「スポーツビジネス×テクノロジー」マーケティングを進化させる B.LEAGUEの取り組み
2016/10/21
9月22日、新たな男子プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE」が開幕した。事実上の分裂状態にあった二つのトップリーグの統合から、世界初のLEDフロアパネルを使った公式戦を仕掛けるに至るまで、日本のプロスポーツリーグの歴史においてもチャレンジングな試みの連続だった。
そんなB.LEAGUEにマーケティングの視点からスポットを当てると、データやテクノロジーの活用における先進的な取り組みが目を引く。同リーグの大河正明チェアマンに話を聞いた。
B to Cのマーケティングをスポーツ界に
―― B.LEAGUEは事業成長のキーワードの一つとして「デジタルマーケティングの徹底推進」を掲げています。その背景を教えてください。
大河:端的にはスポーツをB to C の事業として捉えるという、ある意味当たり前のことを起点にしているからです。
バスケットボールだけでなく、野球やサッカーも含めて日本のプロスポーツはクラブ(チーム)の運営に足りない予算は親会社が広告宣伝費で補うことが一般的でした。しかし本来は、プロスポーツというエンターテインメントビジネスとしての収入が一番にあって、そこにメリットを感じる企業がパートナーになって協賛金を出す、という順番であるべきです。
そのためには、お客さま、つまり試合を見に来たりグッズを買ってくれたりするファンと向き合うことが必要です。B.LEAGUEでは途中からシステムの統合をするのではなく、設立前からそうした構想を持ってスタートできた、というのが強みです。
―― データ活用では、具体的にはどのような取り組みをしているのですか?
大河:一番はチケットを買いやすくするということです。現在B1とB2という二つのリーグを合わせて36のクラブがありますが、ウェブサイトに関しては、所属クラブのデザイン、UIを統一。リーグブランドの確立はもちろんですが、閲覧者の利便性向上を図っています。その結果、どのチームのサイトにアクセスしてもチケット購入までの導線が分かりやすくなりました。
また、顧客データはリーグが管理しています。各クラブは自クラブの顧客データしか見られませんが、リーグでは全クラブの顧客データを横串で見られるようにしています。収集した膨大なデータをもとに分析を進め、チケット販売戦略やスポンサー戦略、マーケティングなどに活用することで、これまで見えなかった新たな市場が見えてくる可能性もあります。
顧客データ、競技データ全てを観客に還元
―― 顧客データの統合は一つの企業の中ですら難しいと言われる中で、36クラブでそれを実現させるのはハードルが高かったのではないでしょうか。
大河:確かにこの構想を伝えた当初は、それぞれに顧客との関係を築いてきた各クラブにとってイメージがわかない部分もあったと思います。しかし、これが実現すると一人一人が試合に来た回数・曜日・1試合当たりのチケット購入枚数・グッズの購入履歴などがリーグ全体として分かるようになり、そこから次の施策を考えることができるようになります。B to Cの企業では当たり前にやっていることをスポーツ界でもやろうということで、リーグとして熱意を持って各クラブに打診し、先導する形でここまで進めてきました。
私たちのスタッフにはプロ野球チームの運営、マーケティングなどの専門家が集まっています。私も銀行出身で、住所・氏名・年齢・口座の動きなどのデータを基にしたマーケティングの肌感覚を持っており、リーグ側としてはその重要性が全員で共有できていました。
―― マーケティング以外にも、データを活用した取り組みをしているのでしょうか。
大河:米国のNBAなど海外リーグ1500以上のチームでも導入実績がある、バスケットボール専用の分析ツール「Synergy(シナジー)」をB1の全クラブに提供しています。他の競技でも行われているような試合映像の分析・データ化といった機能の他、海外を含めてシナジーを導入しているチームのデータにアクセスできます。クラブや選手の強化ももちろんですが、これをブースター(ファン)の楽しみに還元できるようにしたい。
実際に、サッカーやバレーボール、野球などでも数字で競技を楽しむようなシーンが出てきていますよね。バスケットボールでは、これまで会場で観戦していてもスコアボードにはチーム名と得点くらいしか表示されていませんでした。今後は、例えば観戦中にスマホでお気に入りの選手のスタッツ(試合中の成績)がリアルタイムで見られるような仕掛けができればな、と考えています。また中長期的には、アリーナ内のWi-Fi化を進めて、スタッツだけでなくリプレーを自分の思い通りに再生することも描いています。
プロリーグと企業との新しい関係づくり
―― そのような観点では、パートナー(スポンサー)に名を連ねる企業ともアライアンスを組んでいくのでしょうか?
