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Dentsu Design TalkNo.88

松尾先生、人工知能と広告の未来はどっちですか?(後編)

2017/02/04

今回の電通デザイントークは、「人工知能と広告の未来はどっちですか?」と題して、人工知能研究のトップランナーである東京大学・松尾豊准教授を電通・並河進さんがお迎えします。「人工知能に今何が起きているのか?」「人工知能は広告にどう活用されていくのか?」「広告の世界で人間にしかできないことは?」 など、人工知能が当たり前になっている未来と、そこでの広告の役割を想像します。

(左から)東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 特任准教授 松尾豊さん
電通ビジネス統括局 クリエーティブディレクター 並河進さん
 

人工知能が広告にどのように貢献しているのか

並河:松尾先生のお話を受けて、今、私が取り組んでいるプロジェクトと、人工知能が広告にどのように貢献しているのかについてお話しします。

人間と人工知能がタッグを組んでチェス競技を行う「アドバンストチェス」からヒントを得て、「人間の創造性」と「データ解析や人工知能といったテクノロジー」を掛け合わせることで広告のパフォーマンスを向上させられないかと考えました。そこで2016年9月に、電通デジタルにプロジェクトチーム「アドバンスト・クリエーティブ・センター」を創設しています。

この数十年のデジタルマーケティングの進化を振り返ると、広告によって個人が欲しいものを精度高く、提示できるようになりました。人工知能は、まずは、このターゲティングの領域で使われるようになりつつあります。性別、天候、現在地、過去に訪れたウェブサイトなど、ライフデータを取り出して、その人が今何を欲しているのかを人工知能で推測するのです。

例えば、料理のレシピサイトを訪れた人に「料理」というタグが付くと、その人に向けて、これまでは「レストランの広告」が出ることもありました。しかし今では「鍋料理の広告」を出した方の成果が高いといった具合に、ターゲティング精度の向上にディープラーニングが使われています。

この数年間のデジタル広告の進化によって、顧客獲得のパフォーマンスは、もう既にかなり高い精度まで進化していて、次にデジタル広告の世界で目指すべきは「ブランディング」の領域です。

 

2017年はデジタル広告による「ブランディング元年」

並河:2017年はデジタル広告による「ブランディング元年」になるのではないかと思っています。スマートフォン上で動画などのリッチな表現が実現できるようになり、デジタル広告によるブランディングに注目が集まってきています。

僕は、デジタル広告の「フェーズ2」が始まったと考えています。「フェーズ1」はデータ産業革命で、GoogleやFacebookがデジタルプラットフォームをつくりました。「フェーズ2」では、そのデータ産業革命の上にクリエーティブが乗り、人の心を動かしていくフェーズです。ここは難しく、そしてとても面白い領域です。

16年9月に企画に参加し、開催したイベント「TCCことばみらい会議」で、コピーライターの仲畑貴志さんとIBM ワトソン(学習する人工知能による対人応答システム)の研究者との対談を企画しました。ワトソンに文章を読ませると、文脈から悲しい言葉やうれしい言葉を見つけることができます。その説明を仲畑さんが聞くと、「小学生の男の子は、好きな女の子に『大嫌い』ということもあるぜ」と言いだして、議論は平行線でしたが、そこがとても面白かった(笑)。

クリエーティブとテクノロジーには、かみ合わない部分もありますが、人間は多くの機能の集合体です。さまざまな機能のうちのいくつかは、人工知能の方が人間の成果を上回ることがあるのかもしれない。

松尾先生の著書の中に「人工知能について考えることは、人間を見つめること。人間自体に自覚的になること」ということが書かれています。人間についての理解を深めることで、人工知能との協業が進んでいくのだろう、という考えています。

松尾:ありがとうございます。並河さんのお話は、すごく重要です。人工知能で最適化できる領域は、どんどん実現させていけばいいのです。もちろん技術的な課題もありますが、少しずつ乗り越えながら進めていけばいい。

コピーライティングについていえば、複数のコピーをクラウドソーシングでつくってもらい、人工知能に良いか悪いかを評価させて、いいものだけを残して、進化させていくようなことは簡単にできます。

ただし昔から、人工知能の世界では「サルにShakespeareという文字が書けるのか」といわれています。サルにAからZまでのサイコロを振らせていれば、いつか「Shakespeare」という文字列が出るでしょう。ただし、そのためには大変な時間がかかる。つまり理論的にできることと、現実的に使えるということは別の話だということです。

先ほど並河さんのお話の中に「ブランド」というテーマがありました。「ブランディング」には長期間の最適化が必要なので、短期的な最適化が得意な人工知能には難しいかもしれない。人間はいろんな知恵を使って、短期でブランドを構築することができますよね。

並河:なるほど。長期的なフィードバックが必要だから、人工知能によるブランディングは難しい、といった視点は持っていませんでした。逆に短期的なフィードバックがあれば、ブランディングであっても、より人工知能が関与していける可能性があるということですね。

松尾:例えば僕は、一度もエベレストに登った経験はありません。しかし実際にそこに行けば寒くて死にそうになるだろうと予想できます。これは機械学習的にいうと、一回も経験したことがないことでも、ほぼ経験したことと同じような効果をもたらしているわけです。それは僕が言葉によって何百年、何千年にもわたって人が経験した知識を学習しているからです。

