カンヌ2016セミナーから学ぶ「日本の先まで届く企画」
2016/07/15
コピーライターの東です。フランスのカンヌで開催された国際的なクリエーティブの祭典、カンヌラインズ2016に電通CDCの記者として参加しました。世界約100カ国からの4万点を超える広告を中心としたアイデアが、審査・表彰されます。前回はさまざまな国の審査員への取材を通じて「国境を超えるアイデア」について紹介しました。
年々カンヌではセミナーが増えており、今年は250ものセミナー・トークを通じて世界で活躍するクリエーターたちの考え方やビジョンを聞くことができました。今回は私が参加したセミナーから四つを取り上げ、そこから学んだ「日本の先まで届く企画」の考え方を紹介します。
「魔法をつくる:魅惑的なブランドの語り方」
デビッド・カッパーフィールド氏
まず紹介するのが、プロマジシャンのDavid Copperfield(デビッド・カッパーフィールド)氏による"Making Magic: The Art of Illusion in Modern Brand Narrative"(魔法をつくる:魅惑的なブランドの語り方)です。彼は、手品を例にブランドの見せ方について語りました。
彼のマジックはトリックではなく、「ストーリーテリング」(物語)だといいます。マジックショーは、トリックと物語の二つが合わさったもの。「手品をどう思い付くのですか」という問いに彼は「物語から思い付くことも、トリックから思い付くことも両方ある」と答えます。
例えば雪を噴き出せるテクノロジーと、子どものころずっと雪が見られなかった経験とを重ねます。毎冬、アメリカ南端のフロリダ州に帰省していたため、雪と出合えなかったのです。ある冬「雪を見たい」と頼んで実家にとどまりますが、その年はいつまでも雪が降らない。そしてクリスマスの夜、窓の外を眺めたまま眠ってしまいます。
深夜、母親に起こされて外を見ると、雪が降っていました。外に出て頬や手のひらに雪を味わいます。これが彼にとって、初めてのマジックでした。この物語を元に、現在と過去の自分が雪の舞う中で出会うショー "snow"をつくりました。
ページをめくらせる力
「次はどんな話なのだろう?」とページをめくらせる力が物語にはあると思います。コピーやCMも「おや?」と思って目を向けさせ、最後まできたら「次の話は?」と思わせるものが人の記憶に残ります。まずは物語が面白く、かつ機能を伝えている広告が、商品を人に覚えさせると思います。
「ストーリーテリング」の大切さを別分野の人からも聞いたことがあります。VR(Virtual Reality)映像の専門会社Withinを起業したAaron Koblin(アーロン・コブリン)氏です。VRを用いてシリアなどの難民の子どもの暮らしを見せた"The Displaced"は、今年新設されたライオンズエンターテインメント部門でグランプリを受賞しました。
以前、Dentsu Lab Tokyoでアーロン・コブリン氏に取材したとき、会社で日々していることを聞くと「ストーリーテリングの方法論を学んでいます」とのことでした。VRは他人の目から見た世界を表現できることから、「VRという3D空間の中で、見る人とストーリーとの関わりをどのようにつくるか」を試行錯誤しているそうです。例えば映像を撮る位置を低くして難民の子どもの姿を映り込ませれば、見た人に子どもの目線になりきってもらうことができます。物語を最大限に届けるため、VRの使い方を実験しているようです。
テクノロジーであれ、マジックであれ、CMであれ、物語の力により人の心を動かしていると思いました。
「デザインを考える」
電通 八木義博氏・山本浩一氏
続いてのセミナーは、電通CDCのクリエーティブディレクター・八木義博氏と、同じく電通CDCの専任局長・山本浩一氏による"Thinking Design"(デザインを考える)です。カンヌで多数のライオンを受賞している八木氏が「デザインとは何か?」を世界に尋ねました。その答えの一つが"Design is Nature"(デザインはそのままを認める)です。もののありのままの価値を認める態度が大切だと言います。
息の長い関係は「そのままを認める」ことから
また、八木氏がクリエーティブディレクターを務めるJR東日本のキャンペーン「行くぜ、東北。」も、ブランドの持つ本来の力を引き出した仕事です。八木氏は、整備士が電車の車体一つ一つに「たらこ」や「赤鬼」などと愛称をつけていることに着目しました。そこで、愛着の詰まった電車そのものに価値があると考え、電車を主人公にしたポスターやTシャツを製作。JR東日本の価値をシンプルに、大胆に表現しています。
木村さんも八木氏も、リンゴや電車を「もの」として扱うのではなく、まるで一人の人間に対するように接しています。商品を人間として捉え、どう表現したらその商品に命が吹き込まれるか、そして好きになってもらえるかを考えるのがデザインなのでは、と私は学びました。
アルファ碁のプレゼンテーション
Google DeepMind
