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ADWASIA2017リポートNo.4

BWM電通〜顧客体験にブランドのユニークネスを重ねる「モダン・マスターブランド」の考え方

2017/07/14

昨年アジアに初上陸したマーケティング・コミュニケーションの祭典「Advertising Week」が、今年も東京にて「アドバタイジングウィーク・アジア2017」として開催された。5月29日から6月1日の4日間、東京ミッドタウンには、ブランド、メディア、テクノロジーなど幅広いテーマを軸に世界から有数の経営者やCMOクラスのリーダーたちが集結。パートナー企業および団体数は昨年の50から64に増加し、約1万3000人が参加した。

オーストラリアのクリエーティブ・エージェンシーBWM電通のブランド・プランニング・ディレクター、モエンシ・ロシエ氏は、ブランドが自らの変容を主導するための戦略的フレームワーク「モダン・マスターブランド」を提唱する。Dentsu Brand Agencies APACデータ&ストラテジー リージョナルディレクターのニック・ライセンス氏をモデレーターに、同チーフ・ストラテジー・オフィサーで電通CDC ECDの山本浩一氏を交えて行われたセッションでは、この新たな概念が存分に語られた。

会場

台風のような環境変化の中でブランドを保つには

この十数年、あるいは数年の間でも、私たちの生活は激変した。「このスピードが弱まることは、もはやあり得ないのでは」とライセンス氏は切り出す。台風のような環境変化と顧客ニーズの変化にさらされて、企業は商品やサービス、従来のビジネスモデルすら設計し直す必要に迫られている。

山本氏はこうした状況を受けて「ひとつのビジネスモデルが普遍だった“ハッピーデイズ”は終わりを遂げたと思います。企業に変革を迫る外的な要因と、企業が自ら変わろうとする内的な要因は、コインの両面のようなもの。どのようなビジネスも、内外のプレッシャーの中で今の事業を継続しながら変化していかなければなりません」と解説する。同氏によると、以前はクライアントから、「どうやってビジネスの変化に合わせたブランドを育てるか」という課題を投げかけられていたが、今はそれが「ブランドがビジネスの変革をリードするにはどうすれば良いか」というブランドとビジネスの関係が逆転した課題に変わってきているという。

左から、ニック・ライセンス氏、モエンシ・ロシエ氏、山本浩一氏。わずか十数年のうちに、生活や価値観を変える数多くのサービスが登場している
左から、ニック・ライセンス氏、モエンシ・ロシエ氏、山本浩一氏。わずか十数年のうちに、生活や価値観を変える数多くのサービスが登場している

日本企業は変化に対して保守的な体質はあるものの、グローバルでの競争も激しくなる中、変化を起こそうという意識を持つ企業も増えている。一方オーストラリアでも、企業は主に強い外的要因から変化を余儀なくされている。「その波に身を委ねるのではなく、主導権を握って乗り越えようとするとき、そこにはやはり確固たるフレームワークが必要です。大きな台風の中、一歩ずつ上っていける“はしご”のような構造があれば、企業はその運命を自分でコントロールできます」とロシエ氏。それが、モダン・マスターブランドのモデルだ。

BWM電通のモエンシ・ロシエ氏
BWM電通のモエンシ・ロシエ氏

長期的な視点と、ブランドに内在する哲学が重要

ブランドがビジネスの変革を主導するには、前提としていくつかクリアにすべき点がある。まず、短期的な視点に惑わされないこと。企業である以上、四半期ごとなど短期的なタームで広告やプロモーションを仕掛けて売り上げを立てることは必須事項であるものの、それにフォーカスしすぎて、長期的な視点を忘れてしまうことがある。だが、経営から現場までの意識改革を伴う変革は、長期的な視点を持たなければなし得ない。ロシエ氏は、「もちろんショートタームのメッセージングによって売り上げを活性化するのは大事ですが、その効果は長くは持ちません。セールスアクティベーションと同時に、ロングタームのブランドビルディングを併せて考え、予算の配分も含めてバランスをとる必要があります」と語る。

これに対し、山本氏は「日本のブランド企業は歴史的に、西洋と比較すると長期的な見方をしている」と語る。プロモーションなのかブランディングなのか、という議論はもちろん昔からあるが、そもそも素晴らしいプロモーションは素晴らしいブランディングにつながるし、それを実現するアイデアを常に目指しているのだという。「携帯キャリアの“白い犬”がいい例ですね。ただ、確かに近年は短期的なビジネス成果を求める傾向が強まり、特にデジタルマーケティングが浸透して、効果測定がしやすい点からも短期的な見方が主流になる向きもあります」

Dentsu Brand Agencies APACおよび電通の山本浩一氏
Dentsu Brand Agencies APACおよび電通の山本浩一氏

社内のステークホルダーこそブランドをつくる源泉

長期的な視点に加えて、ブランド変革には“Inside Out”のアプローチも欠かせない。冒頭の話にも関連するが、外的要因に変化を強要されるのではなく、組織が内包している要素をドライバーとして変わっていくことを指している。

「ブランドとは、組織の中心にある哲学やビジョンから始まっているもの」とロシエ氏。それらは、企業が成長する過程でパートナー企業やスタッフに広がっていく。しかしパートナー企業やスタッフの数が増えていくと、次第に理念が薄れていくことがある。だから、ブランドを変革していくには改めて一人ひとりがブランドの原点に立ち返り、どこを目指していくのかを明確にすることが必要だ。「そのスタッフの信念や行動がドライバーとなり、彼らが顧客やパートナーに対して唯一無二のブランド体験を提供していくことが、Inside Outの考え方です」

