「うまみ」も「運動量」も「愛してる」も、ぜんぶテクノロジーで表現できる:ウィル・ターネイジ
2016/08/12
Dentsu Lab Tokyoではテクノロジーを用いて表現する人をクリエーティブ・テクノロジストと呼んでいます。この連載では、世界中のクリエーティブ・テクノロジストに仕事・作品についてインタビューし、テクノロジーからどんな新しい表現が生まれるのか探っていきます。
人の行為をテクノロジーで表す、ウィル・ターネイジ氏
クリエーティブ・テクノロジストへのインタビュー、5人目はウィル・ターネイジ(Will Turnage)氏です。広告会社R/GAのニューヨークオフィスで、テクノロジーチームを率いていました。
今年1月、デジタル広告の大家であるレイ・イナモト氏の立ち上げたInamoto & Co. に、Director of Technologyとして参加。データ、デザイン、テクノロジーを軸にして顧客が新しいビジネスを生むための支援をしています。彼が2013年のSXSW(South by Southwestの略称。音楽、フィルム、テクノロジーの祭典)でスピーカーを務めていたセッションを筆者の木田が聴いて興味を持ち、連絡を取ったことから今回のインタビューが実現しました。
デジタルを使いこなしてクライアントの要望に応えるウィル氏に、テクノロジーを用いた企画の生み出し方を聞きました。
(今回の取材はオンラインでメッセージのやりとりを行いました)
「すっぱい」から「運動量」まで、テクノロジーで表現する
木田:まず、ウィルさんのお仕事と、お気に入りの仕事を紹介してもらえますか?
ウィル:私は、デザイン、データ、テクノロジーの三つを掛け合わせた企画が好きです。Inamoto & Co.に入ったのも、これらを大切にする会社だから。自分のお気に入りの仕事の一つは“FlavorPrint”です。食べ物の味を33の要素に分解し、一つ一つの要素に色を割り当てました。そしてあらゆるレシピをそれらの組み合わせでビジュアル化しました。
木田:味を「すっぱい」「チーズっぽい」などの要素に分類して「データ」化し、それらの割合からカラフルな円グラフを「デザイン」していますね。自分の好き嫌いを入力すると好みに沿ったレシピが提示されるという「テクノロジー」もあり、三つの要素が入っていることが分かります。
ウィル:クライアントは、スパイスメーカーのMcCormickです。
木田:ウィルさんは、以前勤めていた広告会社のR/GAで、Nike+ Fuel Bandの開発も行っていますね。モーションセンサーを用いて消費カロリーを瞬時に計算し、運動量や歩数なども測り、自分の運動情報を「データ」化します。そのデータはアプリやウェブ上でカラフルな「デザイン」として表示され、自分の目標値を設定したり、友人と競ったりできる「テクノロジー」もついています。今まで目に見えなかった運動を数値にし、目に見えるグラフィックに置き換えることで運動するモチベーションを与えてくれるものです。
今度は、経歴について聞かせてください。ウィルさんはまずSony Music Entertainmentに勤務された後、広告会社へと移っています。広告会社に発注する立場から、広告会社へ移られたことにはどんな意味がありますか?
ウィル:広告会社かそうでないかで分けて考えたことはありません。革新的で前向きな仕事をクライアントに提案することだけは、いつも気をつけています。Sony Music Entertainmentでの「クライアント」は、レコードレーベルやアーティストでした。それぞれが目標を持っていて、聴いてほしい相手がいるからです。
当時は(2000年を過ぎた頃)、デジタルが音楽産業を根底から変えていました。どうすれば聴き手との結びつきを得られるか、全力で考えていました。これは広告会社の発想ととても似ているので、転職も自然にできました。
顧客を未来のあるべき姿へ導く
木田:次は、ウィルさんが今年からDirector of Technologyを務めることになったInamoto & Co.についてお聞きします。デザイン、データ、テクノロジーの三つの力で、新しいビジネスを生み出す企業だそうですね。Business Invention Studioとウェブサイトに記載されていますが、どのような意味でしょうか?
ウィル:Business Invention Studioと書いたのは、クライアントのビジネスを向かうべき場所へ連れていく意思表明です。クライアントが現在持つ問題を解決するだけでなく、新しいビジネスの可能性や収益構造を考え、クライアントを未来のあるべき姿へと持っていくことです。
またInamoto & Co.は、ネット事業や企業支援を行うデジタルガレージから出資を受けているため、同社が投資する最先端技術を持つ企業と仕事をする機会に恵まれています。
ビットコインで愛を示す日がくる?
