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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.63

『確率思考の戦略論』

2017/01/27

こんにちは。高校までしか数学を触ったことがないバリバリの私立文系人間の白石と申します。そんな私ですが、周囲であまりに評判が良いので、年末におっかなびっくり本書『確率思考の戦略論/USJでも実証された数学マーケティングの力』(角川書店)を手に取ってみたところ、下手なフィクションよりもエキサイティングでページを手繰る手が止まらなくなり、勢い余って、遅ればせながら本稿にて(本書は昨年2016年6月に刊行されています)ご紹介します。

確率思考の戦略論

USJが驚異的なV字回復を実現させた「タネと仕掛け」

書籍版の帯には「世界屈指のマーケター&アナリストがUSJに導入した秘伝の数式を公開」とあり、実際に巻末に全体の約6分の1を費やした数学モデルの説明があります。数学がお好きな方であれば、美しい数式に興奮することもあるのでしょうが、あいにく私にはそのような高尚な能力はございません…では、本書のどこがそんなにエキサイティングだったのでしょうか。

本書は森岡毅、今西聖貴の両氏による共著です。森岡氏はP&Gを経て2010年にUSJに入社、今西氏もP&Gを経て、森岡氏に請われる形で2012年にUSJに入社。お二人の獅子奮迅の活躍により「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」はここ5年間で著しいV字回復を見せ、毎年100万人という驚異的なペースで集客を増やし、2015年度に年間来場者数は1390万人に達します。5年前には730万人だったので、ほぼ倍増というとんでもない実績です。

この途方もない結果を「マジック(魔法)ではなく、本当はタネも仕掛けもあるマジック(手品)なのです」(P2)、「確率思考の戦略は(中略)種も仕掛けもある手品ですから、誰がやっても再現性があるのです」(P304)と言い切り、そのタネと仕掛けをひもといていくのが本書です。面白くないわけがありません。

もちろん、細かい部分は実際に本書に当たっていただきたいのですが、もし私のような「タイトル(=数学マーケティング!)で腰が引けてなかなか手を出せない」という残念でもったいない早とちりをしている方がいらっしゃれば、お伝えしたいことがあります。

マーケティング関連本としては前人未到の有用性と面白さ

私は本書は以下の四つのレイヤーによって構成されていると感じました。

①独自の見解に基づくマーケティング基礎理論
②現実の市場におけるケーススタディー
③理論を現実で実践するためのアイデアと心構え(力業含む)について
④意思決定を行う人間の覚悟と心の痛み、目的を達成した上でなお生じる苦悩について

①②はいわば「マーケティングの教科書」としての要素です。もちろんここに関してもP&Gで培い、USJで事に当たった際に活用したマーケティングセオリーや、実際に市場で起きた出来事が非常に分かりやすく解説されています。

しかし、私は本書にマーケティング関連本としては前人未到の有用性と面白さをもたらしているのは、これら①②があった上で、さらにその先に展開される③④にあると感じました。

理論上は正しいと思われる戦略を現実で実務として遂行する過程で生じるさまざまな問題や障壁をあらゆる手段を用いて全力で乗り越えていく③、正しい意思決定を行うために心を鬼にして情緒を排し成功確率の高い戦略を選び取る覚悟や、その結果、成功したとしても反発をする人も必ず出てくることから生じる④。このドラマチックな部分までを含めて「マーケティングという仕事」なのだとお二人は伝えたかったのではないかと勝手に感じ入っています。

USJが社運を賭けた「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」の需要予測に関するエピソードをご紹介します。この需要予測は森岡氏自らも行うのですが、より確度を高めるためにかつての盟友・今西氏にも別の考え方での需要予測を依頼します。具体的な方法はお互いに言い合わないように注意しながら、それぞれが分析を行い、ついに迎えた結果を見せ合う日。二人は互いに手のひらに自分が信じている数字を書き、それを同時に見せ合います。二人の予測はほぼ一致していて、お互いにニヤリと笑う…まさに映画やドラマのワンシーンのようなカッコ良さです。

日本人が、マーケティングに携わる人間が、持つべきもの

終章で森岡氏はこのように書かれています。

私にとって、本書はずっと以前から最も書きたかった本でした。これからの日本にとって、最も重要だと考えていて課題に対して、自分なりの考えを広くお伝えしたかったからです。その課題とは「日本人は、もっと合理的に準備してから、精神的に戦うべき」ということ。その1つの答えになる、我々が培ってきたノウハウを広く知っていただく機会が本書の出版なのです。(P304-5)

日本人は合理性よりも情緒や共感性を重んじる傾向がある、とよく言われます。なので、もっと合理的思考を身に付けよ!と続くわけです。それは正しく、市場が世界に広がり、イノベーティブな製品やサービスが海外からどんどんと流れ込んでくる中でますます日本人にとって必要になることは間違いない。一方で、精神的なあり方もそれと同等か、それ以上に重要で、イノベーションを起こす人はいつだって皆覚悟や情熱や狂気に溢れています。本書では前述の①②で合理的な思考法ついてレクチャーした上で、③④で精神的なあり方についても語ってくれています。まさしく、マーケティングに携わる人が持つべき「合理」と「精神」、両方に関して余すところなく書かれていると言えるのではないでしょうか。

本書が世に出ることでマーケティングという仕事が活性化し、日本の経済が今までよりもいくらか豊かになることも著者の二人は数学的に予測していて、今はその推移を観測しているのかもしれない、そんな気持ちにすらなる本でした。

ぜひ、手に取ってみてください。

電通モダンコミュニケーションラボ