もうひとつ、ブランド変革の前提として挙げられたのが、先に言及された“唯一無二の顧客体験”。これをロシエ氏は「UBX(ユニーク・ブランド・エクスペリエンス)」と表す。昨今、UX(ユーザー・エクスペリエンス)やCX(カスタマー・エクスペリエンス)の重要性がよく聞かれるが、ロシエ氏は「もちろんこれらは顧客中心という観点で大事だ」としながらも、理想的な顧客体験を追求しすぎると、それは時に一般化し、競合も簡単にコピーできてしまうものになりかねないと指摘する。ここでUBXが意味するのは、顧客体験の上にブランドならではの哲学を掛け合わせ、他のブランドが真似できないユニークな体験価値を提供することだ。

山本氏も同意し、「顧客ニーズのみに捕らわれると、自分のブランドを見失うことがあります。そういったことに陥らないために、UBXという概念は非常に役に立ちます。ユニークな価値や文化を大事にしなければ、移り変わる顧客ニーズに対応しようとしても、根本が揺らいでくるからです」と語る。

長期的な視点、内的な要素を起点とするアプローチ、そしてUBX。この三つが「モダン・マスターブランド」を実現するに当たって念頭に置くべき点だ。「変わり続ける社会の中で、ブランドが存在意義を持ち続けるためには、やはりブランド自身も変わる必要があります。ですが、変革、変革といっても、その定義はひとつではありません」とロシエ氏。何を変えるのか、どう変わるのかは、ブランドの歴史や周囲との関係性などを踏まえた文脈によって異なってくる。言い換えれば、自らを見つめ直し、どう変わるべきかを見極めることこそ、モダン・マスターブランドというフレームワークの出発点になるのだ。

モダン・マスターブランドとは、ビジネスとブランドを結びつけ、組織全体の変革を促すフレームワーク
モダン・マスターブランドとは、ビジネスとブランドを結びつけ、組織全体の変革を促すフレームワーク

変革の定義はブランドの文脈によって異なる

では、それは具体的にどのようなプロセスで展開するのか。ロシエ氏は前述の“はしご”の構造として、次の四段階を提示する。まず、戦略を転換する。次に、クリエーティブを転換する。その上で体験を転換し、それをマネジメントしていく。「モダン・マスターブランドは常に、目的にリードされます。同時に、組織的なアプローチでもあります」とロシエ氏は強調する。自身のビジネスにおける哲学は何なのかを明らかにした上で、戦略を立て、クリエーティビティーをもって哲学を表現し、体験をデザインしていくのだ。

このプロセスに沿ってブランド刷新を図った事例として、ロシエ氏は通信会社のnbnを挙げる。同社はかつてオーストラリア国内で高速ブロードバンドを整備したが、そのブランド力は失速していた。そこでBWM電通では、完全なブラッドリセットを提案。“破壊的で顔の見えない通信業者”から、“血の通った、先見性のあるテクノロジーブランド”へと転換を図った。ロシエ氏によると、そもそもこうしたイメージは同社が内包するものだったという。「国内の各州で経営層やスタッフ向けのワークショップを実施し、将来ユーティリティーブランドになりたいのか、ビジョナリーブランドになりたいのかと問うと、皆が後者と答えたのです。このワークショップを通して、スタッフの関心を集めることもできました」

通信会社nbnは、顔の見えないイメージから血の通ったビジョナリーブランドへと刷新
通信会社nbnは、顔の見えないイメージから血の通ったビジョナリーブランドへと刷新

「それはあまり広告らしくないアプローチですね。インターナルコミュニケーションなんですね?」とのライセンス氏の問いかけに、ロシエ氏はうなずき「非常に興味深いプロセスです」と応じる。ブランドの好感度や売り上げ自体も、数十%向上したという。

Dentsu Brand Agencies APACのニック・ライセンス氏
Dentsu Brand Agencies APACのニック・ライセンス氏

また、ベビー用品を手掛けるBabyLoveは、これまでの画一的な“理想のファミリー向けブランド”というイメージから、“今をいつくしむためのブランド”へと転換を図った。その施策として、予定日より早く低体重で生まれた赤ちゃんとその両親を支援するキャンペーン「Premmie Proud」を展開。早く生まれたことを申し訳なく思いがちな両親に対し、それを誇ろうというメッセージを込めて、写真に重ねるスタンプを提供した。それによって、彼らが赤ちゃんの写真を積極的にSNSにアップし、周囲の家族や友人たちからの応援の声も届きやすくなった。より幅広い人に関係するブランドとしてポジショニングを変化させた好例だ。

ただ顧客ニーズを追うだけでは、これからは生き残れない。ブランド自身がこれまで培って来た哲学に立ち返り、それを起点に、ブランドならではの価値を顧客に感じてもらえるように体験をデザインしてこそ、時代の変化に対応できるブランドになれるのだろう。モダン・マスターブランドの概念とその重要性を強く感じさせる講演となった。

Premmie Proud公式動画
Premmie Proud 公式動画
オムツブランドのBabyLoveは、低体重で生まれた赤ちゃんを応援するキャンペーンを展開し、ブランドのターゲット層を広げた。