を超えるアイデアが審査・表彰されました。
私は学生時代にシリコンバレーで取材・執筆していた経験を生かし、電通CDCの記者として参加しました。審査員、受賞者に取材する中で分かった評価の基準、受賞作の今後を紹介し、「クリエーティビティーのこれから」をお伝えします。
カンヌ2016の受賞作から見る今年のトレンド
サイバー、デザイン、イノベーションなどの部門で受賞した作品を俯瞰すると、今年の傾向として以下の三つが読み取れます。
1. "for good"から"for brand"へ
社会貢献から、企業ブランドの評価へと戻った。
2. テクノロジーは黒子
テクノロジーの使用を感じさせない企画が評価された。
3. AIを誰に役立てるか
絵画などの作品がつくれるAIが評価された。次のステップは誰にこの技術を役立てるか。
1. "for good"から"for brand"へ
近年の受賞作にはアフリカで井戸を掘るための募金や、栄養不足の解消など"for good"と呼ばれる企画が多くありました。人の認識や行動を変える広告会社の力が企業以外にも生かせることを示した一方、賞狙いで社会課題を選んだのではないかと思われる企画も増えていました。
今年はチャリティーよりも、大企業の起こした社会的インパクトが評価されたと思います。プロモ&アクティベーション部門の審査員長Rob Reilly氏は、「チャリティーには厳しくし、ブランドをたたえた(Celebrate brands)」と述べていました。ここで、大企業の社会的インパクトとは何かを二つのグランプリから見てみましょう。
McWhopper(メディア部門グランプリ/プリント&パブリッシング部門グランプリなど)
マクドナルドのビックマックとバーガーキングのワッパーを重ねて"McWhopper"をつくろうというキャンペーン。国を選ばず、子どもでも参加できる分かりやすいアイデアです。ウェブサイトもこの悪ふざけをかわいいイラストで描き、気が利いた演出になっています。
このポスターのコピー、非常においしいです。まず米国バーガーキングは米国マクドナルドに、長年繰り広げていたバーガー戦争"burger wars"の一時停戦"ceasefire"を呼び掛けます。そして平和を祈念する9月21日の国際平和デー"Peace Day"に、争っていた2社が一つになった平和を愛するバーガー"McWhopper"をつくろうと提案したのです。コピーは最後に"Let’s end the beef, with beef."と締めています。"beef"に「争い」という意味があるのがうまいです。
この企画が、印刷媒体を表彰するプリント&パブリッシング部門でグランプリを取ったことに驚きました。作品がほぼコピーだけで構成されているからです。審査員はビジュアルとコピーから選ぶか、社会への影響から選ぶかで議論したそうです。結果、その一枚のポスターがスマホから顔を上げさせるか、テレビやネットへと拡散される起爆剤になるかを考えて"McWhopper"をグランプリにしたとのこと。「どう表現したか」より「人々をどう動かしたか」が見られたといえ、大企業の社会的インパクトが評価されたといえます。
Brewtroleum(アウトドア部門グランプリなど)
ハイネケンが、ビール製造で出た副産物でバイオ燃料をつくりました。生成した30万リットルの燃料はニュージーランドの60のガソリンスタンドで売られ、「世界を救うためにビールを飲む」という「飲みに行く言い訳」を与えました。結果、低迷するビール業界で売り上げが約10%上がったといいます。
私が考えさせられたのは、どれだけの人が乾杯の時に「このビールは環境に優しい」と思い出すだろうか? ということです。ハイネケンが本気で環境対策を進める姿勢が評価されたのか、それとも取り組みの大きさが評価されたのかー。
アウトドア部門審査員のPark Wannasiri氏に聞いたところ、「まさかそのブランドがそんなことを! という面白さを評価した」とのこと。「インパクトのある物語」があるかを見ているそうです。「ビールが世界を救う」という壮語を吐く腕白さと、それをまさか形にしてしまう腕っぷしの強さに票が入ったといえます。環境保護の視点ではなくやんちゃな実行力という点から見れば、ハイネケンらしい企画だと思い直しました。
2. テクノロジーは黒子
技術を活用した企画が多かったものの「技術のために技術を使った企画は評価できなかった」とデザイン部門審査員長のTristan Macherel氏は言います。では、テクノロジーをうまく使った企画とは? デジタル施策を審査するサイバー部門の審査員長、Chloe Gottlieb氏に聞きました。
「これからはVR(Virtual Reality)よりAIが評価されていくと思います。もともと私は、体験デザインの部門で仕事をしていたので、スクリーンの上で何ができるかを考えます。けれどもAIなら会話したり、存在を認識したりでき、画面に縛られません。これからのサイバーは"Time of Sensing"(感知する時代)で、インターフェースはなくなっていくと思います」
大事なのは何の技術を用いるかでなく、企業ブランドのメッセージがスムーズに伝わるか。技術は黒子のような存在になると思いました。そのような企画として例に挙がったのが"The Swedish Number"です。
