実践 インバウンド最前線No.6
間違いだらけのインバウンドマーケティング
―中国人訪日客2500万人の時代に向けて戦略のリセットを考える
〜ランドリーム原田静織氏〜(前編)
2016/07/22
2020年に向け、さらなる隆盛を見せるインバウンドビジネス。本連載では、有識者や電通の「インバウンドビジネスチーム」がその現状を多角的に探り、ソリューションへのヒントを紹介していきます。
今回は、ランドリームの原田静織氏が登場。かつてトリップアドバイザーの代表取締役を務め、現在はインバウンドビジネスプロデューサーとして活動する原田氏に、中国観光客のリアルな実態や、インバウンドマーケティングの在り方を聞きました。
真っ先にインバウンドに取り組んできた企業が今悩んでいる
髙橋:原田さんは昨年トリップアドバイザーを退職されて、現在はランドリームでインバウンドビジネスのプロデュースやコンサルティングをされていますね。原田さんがトリップアドバイザーにいたころは、まさにインバウンドがキュッと急上昇するタイミング。トリップアドバイザーは、その火付け役の一員だったと感じています。
原田:そうですね、“インバウンド元年”のような雰囲気がありました。それから数年たって、最近は「インバウンド戦略のリセット」を考える企業が多くなっています。インバウンド施策を先駆けてやられた企業が、ひと回りやってみて「これでいいのかな」と悩んでいるんですね。そこで私は、企業と一緒に棚卸しというか、個人的に“健康診断”と呼んでいるのですが、そういったことをやっています。
髙橋:インバウンド戦略を行う上で、どんなことに悩む企業が多いのでしょうか。
原田:やはり圧倒的に多いのは、中国向けのマーケティング関連ですね。例えば「中国人のお客さまは増えているのに、ホームページのアクセスはずっと2%のまま。これってどういうことですか?」というような相談が目立ちます。でもよく聞くと、中国現地からのアクセスを試していないんですね。サイトのスピード感や不具合など、全て日本の環境でしかテストしていない。実際に中国からアクセスしてみると、ページが開けなかったり、開いても時間がかかったり…。そこには中国の検閲システムなどの要因もあります。
髙橋:事前準備をきっちりしているつもりでも、それはあくまで日本の中で完結している。
原田:そうなんです。でも、グローバルマーケティングを考えると「中国とその他」に分かれるくらい、中国は大きく違います。検索エンジンを見ても、世界的にはGoogleが主流ですが、中国はBaidu。SNSも、世界はFacebookやInstagramですが、中国はWeChatやWeibo。いくらサイトを多言語対応しても、それがBaiduでは検索上位に来なかったり、中国でアクセスできないということがあります。
ユーザビリティーやUX(ユーザーエクスペリエンス)にも国民性があります。例えば、日本では空港などの導線として、床に案内表示や矢印などが描かれますよね。でも中国人はあまり下を向いて歩かないので、看板を上に大きく出さないと目に入らない。アプリ一つ作るにしても、中国人のUXをきちんと分かっている必要があります。中国人向けの施策を日本の企業が自分たちで全てやろうとすると、国民性の違いに気付けないケースが出てくるんですね。
インバウンドで大切な「捨てる勇気」
髙橋:ちなみに、中国国内ではどんなアプリが人気なんですか?
原田:間違いなく一番人気はWeChatやWeiboですね。今伸びているのは、WeChat Payment。生活用品や光熱費なども全部これで払えますし、クレジットカードのリボ払いや個人間での送金もできます。中国では、友達などへのちょっとしたお礼やプレゼントに現金をあげたりする習慣がありますが、このアプリでそれをするんですね。
髙橋:友達へのお礼に現金! 日本人の常識では考えられないですね。
原田:企業プロモーションで現金が景品に使われたりもします。WeChatなどのアプリは、このようなローカルの文化や環境に適した形で進化しているからこそ、着実に浸透しているんです。それに、中国のアプリはUXが非常にいいんですよ。こういった文化は、国ごとに全く違う。
髙橋:まさにそこがインバウンドの鍵ですね。アメリカ人もオーストラリア人も中国人もみんな各自のライフスタイルがあって、「全世界対応の戦略」なんてものは存在しない。ターゲットをきちんと絞ることが大切で、逆にいえば、「捨てる勇気」が必要になってくる。
原田:本当にその通りです。中途半端な形ではどこにも刺さらない。最近では、中国に対象を絞ったサービスをする企業も徐々に出てきました。最近では大丸松坂屋がWeChat Paymentに対応したり、新生銀行がWeChatと提携したり。
髙橋:大手コンビニもATMが海外のカードに対応していることを伝えるため、中国語だけの広告を出しましたね。日本で日本語を一切使わない広告というのは、新しい試みに感じました。
原田:箱根彫刻の森美術館は、日本で中国語のテレビCMを放送しました。そういった目線というか、違った観点でのアプローチに挑戦していくことは必要だと思います。
ヒットコンテンツは「芸術」や「動物」
髙橋:日本における中国人旅行者のインバウンドは、以前の「爆買い」から「体験」へとシフトしています。その中で、今後のトレンドやテーマとなるものは何でしょうか?