大河:私たちが目指すパートナーとの関係は、単に試合会場で看板を出して広告露出価値を提供すること以上のコラボレーション。B.LEAGUEの三つのミッション「世界に通用する選手やチームの輩出」「エンターテイメント性の追求」「夢のアリーナの実現」を共有し、事業戦略を考えるところから一緒にやりましょうというスタンスです。例えば富士通は、センサーを使ってフィギュアスケートや体操競技で採点のサポートをする技術開発を行っており、バスケットボールでも戦術や選手強化の面で応用していきたいと思っています。
また、ソフトバンクにはスポナビライブでの展開や前述のアリーナ内のWi-Fi化など、情報発信の面での協力、ソニー・ミュージックエンタテインメントにはファンビジネスとしてのB.LEAGUEや選手の魅力づくり、グッズ展開などのノウハウを提供いただいています。今後も各社の得意分野でB.LEAGUEを活用していただきながら、それがパートナーとしてのメリットにどうつながるかに向き合っていきます。
―― 今後、B.LEAGUEはどのような方向に向かっていくのか教えてください。
大河:いつの時代も、ターゲットにしている10代から30代までの人たちに受け入れられるリーグであり続けたいと思っています。開幕戦の話題づくりもあり、今でこそ最先端というイメージがあるかもしれませんが、来年は「後追いだ」といわれているかもしれません。
観戦意向の調査や開幕戦の視聴率を見ると、10代から30代まではプロ野球やJリーグをしのぐレベルである一方、中高年では負けています。私たちはそれを良しとしていて、若年層への訴求を愚直に続けていくことがリーグ発展への近道だと思っています。今の若年層にフィットしているものを、彼らの年齢の上昇とともに合わせていくのではなく、常にその時代の若年層にフィットするサービスやエンターテインメントをつくり続けていこうと思っています。
例えば、試合の演出でコンサート会場のように音楽を大音量で流しています。中にはそれをうるさいなと感じる方もいるかもしれませんが、「私たちは誰に受け入れられるコンテンツを目指すのか」ということです。
BREAK THE BORDERは寛容さと忍耐力
―― B.LEAGUEは「BREAK THE BORDER」というスローガンを掲げていますが、まさに常に新しい境地を目指し続けるということですね。
大河:スローガンに込めた「前例を笑え!常識を壊せ!限界を超えろ!」というメッセージは私も気に入っています。これは仕事論になるのかもしれませんが、ゴルフで例えると、進化し続けるためには「どこまでがOBにならないワンペナ、ラフくらいの着地なのか」を見極めることが大事です。私の前職もしかり、大組織になると局長・部長クラスの人ほどフェアウエーに行かせようという発想の人が多くなります。それをすると組織から新しい発想が出てこなくなります。よほどのOBじゃない限りは寛容さと忍耐力を持つことが私のすべきことだと思っています。
B.LEAGUEは若年層をターゲットにしているので、特にそういった“常識”に縛られないことが大切です。だから、「バスケットボール選手の名前なんて一人も知らない」という人も組織にいた方が、ビギナーでもコアなファンでもみんなにとって面白いものが生み出せるかもしれない、くらいの意識でいます。常識がないからこそ「実は隣のホールから行った方が近い」という発想もできる。今の規模の組織だから言えることかもしれませんが、人数も収益も大きくなるであろうこの先にそれをどう維持していくかをテーマにして、皆さまに愛され続けるリーグをつくっていきたいです。