ブランディングやコピーライティングといった広告領域も同様で、人間は自社の戦略に別のブランドの成功事例を抽象化したり、その知識を活用したりしています。

また人間は広告とは全然関係のない、例えば動物園のサルを見て、サルとはまったく関連のない広告アイデアをひらめいたりします。異なる領域の知識を転移させながら、疑似的に学習データを増やしているのです。これは現在のディープラーニングの技術ではできません。

並河:長期的なフィードバックを得て思考していくことと、関係のない知識同士を結びつけることは、今のところ人間に優位性があるということですね。ただ一方、ブランドは、最終的に人の心にある抽象化された概念ですよね。ディープラーニングも、機械が学ぶ過程において、抽象化した概念を持っている。ある意味、似ているところもあると思うのですが。

松尾:ユーザーの心の中にどうブランドの概念がつくられていくのかを、何らかの形で検証できるようになれば、人工知能技術でブランドを効率的につくることができるようになるかもしれません。

並河:そうなると、広告はどうなっていくのでしょうか。

松尾:おそらくテクノロジーが進化していく過程で、あまりにも短期のKPIを追求すると、長期のKPIが悪化するということが起きていきます。そうなると、テクノロジーは長期のKPIを損なわないようにしながら、短期のKPIも良くするといった方向に向かう気がします。そこでは「適度な快適さや面白さ」といったことが、徐々に実現してくるのではないでしょうか。

 

顕在化されていない欲求をどう見つけるのか?

並河:人間の顕在化されていない欲求の事例として、よく「本屋」と「アマゾン」の違いが指摘されます。アマゾンは自分の欲しいものを最適化しておススメしてくれる一方、本屋ではフッと目に入った、それまで全然関心のなかった本を買ってみたくなる。そういった偶然の出合いを、人工知能やテクノロジーはどう実現していくのでしょうか。

松尾:そこは、まさに人間が担わなければいけない領域だと思っています。人工知能にとって、顕在化されていない欲求を見つけるのはすごく難しい。
顕在化されていないものを見つけるためには、それを見つけるための評価関数自体を人工知能が持っている必要があります。人間は長い進化の中で、非常に複雑な評価関数を持っているのです。

並河:顕在化されていない欲求は、人間が持つ「評価関数」によって現れるということでしょうか?

松尾:そうです。進化の過程で培われた、本能や感情から評価関数は構成されていますから、それをもってすれば顕在化されてない欲求にセンスのいい人であれば気付けるということだと思います。

並河:なるほど。そうすると、その本能や感情が解き明かされれば、人工知能にも多くの人が「いいな」と思う表現をつくることができるかもしれません。

松尾:そうですね。ただ、人工知能が人間のようなコピーを書けるかというと、まだ無理だと思います。レベルは低くてもいいから、数をたくさんつくるとか、早くつくるといった部分は人工知能で自動化されるでしょうね。

そうやって、仕事の一部を人工知能が担うことで、人間がより難しい作業に集中でき、その結果、全体のパフォーマンスが向上するということがまず起きてくると思います。

並河:そういう方向に移っていくのだろうなと、僕も実感しています。人工知能にできることと、人間にできることを理解した上で協業していくということでしょう。

 

広告の未来は人工知能でどうなる?

並河:人工知能が普及していく中で、広告やメディアはどのような役割を担うのでしょうか。

松尾:メディアには広告的な価値とは別の付加価値があると思っています。
最近、新聞社の方と話をすると、僕は新聞の存在意義は「共通の知識をつくる」ということにもあると思っています。例えば、あるニュースを「今日の日経新聞の1面に載っていたよね」と話題にする場合、相手もそれを知っていればコミュニケーションのコストが減っていることになります。ここで、相手が知っていることを自分も知っているという状態をつくることが重要です。

ところが今は、デジタル化によってOne-to-Oneでパーソナライズした情報が送られている。それは最適化という観点では優れているのですが、共通知識をつくり出すという機能は損なわれてしまっている。

本来は、パーソナライズされた情報を送りつつ、そのコミュニティーの中では重要な知識を持つような情報の生態系のつくり方があるはずなのです。しかし僕が見ている範囲では、どのメディアもできていません。

並河:マス広告やメディアによって共通の知識がつくられ、コミュニケーションコストが減るというのは、その通りだと思います。テレビCMを流す効果って、「あのCMの商品です」という、ひと言である程度分かってもらえるようになる、つまり、コミュニケーションコストの削減にもなっている。コミュニティーに共通知識が生まれることはいいことなのですね。

松尾:いいことです。その知識を前提にコミュニケーションができますし、冗談も言い合えます。従来のマスマーケティングでもないし、パーソナライズされた広告配信でもない、その中間が大事だと思います。

並河:マス広告は発信元となる企業が、新聞も新聞社が編集しています。もう少しオープンな方法で、もっと多くの人が関わりながら、共通の知識が生まれる可能性はあるのでしょうか。

松尾:あると思います。共通知識をつくるべきコミュニティーの数はかなりたくさんあるはずなので、全部を人力で行うわけにはいきません。そこは、人工知能をうまく使うことで実現できるのかもしれません。

並河:セッションの終わりの時間が来てしまいました。今日の話が未来を予測するための一助になればいいなと思います。松尾先生、本当にありがとうございました。

<了>
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