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拡張するアートが人や社会を自由にする、壮大な実験の行方~チームラボ代表 猪子寿之氏~

2016/08/15

猪子寿之氏が率いるチームラボは、デジタルアートにおける先端的な活動で注目されている。2015年の「踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」は、その年の美術展としてはモネ展とルーブル展に続く日本国内第3位の入場者数を記録した他、ニューヨーク、ロンドン、パリなど世界中で大規模な展覧会を開催。現在、シリコンバレーにて開催中の大規模な展覧会「teamLab: Living Digital Space and Future Parks」は、2016年2月に展覧会が始まって以来、毎週末には必ず長い行列ができるほどの入場者数の新記録となったために、7月終了予定の会期を12月まで延長。また3月からシンガポールのマリーナベイ・サンズで常設展をオープンし、8月からは世界で2カ所目となる常設展をソウルのロッテワールドにオープンするなど、その評価はもはや世界レベルに広がっている。これまでの美術の常識を大きく超えるようなデジタルアートをつくり出す、技術者でもありアーティストでもあるという「ウルトラテクノロジスト集団」が目指すものはいったい何なのか。猪子氏に語ってもらった。
(聞き手:電通 デジタルプラットフォームセンター 部長 小野裕三)

猪子氏
 

「捨てられた文化」に、デジタル化する新しい社会のヒントがある

──今年開催された若冲展のカタログに、「古来、人類が長年培ってきた文化的な知の中に、近代社会とは相性が悪かったために捨てられたものが多くあったのではないか。そして捨てられたもののなかに、近代とは異なるこの新しい社会のヒントがあるのではないか」というコメントを寄せていて印象的でした。その「捨てられたもの」を最新のデジタルテクノロジーへとつなげようとご活動されているようにも思えます。

猪子:そうやって「捨てられたもの」のなかに、新しい社会のヒントになるようなものがあるんじゃないかと考えています。

僕たち人間は常に、価値観の大転換にさらされながら生きています。大きな社会変化や革命が起きると、それまで大事だったほぼすべてのことが大事でなくなり、それまで大事でなかったことが突然大事になったりする。例えば、大昔には石を遠くまで正確に投げる人や足が速い人が偉かったのに、ある時から農耕の技術を持っている方が重要になった。あるいは、明治維新によって、それまでかっこよかったちょんまげは逆に悪いイメージになってしまった。

同じようにこれから、今まで大事だったものが大事でなくなる瞬間がやってきます。そういうときよりどころになるのが、人類の歴史のなかで捨てられてきた文化たち。これまで捨てられてきた近代以前の文化や価値観に、新しい社会を生きるためのヒントが隠れているように思うんです。

近代社会に突入したとき、世界から多くの「文化的知」が近代とは相性が悪いが故に消滅した。世界を近代以前の人がどうとらえ認識していたのか、どんな価値観で暮らしていたのか、ということにそもそも好奇心として興味があるし、それだけではなくてもしかしたら近代において大事とされていた知よりも、むしろ新しい社会をつくる上でのヒントがその失われたもののなかにあるのではないかと思うのです。

近代、つまり20世紀は、本を読む、テレビを見る、広告に影響される、ラジオを聞く、新聞を読むなど、自分と直接関係を持たないものから情報を得る社会だった。でもデジタル化やソーシャルメディアによって、これからは自分と関係が深いものから情報を得る社会に変わっていくとしたら、それは実は、近代以前の情報の得方に近いのかも知れない。そのように、相互関係のあるものから情報を得ていた近代以前の社会というのは、20世紀とは違う価値観を持っていたのではないか。だとすれば、近代以前にあったその価値観や行動が、もしかしたらこれからの時代にとって重要になってくるのではないか。

今は移行期なんです。20世紀までのことがいろいろと残っていて、20世紀までに大事だったことは全部大事だったと大人たちは条件反射的に思い込んでいる。でも、新しい社会に生きていくためには、意図的に20世紀に大事だったものを否定しないといけない。逆に、近代以前のことを知ることがヒントになる。

──そのような近代以前ということを考える際に、ご自身は若冲にずっと注目されてきましたね。

猪子:若冲は江戸中期、日本で5本の指に入るような超人気画家でした。まさにスーパースターです。ところが産業革命後の近代では、まったくの無名になってしまった。それが、インターネットを中心とした情報社会に入った瞬間から突如人気になり、今度は日本の美術史上もっとも集客力のあるアーティストになりました。近代以前に新しい社会へのヒントがあることを暗示する、象徴的な存在だと思います。