The Swedish Number(ダイレクト部門グランプリ/サイバー部門ゴールドなど)
スウェーデン観光協会による観光を盛り上げるための企画で、スウェーデンへ旅行したい人がこの番号に電話すると、登録しているスウェーデン人にランダムにつながります。漁村に住む人、農家の人、フォークダンスのプロなどと直接通話できます。
生の声を聞いているとき私たちは電話の存在を忘れ、スウェーデンに住むその人の姿や身の回りについて想像を巡らせることでしょう。大切なのは、ブランドのメッセージがいかに届くか。サイバー部門の審査員たちは「テクノロジーの存在を忘れてしまうような、人間らしい作品が大好きだ」と言っていました。
私は時に、「テクノロジーは使い手を超えて進化し過ぎている」と感じることがあります。例えばVRを体験した人は、私の家族にはいません。使い手に技術を身近にしたという点で見ると、サイバー部門でゴールドを取った"The Field Trip to Mars"(スクールバスの窓全面にVR技術で火星を映し、通学を火星探索に変えた作品)、"Magic Words"(読み書きできない人のために、しゃべった言葉を手紙に出力してくれる作品)、"Dreams of Dalí"(ダリの絵をVRで映像化した作品)は、テクノロジーと使い手との距離感がちょうどよいと思います。
3. AIを誰に役立てるか
2013年に新設されたライオンズイノベーションのイノベーション部門では、技術や発明を表彰します。電通イベント&スペース・デザイン局の日塔史氏はAIを活用したビジネス開発を行っており、去年からこの部門を生で見てきました。傾向を尋ねると「昨年はアプリやスマートデバイスを利用したソーシャルグッドなアイデアが多くあった。今年は、AI業界で有名だった"AlphaGo"(アルファ碁)、"The Next Rembrandt"、"Jukedeck"が受賞し、AIの企画が形になってきた」とのこと。AI技術が世に出せる段階になってきたといえます。
この部門でグランプリを取ったアルファ碁は、AIの力で世界最高峰の囲碁棋士の一人、イ・セドル氏に4勝1敗で勝ち越しました。制作したGoogle DeepMindに「アルファ碁の次の一手は」と聞いたところ、「1敗したので、なぜ負けたかを分析して向上させる。アルファ碁を一般の人に使ってもらえば、世界一の対戦相手と練習できることになる」とのこと。
碁打ちでもある私にとって4勝から5勝に精度が向上するのは大きなことですが、より重要なのは「囲碁の次に、どの分野でAIを活用するか」だと思います。Google DeepMindは7月5日、イギリスの国民保険サービスと提携して、失明に至る疾患の発見にAIを役立てることを発表しました(The Guardianより)。100万枚の目のスキャン画像を学習することで、医師の診断を助けるそうです。来年はどの分野でAIが実用化されるか、私も関わりながら考えていきたいです。
AI活用のはしりと思えたのがフューチャーライオンズで受賞した"Amazon Emma"です。フューチャーライオンズとは学生版カンヌのことで、「3年前には実現できなかったアイデアを国際的企業のために考案する」というコンペティションです。1900以上の応募作から5作が選ばれ、"Amazon Emma"はその一つです。
この企画は、AIが一人暮らしの高齢者の話し相手になるというもの。企画者である360iのYanci Wu氏に、人間に役立つAIについて聞きました。「人間味のあるAIをつくることは可能です。言葉を与えれば、キーワードを学んでいきます。神経科学を用いて人間の感情に法則が見つけられたら、AIはより人間を理解できるでしょう」と答えてくれました。
国境を超えるアイデアは、一人も人々も動かす
受賞作を浴びるように見てふと、私もタイ人もドイツ人も同じ作品に笑うのかと気付きました。それは、例えば日本人が日本人に向けた企画というより、「人」に向けた企画だといえるでしょう。国籍に関わらず「人」を動かすアイデアは、さまざまな国の人に評価されています。さらに、グランプリを取った企画は地球規模の問題と関連付けることで、巻き込む人々をますます広げています。
例えば"McWhopper"はビッグマックとワッパーを重ねるという、国籍に関わらず「人」が参加できるアイデアです。加えて"Peace Day"という地球の問題と組むことで、課題を世界規模に拡張させています。
"The Swedish Number"はスウェーデンという手にとって触れられない国家を、スウェーデン人の農家の○○さんなどという個人に置き換えることで身近にさせています。一対一で直接話せたら親密になれるという「人」の特徴を用いながら、それを国を挙げて行うことで規模を広げています。
国籍に関わらず人の心を動かし、かつ国家規模の課題と関わらせた、一人にも人々にも影響を与える企画が評価されたと私は考えます。体力と知名度のある大企業だからこそできることであり、この潮流は今年、大企業の受賞が多いことを反映していると思います。
次回はクリエーティブの最先端を紹介するカンヌセミナーで、私が注目したものを紹介します。