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【続】ろーかる・ぐるぐるNo.91

ローカルの競争優位

2016/09/15

日本各地を出張する楽しみは、その土地のさかなで、その土地のお酒を飲むこと。地元の人に愛されている居酒屋の片隅に混ぜてもらって、のんびり過ごす時間は至福です。

日本の居酒屋

とはいえ旅先では、どの居酒屋に入るのかが大問題。そんなとき頼りになるのが居酒屋研究の第一人者、太田和彦さんです。近著『日本の居酒屋 その県民性』(朝日新聞出版)は47都道府県を網羅、オススメのお店が紹介されています。

たとえば「秋田は『小鍋立』の王国で、〈塩鯨と茄子〉〈蓴菜とシラウオ〉などを、出汁の出る大きなホタテの貝殻を鍋にして火にかけ、ぐつぐつしてきたところをいただく。味付けはもちろん〈しょっつる〉だ」なんてページを読んだだけで、秋田行きのチケットを買いに走りたくなります。

この本がもうひとつ面白いのは単なる名店案内ではなく、各地の居酒屋を生んだ文化背景や県民気質にまで踏み込んでいるところです。たとえば、その秋田の飲み方は「だらだらとながい」。長野だと「酒の肴は野沢菜と議論。互いに屁理屈繰りだして、えんえん自説を展開する」のだとか。一方、福岡だと「知らぬ同士がすぐ『友達ばい』と意気投合するが、翌朝はけろりと忘れて『あんた誰や』になる」そうで、味付けや食材の違いだけではなく、その地方特有の人柄までが浮き彫りにされています。

ところで、仕事で出会うローカル企業の多くは東京や大阪といった大消費地を意識していたり、ネット通販で全国に市場を拡大しようと願っています。これ自体は決して悪いことではないのですが、地元の市場をもっと意識した方が良いのでは、と感じることがあります。

ダイヤモンドモデル
ダイヤモンドモデル

そういえば学生時代、マイケル・ポーターの分厚い書籍を(枕になる厚さなので四苦八苦、最終的には高速飛ばし読みで、とにかく)読まされました。そこで知ったのが、ある特定の国の産業が国際間競争に勝利するメカニズムでした。

ポーター先生によれば、そういった競争優位を生むのは、①要素条件(国としての技術力やインフラ)②需要条件(国内にどの程度洗練された市場があるか)③関連・支援産業(必要な関連産業が存在するかどうか)④企業の戦略およびライバル間競争、という四つの特性だということでした。

そして当時、このフレームワークを使って議論したのが「(当時低迷していた)日本のファッション産業は競争優位を持ち得るかどうか?」というテーマ。クラスがYES/NOに分かれたのですが、そのとき印象的だったのが「日本にはオシャレ好きな人がいっぱいいる=市場が洗練されているから、日本のファッション産業はもっと強くなり得る」という視点でした。なんとなく世界を相手に戦う時に、自国の市場なんて関係ないと思っていたので記憶に残っています。

これにならうなら、ローカルの企業はいま一度、自分の地域内にどれだけ洗練された市場があるかどうか、見つめ直すべきでしょう。単に消費金額が大きいか小さいかだけでなく、文化背景や県民気質まで含む「消費の質」に踏み込むのです。ポーターは中でも「厳しい要求をする顧客」が重要だと指摘しています。さて、地元にそのようなお客さまはいるだろうか? もしいないなら、地元のお客さまを育てるために投資すべきではないか? といったことを検討するのです。地域の産業や企業は、その地域の市場とともに成長していくというのが、なかなか興味深い視点です。

おかげさまでテレビ番組などに紹介され、ネット通販では待つこともある「たぶん世界一濃厚なプリン 天国のぶた」ですが、開発当時は地元市場についてけっこう議論しました。「おいしいらしい」といううわさを聞けば多少遠くてもクルマを飛ばして買いに行っちゃう、好奇心旺盛な群馬の皆さまを意識しながら商品づくりを進めたものでした。

 
テストテストテスト
天国のぶた
 

そうそう。話は戻りますが、太田和彦さんの本で知って、一発で恋に落ちたのが静岡県焼津の寿屋酒店。ところが残念なことに最近、店を閉じてしまったそうです。昔ながらの氷で冷やす冷蔵庫。魚を焼く火鉢。古い建物と、いつ行ってもピカピカに磨き上げられたガラス。駿河湾の桜えびで肥えたアジの酢締め。静岡ならではの真っ黒なおでん。冬には山から掘ってきた極上の自然薯(じねんじょ)。どれもが素晴らしい思い出です。

寿屋
 
 

さみしいですが、また日本のどこかに、居心地の良い居酒屋さんを見つけなければなりません。どこかオススメがあったら、教えてください。

どうぞ、召し上がれ!