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「知る」ことで世界は変わる

写真がそのきっかけになれば

2016/08/23

9月7~18日、リオデジャネイロパラリンピックが開催される。2000年のシドニーパラリンピックから迫力あるパラスポーツ写真を撮り続けているカメラマンの越智貴雄さんにその魅力や思い、そして写真集『切断ヴィーナス』について聞いた。

障がい者“なのに”すごい、という概念が砕かれた

僕が初めてパラスポーツ(障がい者スポーツ)を見たのは2000年10月、シドニーパラリンピック開催前日のことでした。車椅子バスケットボールの練習を見学し、翌日からの大会を撮るうちに、僕が勝手に抱いていたパラスポーツという言葉のイメージは、打ち砕かれていったのです。

当時学生の僕は、元新聞社カメラマンだったゼミの先生から「オリンピックは人を変える力がある」と何度も聞かされていたので、やはりこの目で見なくては、と1年間休学してシドニーへ渡っていました。帰国直前、初めて新聞社からパラリンピックの取材の声が掛かり、うれしくて二つ返事で引き受けました。

でも、それまでパラスポーツを見たこともなく、彼らとの接点もなかったので、実際にカメラを構えると「撮っていいのかな」という気さえしました。今思えば大変失礼なことに、無理して頑張っている人、さらには、かわいそうな人という勝手なイメージがあったんですね。それをファインダー越しに壊してくれたのが、車椅子バスケでした。その真剣さ、迫力、テクニックの素晴らしさ。スポーツとして「すごい!」。自分の持っていたネガティブな先入観が、知ることによってどんどん変わっていった。僕にとって大きな衝撃でした。

それから自分のライフワークとして、パラスポーツを撮り続けています。パラリンピックに出合ったことが僕の中で大きな柱となりました。知らないことを知ることによって僕の世界は広がったのです。こんな面白い世界があるのかと。ですから、自分の写真も誰かの意識や行動を変えるきっかけになるようにと、シドニーでの衝撃をいつも心に留めています。

当時と比べると、新聞でもパラスポーツが社会面だけではなくスポーツ面にも載ることは当たり前になり、その捉え方も随分変わったと感じます。選手たちがどんどん自分の考えやパフォーマンスを発信して、メディアや世論を変えてきた。障がい者だからすごいのではなく、競技や選手の魅力に注目が集まり、スポーツとしてすごいと認識され始めている。この流れを、僕の写真や、運営するパラスポーツ情報サイト「カンパラプレス」(www.kanpara.com/)を通して後押ししたいと思っています。

走り高跳びの鈴木徹選手(2016年6月、和歌山県田辺市) 撮影:越智貴雄 / カンパラプレス
走り高跳びの鈴木徹選手(2016年6月、和歌山県田辺市)
撮影:越智貴雄 / カンパラプレス

憧れの存在を提示した『切断ヴィーナス』

近年新たに取り組んでいるのが、義足の女性たちにフォーカスしたプロジェクトです。14年に写真集『切断ヴィーナス』を出版し、彼女たちがモデルを務めるファッションショーも数度開催しています。きっかけは腰痛でした。11年、仕事で腰を痛めて長期入院をしていた僕は、カメラをやめる可能性も抱えながら有り余る時間で退院後のことを考えていました。腰が治ったら、原点に戻ってみよう。シドニーで知らなかったことを知って「世界が変わった」、そんな体験を、僕はやっぱり生み出し続けていきたい。そう思ったときに浮かんだのが、多くのパラリンピアンの義肢を手掛ける義肢装具士の臼井二美男さんでした。

最初は臼井さんの義肢を装着しているアスリートの撮影を考え、相談したのですが、臼井さんは「実は全国には9万~10万人近い一般の義肢ユーザーがいる。自分や家族の意向で積極的に出掛けない人も多い。それが残念だ」と。意見を交わすうち、一般の方の意識を変えることに加えて、同じ義肢ユーザーや障がいがある人に“憧れの存在”を示せるよう、堂々と義肢を見せている人を撮るという方向性が固まりました。

最初に撮ったのは、臼井さんから紹介いただいた、かっこ良く義足を履きこなしてそれぞれの分野で活躍する6人の女性。義足のファッション性を重視する人もいれば、機能性を重視する人もいる。そういう部分も伝わればと思い、個性を引き出すことに徹底してこだわって、どう撮られたいかを時間をかけてヒアリングしました。衣装もポーズも彼女たち自身が決めたもの。撮影時は「僕をプリクラだと思ってください!」と言いながら(笑)。

「切断ヴィーナスショー」でポーズを決める義足のモデルたち(2015年2月、パシフィコ横浜) 撮影:越智貴雄 / カンパラプレス
「切断ヴィーナスショー」でポーズを決める義足のモデルたち(2015年2月、パシフィコ横浜)
撮影:越智貴雄 / カンパラプレス

それぞれの個性をもっと多くの人へ

写真集には大きな反響がありました。義肢ユーザーや障がいのある方々からは、前向きになれたといった、うれしい言葉も。でも、もう一つの目的だった一般の方の意識を変えるという点は、まだまだ。より多くの人の目に触れる、ネットで写真が拡散されるような企画が必要です。そこで、以前臼井さんが日本義肢装具学会で行っていたファッションショーを見習って、『切断ヴィーナス』の女性たちがモデルとして登場するファッションショーを計画しました。初回は14年12月、障害者週間に合わせて、日本科学未来館で。2回目は、もっと“カメラ好き”が集まる場がないかと、知人に相談したところ、15年2月にアジア最大級のカメラ見本市「CP+(シーピープラス)」、ハッセルブラッドの協賛ステージで開催することができました。多くの人たちに協力を頂き、ポスターが海外へ売れたり、ロイター通信の密着取材が入ったりと、大きな波及効果が生まれました。

その後も、例えば石川県の中能登町では町おこしイベントとして、地元の繊維産業を絡めたショーに招かれたりもしています。主役である女性たちの豊かな表現力、生き生きとしたエネルギーに引っ張られ、たくさんの方々の協力を得ながら展開中のこのプロジェクトを、今後もどんどん発展させていきたいです。

パラスポーツでも『切断ヴィーナス』でも、一人一人の魅力や個性を伝えたい。知らないからこそ生まれる先入観ってあると思います。それを少しでも変えるお手伝いをしたい。次のアクションを起こすきっかけになれば、こんな幸せなことはない。僕の写真や活動を役立ててもらえるように、これからも撮影し続けていきます。