ADWASIA2017リポートNo.5
Jリーグはいかにして復活を遂げたか? 立役者が明かすデジタル化の推進
2017/07/18
昨年アジアに初上陸したマーケティング・コミュニケーションの祭典「Advertising Week」が、今年も東京で「アドバタイジングウィーク・アジア2017」として開催された。5月29日から6月1日の4日間、東京ミッドタウンには、ブランド、メディア、テクノロジーなど幅広いテーマを軸に世界から有数の経営者やCMOクラスのリーダーたちが集結。パートナー企業および団体数は昨年の50から64に増加し、約1万3000人が参加した。
2016年7月20日、Jリーグの話題が日本経済新聞の1面トップを飾った。英国のスポーツライブストリーミングサービス「DAZN(ダ・ゾーン)」と17年から10年間の放映権契約を結んだのだ。契約金額は約2100億円、年200億円ほどの計算となり、Jリーグの年間収入は倍以上となった。14年にJリーグチェアマンに就任した村井満氏は「海外のインターネット配信事業者がJリーグの動きに注目してくれていた」と語る。Jリーグの存在感を引き上げた、村井氏がその戦略を披露した。
選手の育成とブランディングの二つの切り口
1993年に開幕したJリーグは、現在J1からJ3の3リーグを擁し、全国54クラブまで裾野を広げている。しかし近年は入場者数や関心度が軒並み下がり、2008年と12年を比較すると男女どの年代でも関心度がマイナスに。男性で40%ほどだった関心度は30%台に落ち込むなど、深刻な事態に直面していた。
村井氏がチェアマンに就任したのは、このタイミングだった。同氏は高校時代にサッカー経験はあるものの、以降はリクルートに長く勤め、リクルートエージェント社長やリクルート本社執行役員を歴任し、同時に08年からJリーグ理事に就任。
「14年1月にチェアマンに就任した際は、スポンサー収入や放映権料収入が下がり続け、優秀な選手は海外のリーグに移籍し、入場者数も減っていくという負のスパイラルが起きていました。収入が少ないから、次に向けた投資もできない。これが続くと、最終的に海外組さえも輩出できなくなるリスクがありました」
現状を洗い出し、この負のスパイラルを正のスパイラルに転換するため、村井氏はJリーグの改革を二つの切り口に絞り込んだ。まず、将来を担う選手を育成し、Jリーグの魅力を高めること。そして、その魅力を広く伝えてブランディングすることだ。
では、それらをどのような施策で実行するか。村井氏は、役員たちと寝ずの合宿を重ね、以下の五つの方向性を打ち立てた。
1.魅力的なフットボール(育成・強化含む)
2.デジタル技術の活用(露出アップ含む)
3.スタジアムを核とした地域創生
4.アジア戦略
5.経営人材の育成
「Jリーグ×キャプテン翼」のユーチューブ動画が大反響
特にデジタル技術の活用に関しては、50以上のクラブそれぞれの経営課題が非常に多様な中、「デジタル化だけは唯一といっていい共通課題だった」と村井氏は振り返る。
チェアマン就任後、村井氏は全国のクラブを全て訪問。各拠点の市長に面会し、さらにサポーターが集まる居酒屋まで回って話を聞いた。すると、デジタルエンジニアがいるクラブは一つもなかったという。つまり、例えばクラブの検索順位を上げるためにSEOを施すにも、親会社に頼まなくてはいけない。Eコマースのセキュリティーを堅牢にして安全にチケット販売や物販を行おうとしても、ニーズはあるのにそのすべがない。SNSやアプリに新しい技術が次々と登場していても、毎週の試合を遂行するのに精いっぱいで、取り入れられない。
「それならば、われわれからの提案です。リーグ本部側で裏側を全て設計するので、あとは54クラブが簡単にデータを有効活用したり、静止画や動画をアップしてコミュニケーションを図ったりしてはいかがですか、と」。すると珍しく、関係者が全員一致で承認したという。
まず、“なけなしのお金を投じて”推進したのは、J1リーグ18クラブのスタジアムへの「トラッキングシステム」の導入だ。ミサイルの追尾技術を使って、試合中の全選手とボール、レフェリーの動きを追うもので、選手の走行距離やスピードをはじめとしてさまざまなデータの取得を可能にした。これを15年のシーズンから実装し、毎試合ライブでトラッキングを開始した。