木田:Inamoto & Co.ではAIが人間の仕事を代替していく中で、人間だけができるのは起業だと考えているそうですね。ウィルさんのスキルのうち、AIに代替できないものは何ですか?
ウィル:機械は、単純作業を何度も繰り返すのが得意です。人間は、物事に慣れ、異なる方法を思いつく力にたけています。人間が「現在」できることに関してはコンピューターが先をいきますが、人間は別の新しいやり方を生み出すことが機械より得意です。
木田:ところでウィルさんは、「テクノロジー×アイデア」というトピックについて造詣が深いと思います。2013年のSXSWで話していた、ブレインストーミングの仕方を今でも覚えています。企画のコンセプトと、テクノロジーで実現できることとの、両面から考えようという話でしたね。
ウィルさんにとって、テクノロジーを用いた良いアイデアとは何でしょうか?
ウィル:アイデアにぴったりのテクノロジーを使っているために、両者を分けて考えられないような施策です。私はSF作家のアーサー・C・クラーク氏の第三法則にある、「高度に発展した科学技術は、魔術と区別がつかない」という考え方を、信じています。
木田:最近ではAI(人工知能)をはじめとした、さまざまな新しい技術が次々と出てきています。テクノロジーとクリエーティブを見ていて、気になっているトピックは何ですか?
ウィル:皆さんと同じように、機械学習や人工知能、言語解析や暗号通貨に関心があります。でも、私は技術の基礎を追求するより、これらの技術をいかに実世界に、人に伝わるよう応用するかに力を入れています。簡単な例としてラブロックを考えてみましよう。
ウィル:恋人たちが橋にかける鍵です。この習慣を、ビットコインやイーサリアムなどの暗号通貨に応用してみましょう。これらの通貨は、取引ごとに永久に取引記録が残ります。もしもラブロックのような愛情表現を、ビットコインの取引で行ったら? それは誰でも見ることができ、いつまでも残ります。愛を示すのになんて良い方法でしょう! 「愛してるよ」をビットコインの取引で行う日がくるかもしれません。
とても簡単な例ですが、新しいテクノロジーを日常生活に応用するとき、私がどう考えるかをつかんでいただけたのではないでしょうか。
木田:愛を告げ、それを公に残すことがラブロックでもビットコインの取引でも同じだということですね。テクノロジーを人間の行為に応用するという考え方がよく分かりました。
最後に、今つくりたいものはなんですか?
ウィル:心のこもった道具“Tools with Heart”です。Inamoto & Co.では自分たちの仕事をよくそのように称します。実用的なだけではなく、人間味にあふれ、私たちに人間らしさを思い起こさせものをつくらなければ、と考えています。
木田:Inamoto & Co.で、ウィルさんがどのような仕事をされていくのかとても楽しみです。
【取材を終えて】
テクノロジーを言葉のように使いこなす
ウィルさんは、人の行為をテクノロジーで表現できる、翻訳者だと思います。
まさか愛情表現をビットコインで説明するなんて、と驚きました。ウィルさんは、人間の味覚を33の要素に分類して、割合を「データ」化することでグラフィックスをつくったり、カロリーや歩数を「デザイン」してわくわくする形にして人に届け、それらの表現を「テクノロジー」で応用していく。
この考え方は、テクノロジーを用いた作品をつくるときにも活用できるでしょう。まずは数値化するために、ものさしをつくることが必要です。味を33の要素に分けたように、数値化するための単位を定義します。次に、それを受け取り側が喜ぶ形に変換する。頭ではなく心でデータを受け止めてもらうために、数字の塊を見せるのではなく、カラフルなビジュアルにして見せています。さらに、受け取り手がこの表現に関われるような仕組みをつくれば、受け手も表現に参加して遊ぶことができます。
ウィルさんは、彼の個人ウェブサイトにあるようにテクノロジーを用いて常に何かをつくっています。だからこそ、企画するときにもすぐにテクノロジーを使った表現に変換できるのだと思いました。ウィルさんにとって、テクノロジーとは言葉のように、物事を表現する手段なのでしょう。
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