原田:私が考えるキーワードは二つ。「アクティビティー」と「芸術」です。アクティビティーは、今言った「体験型」が定着し、良く取り上げられていますので、ここでは「芸術」について語りたいと思います。
芸術において、東京を中心に、日本という土地は非常に恵まれているんです。海外の有名なオーケストラやバレエ団が世界公演をする場合、必ずアジアで1公演は行いますよね。じゃあアジアの中でどこにするかというときに、やはり東京が選ばれやすい。つまり、東京に来れば世界中の最先端の芸術がたくさん見られる。これだけでもインバウンドビジネスになります。
私の個人的な体験ですが、海外の友達を日本の美術館に連れていくと100%満足してくれます。箱根にある彫刻の森美術館では、子どもたちも体を動かしながら楽しめますし、後はポーラ美術館、山形美術館など…。モネやピカソら巨匠の絵が数百点、順次出されていたりして、しかもゆっくり間近で見ることができる。
髙橋:実はものすごく貴重ですよね。芸術からは少しそれますが、今、奈良でもっとも爆買いされているのは、「鹿せんべい」だと聞きました。東大寺の方がおっしゃっていたのですが1人で鹿せんべいを7万円くらい買い込むとのこと。ワンセット150円ほどのものを、7万円分くらい買って、それをひたすら鹿にあげるらしい(笑)。中国人にとって、鹿は金運につながる縁起物のような存在みたいですね
原田:そうですね、トリップアドバイザーでもはっきり傾向が出ているんですけど、動物もインバウンドとしてすごく“引き”がいいんですよ。温泉に入っている猿もそうですし、池に金魚や鯉がいると必ずえさをあげる外国人がいるくらいです。
鹿は、中国人にとって神様のような生き物なんですよ。奈良の鹿は実際に触れられるし、森林ではなく普通の道や公園にいる。これは中国人にとってすごく不思議な光景。渋谷のスクランブル交差点に外国人が驚くのと同じですよね。
髙橋:奈良でも、そういった鹿の人気に対応していて、鹿にかまれないための注意事項が多言語化されて書かれているんです。
原田:多言語化は今後のインバウンドでは重要なテーマです。たとえば芸術作品の解説文を翻訳する際も、日本人が持っている知識のベースと外国人は違いますよね。そこをかみ砕いてやっていけるかが大切。あとは、間違っていないけど口調が違うということも多い。すごく楽しいサイトなのに、翻訳の口調がガチガチに硬くなってしまっているとか。「下町」を「平民区」と訳していたケースもありましたが、それだとニュアンスが違いますよね。「平民区にある浅草寺」と書かれても、あまり行きたいとは思えません(笑)。
髙橋:もう少し情緒のある、「日本家屋がたくさんある町」「古い町並み」というニュアンスですもんね。
原田:こういった翻訳ミスが起きると、正しく伝わらないのはもちろん、SEOの欠落も招くんですね。「平民区」で検索する人などいないので、当然ヒットしないわけです。
そもそも、日本人はどうしてもアピールが苦手。先ほどの美術館にしても、インバウンドの素材としては十分に魅力的があるのに、その価値がなかなか海外に伝わっていないのが現状です。例えば、トリップアドバイザーのような口コミ型プラットフォームで日本のスポットがランキング上位に出てくるためには、もっとたくさんの口コミが投稿される必要があります。点数も、日本人はつい3や4をつけがち。そこは国民性もあると思うのですが、海外の方のように良いと思ったら、どんどん5を付けていってほしいですね。
後、日本は世界的にみてネットでのプロモーションが圧倒的に少ない。印刷物にかける予算とネットにかける予算のバランスが悪すぎると感じることが多いです。ネットでの施策は安価にできるもの、という間違った認識も見られます。でも、自分が旅行者だったら、やっぱりパンフレットよりネットでいろいろ検索して情報収集しますよね。であれば、なぜもっとネット対策に力を入れないのか。せっかくいいネタがあって後は打ち出し方次第なのですから、もったいないと思います。
(次回に続く)