それと、僕は絵画というもの自体にも注目しています。近代の見方や考え方に侵された人が近代以前について書いたり、編集した本などよりも、絵画は、当時の世界の見え方がそのまま残っている。だから、絵画が好きなんですね。

──若冲のどんなところが特に面白いと感じますか。

猪子:西洋の遠近法や写真のように、自分と自分が見ている世界とが切り離されているのが、20世紀のパースペクティブだった。世界を、まるでレンズのカメラを通して見ているかのように「観察」してきた。

絵や写真は、三次元、さらには時間も含めると四次元の世界が、二次元の平面に投影されている。若冲は個性で何か変わった絵を描いたのではなく、家に鶏を飼ってまで正確な絵を描こうとしていたそうですから、忠実に写実しようとした結果、あの絵が生まれたのだと思います。ということは、空間認識がそもそも違ったんじゃないかと。

「若冲のような人たちが見ていたであろう世界」と、僕たちチームラボがつくろうとしているデジタルアートの世界は、たぶん少し似ているんじゃないかと思います。僕らは、自分たちが目指している世界を「超主観空間」と呼んでいます。そこでは複数の人が一つの同じ空間を共有し、それぞれが視点を固定せず縦横無尽に移動しながら世界を認識する。超主観空間の特徴を利用することで、「他者とひとつの空間を共有していること」を理解しながら、しかし一方で「主役は自分だ」と認識し、そこにいるすべての人々が自由にふるまえる世界ができるのではないかと。そういう世界をつくることで、社会と人間の新しい関係を人類に提示できるんじゃないかと思ってます。

他者とは無関係にふるまう「美術館」は、近代社会の象徴

──チームラボの作品には、例えば見ている人が作品にタッチすることでそこに文字が浮かんだりというように、観客が何かの行為をすることで作品の内容も変わったりするインタラクティブな作品が多いですね。

猪子:例えば「モナ・リザ」の美術展を見に行くと、そこは混んでいて、他者は邪魔でうっとうしい存在だと思われるわけです。でもそれは、他者の存在によってモナ・リザに変化がないから。だから、他者は邪魔なだけ。仮に、他者の存在によってモナ・リザが変化して、その変化そのものが美しければ、他者の存在は邪魔ではなくなる。そうやって他者の存在によって美しくなる世界であれば、他者の存在がポジティブになる。

そして、それはいわゆる近代都市も同じ。高度に発達した近代都市では、自分が周囲や社会に影響を与えている感覚がなく、自分の存在は他者とはまるで無関係のようにふるまってきたし、他者は邪魔なものだという前提で、無駄に多くのマナーやルールがつくられてきた。

──なるほど。そういう近代都市的な考え方のひとつの象徴的な存在が、美術館や美術展だと言えるわけですね。

猪子:でも、近代以前の日本の、例えば棚田みたいに、互いに影響し合う社会だったらどうか。棚田には高低差があり、田んぼから田んぼへと常に水が流れる仕組みになっている。流れ続けているおかげで水が腐ることがなく、隣の田んぼがあるから自分の田んぼが存在できる。そのように隣の人と自分の行為が直接的に作用する世界だったら、いろんなことが変わってくる。そこにあるのは、自分と他者が共存しながら、それぞれの影響で美しく変わる世界。デジタルアートで都市が包まれれば、それを直感的に、身体的に理解できれば、他者の存在や行動がポジティブな都市に変わる可能性がありますよね。

そんなことを考えながら僕たちは、デジタルアートと近代都市をオーバーラップさせるような作品をつくっているんです。デジタルの進化で、アートはキャンバスなどの物質から解放されて、表現だけが自由に変容できる状態で存在できるようになった。その結果、街のような空間をそのままアートに拡張したり、インタラクティブに変化させることも可能になったんです。僕たちの活動を通じて、もう一度、他者の存在がポジティブに感じられるような世界がつくれたらうれしいですね。

──チームラボは、「チームラボ 踊る!アート展と学ぶ!未来の遊園地」といった、人々が作品に触ったりしてはしゃぐことで変化するデジタルアートの展覧会を多く開催しています。これらはまさに、他者の存在をポジティブにするものですよね。

猪子:うちの展覧会は、結構な人口密度にもかかわらず、お客さんはみな、自由にのびのびと動いている。特に子どもたちは、走ったり踊ったり作品に触ったりしながらすごく楽しんでいます。そんな美術展は他にないですよね(笑)。

うちの展覧会では、通常の展覧会に比べて、人が多いことがそこまで気にならないと思うのです。それは、無意識のうちに他者をポジティブに受け止めているということ。僕たちは常に、その空間にいる人々の関係性を変えるアートをつくりたいと思っているんです。今は限定的な場しかつくれていませんが、いつか世界が僕らの作るようなアートで埋め尽くされたら、他者に対して無意識にポジティブでいられる社会が出来上がるのではないかと。理解もコントロールもできないけれど、他者を自然と肯定できる、そして、そのことによって人々はもっと自由になれるんじゃないかと期待しています。