これは当然、選手の育成と強化に大きく関係する。「あらゆる動きがデータで可視化されるので、選手にとっては受難の時代ですが、ビジネスの世界ではファクトを元にPDCAを回していくのは当たり前です。サッカーでも同じことができるようになりました」
デジタルへの投資を思い切った背景には、こんな出来事もあった。就任直後の14年3月から、ブランディングの一環として、漫画「キャプテン翼」に登場する技をJリーグ選手に再現してもらう「Jリーグ×キャプテン翼」の動画をユーチューブに複数アップしたのだ。これが予想を越えてヒットし、一般のファンからも技をまねた動画が次々と上げられた。
※「Jリーグ×キャプテン翼」#2反動蹴速迅砲。1週間で約400万回再生された。
「ちょっとしたアイデアとハンディカメラのような手軽なツールでメディアにアップすれば、こんなに反響を得ることができる。この動画は、次の16年からの3カ年計画で、われわれがデジタル投資を一気に加速させる後押しになりました」
前後して、15年11月にヤフーと提携。デジタルコミュニケーション領域におけるパートナーとして、主にネットを介したPRを共に推進している。さらに直近の17年4月にはネット通販事業で楽天と提携し、物流や配送の面で協力を仰ぐこととなった。
スタジアムに防災拠点としての役割を
もう一つ、スタジアムを核とした地域創生も、村井氏の就任後、大きく発展したテーマだ。具体的には、例えばスタジアムにエンターテインメント性と、地域の防災拠点としての役割を担わせている。ガンバ大阪のホームスタジアムである「市立吹田サッカースタジアム」は16年に全面開場したが、パナソニックの技術でハーフタイムなどの際にピッチでプロジェクションマッピングを行うなど先進的にエンタメ性を追求している。さらに、太陽光パネルによって自家発電ができ、有事の際に大きな問題となるトイレの数も十分だ。これは税金を一切投入せず、建設費140億円の全てを寄付金などの民間資金とtotoの助成金でまかなったことで進めやすくなった。
「日本は少子高齢化を迎え、車のドライバーも減るため、電車で行けてショッピングモールなども併設した街中の拠点が必要とされます。サッカーの競技レベルを上げる視点だけでなく、自治体や市民の皆さんと共に地域創生を図ることが、将来のJリーグの活性化につながると考えています」
データを地域の起業家やマーケターに開放
では、これらの施策を通して、現在どのような成果が上がっているのだろうか。まず選手の育成を通してJリーグの魅力を高めることに関しては、全試合のゴール数やシュート数など複数の指標が向上した。「特に私がうれしかったのは、逆転勝ちの試合が2割も増えたことです。最後の15分のゴール数が7%増えているのは、最後まであきらめないで戦っていることの表れです」
また、Jリーグのホームページのセッション数やフェイスブック、ツイッターなどのリーチやインプレッションが大幅に向上したことから、その魅力の発信にも奏功しているといえるだろう。
これらは、実際の入場者数にもはっきり表れている。入場者数は長く900万人前後で停滞していたが、15年に1000万人に到達、さらに16年には1033万人と右肩上がりの様相を見せた。
そして、冒頭に紹介したダ・ゾーンとの契約だ。「日本人は無類のスポーツ好きだということを、ダ・ゾーンを運営する英国のパフォーム・グループが徹底的に分析して導き出したそうです。今後のマルチデバイス化を考えても、いつでもどこでも視聴できるデジタルとスポーツのライブ配信は非常に相性がいい」と村井氏。日本のスポーツ産業にこれだけの投資がされるのは初めてのことであり、世界の注目も味方につけて最終的にはリーグ経営の拡大につなげる考えだ。
最後に村井氏は、今後の戦略を二つ提示する。一つは「スマートスタジアム構想」。スタジアムのデジタル化により集まるデータを地域の起業家やマーケターに無償で提供し、イノベーションと産業振興につなげる。もう一つは、日本の力でアジアをフットボールの第三極にすることだ。現在、タイやベトナムなどアジア10カ国のリーグと提携し、選手や指導者の交換、サポーターの交流に乗り出している。「われわれが協力してセルフファンディングし、アジアのレベルを上げながら、外部から積極的な投資が行われるように促していきたい」と村井氏は展望を語った。