鍛えよ、危機管理力。No.14
企業の個人情報開示はどこまで行う?
2016/09/13
「個人情報に当たりますのでお答えできません」
記者会見などでよく聞かれるこのフレーズ。企業で不測の事態が起きた際、押し寄せてきた記者に求められるがままペラペラしゃべっていいのか。応じなくても許されるのか…。説明責任をどう果たしていくか悩む企業は少なくないでしょう。
個人情報におけるセンシティブ情報とは?
今回は個人情報、特に「センシティブ情報」がテーマです。
「センシティブ情報」とは、2015年9月に成立した改正個人情報保護法で、不当な差別や偏見などが生じないよう、扱いに配慮を要するものと定められた「要配慮個人情報」です。
具体的には人種や信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴などがそれに当たり、16年8月時点では関係法令でさらに詳しい内容を詰める議論が進められています。提供には本人の同意が必要という規定があるため、過度な運用が不祥事隠しにつながってしまうのではないか、との指摘もあります。
メディアが考えるセンシティブ情報
15年3月に企業広報戦略研究所(電通パブリックリレーションズ内)が実施した「企業の危機管理に関する調査」では、メディア関係者(記者や論説委員、ジャーナリストなど)177人に、「どのような情報が保護されるべき『センシティブ情報』か」を聞きました。(複数回答可)。その結果が下記の通りです。
「病歴・障害」がトップの82.5%。「遺伝子情報」「子どもの氏名・性別・生年月日・連絡先」「思想・宗教・信条」と続きます。調査の実施時期はセンシティブ情報の議論が続いている途中だったこともあり、結果として実際より幅広い項目を「センシティブ情報に当たる」とメディアが考えている状況が浮かび上がりました。
例えば75.1%が該当すると答えた「子どもの氏名・性別・生年月日・連絡先」。少し前に起きた大手通信教育企業の個人情報漏洩事件が頭にあるのかもしれません。
また、半数以上が指摘した「個人の位置情報・移動履歴」(54.8%)、「SNSやウェブサービスのユーザーID」(52.0%)も情報通信技術の発達など時代の変化で対策が求められる項目です。今回の改正では、企業が保有する顧客の購買情報や移動履歴などいわゆる「ビックデータ」に関しては、個人が特定されないようにした「匿名加工情報」として利用できるようにもなりました。
時代に即したルールづくりが進む一方で、改正法を受けた「過剰反応」も心配されています。個人情報保護法が全面施行された05年以降、「個人情報」という言葉は法律以上の力を発揮しています。自治体名簿、学校の連絡網、OB会名簿など、法律施行を契機に作成できなくなっているものが多いのではないでしょうか。
不祥事の会見でも必要以上に情報が隠されたり、不祥事そのものが隠蔽されたりする事態も一部で指摘されています。災害現場においても自治体や消防との間で安否情報が共有できずに捜索が続けられた事案もありました。
個人情報保護法では、改正法も報道機関は適用除外の対象ではありますが、法律がメディアにとって壁となることも多いようです。
7月に神奈川県相模原市の障害者施設で起きた痛ましい事件でも個人情報の取り扱いが議論となりました。神奈川県警が19人にも上る被害者を匿名で発表したことがきっかけです。
「匿名では事件の重みを伝えきれない」と反発するメディア側と「家族の強い要望」を理由に実名公表を拒んだ県警側。どうするのが正解なのか、はっきりとした答えは出ていません。
「子どもがこれまで頑張って生きてきたことを知ってほしい」と取材に応じるご家族がいる一方で「そっとしておいてほしい」と考える方がいるのも当然です。
ただ、「66歳の男性2人」と一くくりにすることは違和感があります。66年の歩んできた道はそれぞれにあるはずで、いずれもかけがえのないものです。その重みを奪った事件だということを忘れてはなりません。つらい事件をどう伝え、どう社会が受け取るのか。慎重に考える必要があります。
緊急時における個人情報の扱い
企業が発表主体となった場合に気を付けることは何でしょうか。当然のことながら緊急事態における個人情報の扱いにはより気を付ける必要があります。
基本的には特別の事情がない限り実名を企業から発表する必要はありません。一方でその社員の性別、年齢、社歴、勤務態度などは慎重に開示範囲を決めていかなければなりません。
例えば、「少しでも情報を出せば、個人が特定されてしまうのではないか」という不安から性別すら開示せず、メディアの批判を招いてしまうことがあります。
新聞記事にあるような「何歳代の男性(女性)」「何年に入社し、どのような職務についていたか」は、緊急時広報には検討の余地がある範囲内と考えます。
勤務態度もメディアの関心の一つです。「真面目で誰とでもうまくやれる社員」なのに裏では会社のお金を使い込んでいた、「リーダーシップがあり、管理職として能力を発揮していた」のに暴力沙汰を起こしたなど、表と裏の顔にギャップがあればあるほど興味を増します。
ですが「何も話さなければよい」という考えは危険です。100%正しい正解はありません。説明責任をどう考えるかは企業の姿勢次第といえるでしょう。
今回の改正法でセンシティブ情報とされた「病歴」「犯罪歴」のようなものに対しても即座に「話さない」と決める前に熟慮が求められます。その結果「やはり開示できない」という結果もあり得ます。
ただ、上記の調査結果のようにメディアは「個人情報」「センシティブ情報」という言葉に特に敏感です。この言葉を盾に何でもかんでも情報開示を拒もうとするのはかえって批判を起こす可能性があることを念頭において対応に当たる必要があるといえます。