革新的な技術・発明を表彰するイノベーションライオンズでは、受賞候補39チームによる公開プレゼンテーションを行います。プレゼンは朝9時から夜18時すぎまで、2日間かけて行われました。ここでは、グランプリを獲得したGoogle DeepMindのAIによる囲碁プログラム"AlphaGo"(アルファ碁)のプレゼンを紹介します。
Google DeepMindのアルファ碁のプレゼンの様子
AIの力試しには、ゲームが有効です。中でも碁は打てる場所が361カ所あり、手順の可能性は全宇宙の原子の数よりもあります。アルファ碁は"policy network"(ポリシーネットワーク)と"value network"(バリューネットワーク)の二つを用いて、最善手を絞り込むことを可能にしました。ポリシーネットワークは「次の手はこことここがいい」などと選択肢を狭め、絞られた手からバリューネットワークが先を読み、どの手に最も勝ち目がありそうかを選びます。
アルファ碁はまず、学習のために10万譜ものプロ棋士の棋譜を読み込みました。棋譜とは、対局で棋士の打った手が書かれたもの。アルファ碁がプロの次の手を当てたら報酬を与え、そのような手を選ぶシステムを促進します。もし外したら負の報酬を与えることで抑制します。結果、プロの次の一手を57%の確率で予測できるようになりました。次にどこに打てばいいかの予測がつく、これがポリシーネットワークです。人間でいう直感の役割を務めているといえます。その次に自分対自分で数千局対戦させ、勝った方に報酬を与えました。学習の結果、世界最高峰の棋士の一人であるイ・セドル氏に4勝1敗の結果を収めました。
心を動かせるのは人間だけ
ところで10万譜を人間が学ぶとしたら何年かかるでしょうか? 1局の試合を碁盤に並べるのに10分はかかります。10万局となると600年になるので、アルファ碁は人間の何百倍も早く学習できることになります。このようなスピードで学習できるのなら、涙を誘う小説を大量に読み込ませることで、AIの小説に私たちが泣いてしまう日もくるかもしれません。実際に、AIに小説を書かせる取り組みもあります。
では、人間の役割はどう変化していくのでしょうか? まだAIは、涙を流したり、笑ったり、失恋に胸を痛めたりすることはできません。人間だけができるのは恋しい、おいしいと心を動かすこと、そしてその気持ちを表現することだと私は思います。
「最低な仕事のつくり方」
マース社 Bruce McColl氏、BBDO David Lubars氏
最後は、マース社のBruce McColl氏とBBDOのDavid Lubars氏による「最低な仕事のつくり方」。最低の仕事を語ることで、最高の仕事のつくり方を伝えるセミナーです。最低な仕事の特徴として挙がったのが"Only talk about yourself. Exclude audience."(商品のことだけ語る。見る人は置いてきぼり)というフレーズ。例えば、機能を並べただけのCMのことです。
例として挙がったのが、"Extra Gum"の新しいデザート味のCMです。低カロリーという機能と商品名を伝えただけのCMになっており、見た人にどう感じてもらいたいかまで考えられていませんでした。そこで何が大事かに立ち返り、次のCMをつくりました。
包み紙で折り鶴をつくり、渡す人への思いを込めた物語"Origami"(上左)です。このCMは「素晴らしい仕事だ」とマーケティング責任者に褒められ、「何をつくってもよい」とさらなる制作を任されることに。そこでできた次のCM"The Story of Sarah & Juan"(上右)は、今年のライオンズエンターテインメント部門でシルバーをとるなどの評価を得ました。この例からも機能を語るだけでなく、製品の周りにある物語を伝えるのが大切だと学べます。二つのフィルムを見て、セミナー会場で涙があふれました。今年のカンヌで最も心を動かされた作品です。
以上、物語を届けること、ありのままを認めるデザインの考え方、そしてAIの学習過程についてお伝えしました。
日本の先まで届きますか?
「涙が出る」「面白い」という感情に国境はない、と思いました。さまざまな国籍の方の審査を経てなおいいと言われる企画は、国籍にかかわらず「人」の心を動かします。
カンヌでは日本人同士が名刺交換をし、あまり海外の方と話していないのを見てもったいないと思いました。審査員や受賞者などと知り合い、「異なる常識を持つ人とも共感できるのだ」と発見するチャンスだからです。日本人数百人と出会うのも大切ですが、海外の1万5000人と話せば新しい視点が開けます。英語で話し掛ける日本人が増えるだけで、日本の仕事の可能性はより広がるのではないでしょうか。そして、生きているうちに出会える人の幅も広がるでしょう。
フューチャーライオンズで勝利したニューヨークで働くYanci Wuさんから、海洋生物を守るために食べられるビール包装をつくったChris Goveさんまで、海外にたくさんのつながりができました。コピーを考えるときに、彼らに伝えるならどう言うだろう? と考える視点を得られたのが、生でカンヌに触れた収穫です。企画が日本人に伝わるか、さらに海外まで届くかを試せます。記事に登場した方々へお礼としてこの電通報を共有し、またどこかで出会いたいな、と思います。