──デジタルのテクノロジーを使って、近代社会の「捨ててきたもの」のなかにヒントを見つけることで、新しい自由な社会の実現が可能になるというわけですね。

猪子:高度に発達した社会によって人々は固定化され、まるで工場で飼われている羊のようになってしまった。いつかデジタルアートの力で、人々をもう一度自由にし、自由にふるまっても嫌悪感を抱かれない社会をつくり出したい。他者の行為でアート作品が変化したりといったように、アートの力で人を自由にさせ、その結果として近代の思念を抱かない新しい世界が作れるのではないかという、壮大な実験なんです。もちろん、都市なんて勝手につくらせてもらえないから、展覧会で実験しているんだけどね(笑)。

新しい美を「説得」できない人工知能が、人間の創造性を超えることはない

──最近、人工知能(AI)が話題になっています。ご自身では人工知能を、どのようにとらえていますか。

猪子:AIが発達した社会では、ほとんどの仕事が自動化されていることでしょう。その世界で生き残るのは、創造性だけ。そして人間は集団によって創造する生き物ですから、チームラボでは「コ・クリエーション(共創)」という言葉を使っています。これからは、そのような協働的な創造のみが仕事になっていく。その意味で、人工知能が発達する社会ではいわゆる創造性のみが重視され、過去の答えにはなんの付加価値もなくなる。そのことは人工知能に任せておけばいいわけですから。

──人工知能の発達は人類の未来に対する脅威だという批判の声も根強くありますね。

猪子:人類がコントロールできない範囲以上のことは止めるべきだと僕は思っています。ひょっとすると、人類は自らAIの開発を止めなければならなくなるかもしれないですね。

──今の人工知能は、音楽や小説を実際につくりはじめています。そのように、人工知能が創造性を担う可能性もゆくゆくはあるのではないでしょうか。

猪子:AIにもゴッホのような絵を描くことは確かにできるかもしれない。しかし、それはアートじゃない。アートとは、究極的には今まで美に入らなかった概念を、これも美だと人々を思わせること。その新しい美は、別に論理的な正解ではないわけです。そして、同じようなものをAIがつくったとしても見る側はそう思わない。人間は肉体を持つ人間に説得されるのです。例えば、チームラボは、その場の関係性を変えることが新しい美なんだと人類に感じさせることがアートで、それは人間にしかできないことだと考えています。


 

鑑賞者や作品の中の要素同士が影響し合い、リアルタイムで変化する作品は、二度と同じ状態には戻らない。(チームラボ作品の画像や動画はhttp://www.team-lab.netでご覧いただけます)

チームラボ
Floating in the Falling Universe of Flowers。宇宙のようなドーム空間で、さまざまな花が、1年という時間に沿って刻々と変化しながら咲き誇る。鑑賞者はスマートフォンからチョウを放つことができる。http://www.team-lab.net/jp/works/fitfuof/
 
チームラボ
Wander through the Crystal Universe。8月31日まで東京・お台場で開催中のチームラボ最大規模の作品展「DMM.プラネッツArt by teamLab」で展示。宇宙空間を表現した、光の点の集合で創られた彫刻で、鑑賞者とのインタラクションによって刻々と変化する。http://www.team-lab.net/jp/works/dmm-crystaluniverse/
 
チームラボ
「お絵かき水族館」。子どもたちが思い思いに描いた魚をスキャンすると、壁面の「海」を自由に泳ぎだす。触れると逃げだしたり、えさをあげると寄ってくる「自分の魚」を、子どもたちは歓声を上げながら追う。http://www.team-lab.net/jp/works/aquarium/
チームラボ
「追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして衝突して咲いていく - Light in Space」。光で描かれた八咫烏(やたがらす)が鑑賞者をよけながら飛び回り、その軌跡が空間に「書」を描く。カラス同士や鑑賞者とぶつかるとカラスは散って花となる。http://www.team-lab.net/jp/works/crows_blossoming_on_collision/
 
チームラボ
シンガポール・アートサイエンスミュージアム「What a Loving, and Beautiful World」。鑑賞者が自分のスマートフォンで好きな文字を選択し、壁面に向かって投げ込むと、その文字が持つ世界が現れる。生まれた世界たちは互いに影響し合い、リアルタイムに新たな景色をつくり出す。http://www.team-lab.net/jp/works/wlbw-artsciensemuseum/