新譜をチェックする感覚で町工場の技術と出合う「INDUSTRIAL JP」
2017/08/31
INDUSTRIAL JPは、町工場の製造現場で採取した機械音をサンプリングし、ミュージシャンがオリジナル楽曲を作成、同じく撮影した製造工程の動画とミックスすることでミュージックビデオとして発信するプロジェクトです。
初の“町工場音楽レーベル化”運動は工場マニアや音楽ファン、製造業界からも熱視線を集めただけでなく、カンヌライオンズ2017デザイン部門でブロンズ、ADC賞2017ではグランプリを獲得。なぜ町工場がレーベルに? この動きの行き先は?
グラフィックデザイナーの下浜臨太郎さんと、電通2CRP局のクリエーティブディレクター(CD)で、今回のプロジェクトではサウンドディレクションを担当したDJ MOODMANこと木村年秀さんへのインタビューから、その全貌をあぶり出しました。
お題は町工場をリブランディングするビジネルモデル作り
──INDUSTRIAL JPは一見広告らしからぬプロジェクトですが、どのように始まったんですか?
木村:サイトがオープンしたのは2016年の秋。スタッフィングが固まって動きだしたのは2016年の春頃だったと思います。電通総研Bチームの倉成英俊CD、由紀精密社長の大坪正人さん、電通デジタルの新谷有幹くん、電通クリエーティブXの藤岡将史プロデューサーといった感じでメンバーが増えて行きました。
下浜:僕は「のらもじ発見プロジェクト」がきっかけで倉成さんに話を頂いたのですが、そもそもそれぞれの町工場にはそんなに予算がないし、何をするかも何ができるのかも全く見えていなかった。とりあえず中小製造業をどうにかしたい…ということしか分かってない状態で動き始めました。
木村:町工場のリブランディングにつながるコンテンツができないか、というお題ですよね。現実に日本の産業を支えている町工場の仕事について、ほとんどの日本人は知る機会がない。そこを活気づけるためのプロジェクトとしてスタートしたという感じです。
下浜:僕に話がくる前から、倉成CDや由紀精密の大坪社長が「日本の町工場や中小企業の方々のお手伝いを、クリエーティブの力で、何かできないか」と、ずっと議論していたみたいです。
木村:そのような下地があった上で、アウトプット思考の下浜くんにバトンが渡ってプロジェクトが始動するわけですが、きっかけは下浜くんが発掘してきた小松ばね工業のビデオでした。それこそ、のらもじ的な発見だよね。
下浜:ネタの収集の一環として足を運んだ製造業の商談フェアで、小松ばね工業という工場のブースの小さなモニターに、従業員の方が家庭用ビデオカメラで撮影した映像が流れていたんです。
その映像を見て衝撃を受けました。「ばねってこうやって作ってんの…!?」と。まず機械の全体を写して、そこから細部にかけてパワーズームでビューッて寄る。つたない動きなのですが、それが逆にかっこよかった。
木村:コアな技術だけを執拗に撮っている潔さ、というか。
下浜:そうなんです。決して演出しようとしているわけじゃないんですよ。それでモニターをスマホで撮影させてもらい、持ち帰って既存の曲を乗せて編集したところ、これなら他の工場も同じ手法で作れると思った。で、音楽も扱うならMOODMANとしてDJ活動をしている木村さんにも相談しようということになって。
木村:電通総研Bチーム経由で、私に話が来ました。デモを見させてもらったのですが、その時点ですでにコンテンツの核はできていたと思います。ただ、「工業×音楽」の組み合わせって、今までなくはないアプローチなんですよね。ここまでの直球ではないですが。
下浜:ベタすぎて、むしろ誰もやろうとしなかったんですかね…。
木村:例えば、有名なものではフランシス・フォード・コッポラの「コヤニスカッティ」とか。技術×ミニマルミュージックという発想にはすでに古典がいくつかあります。なので、今やるならコミュニケーションの仕組みからアップデートした方がいい。
また、単発のコンテンツではなく、継続性が大切だと考えました。そこで、プラットフォームを音楽レーベルにするというアイデアと、レーベル名、音楽ダウンロードサイトOTOTOYやストリーミング番組DOMMUNEとの連携などを提案しました。レーベル化することで、音楽が好きな方々やカルチャーが好な方々とのコンタクトポイントが少しでも増えれば…。
新譜をチェックする感覚で、工場の今を知ってもえたらいいんじゃないかと。特に、接点が少ないと考えられている若年層や海外の方々に。
──工場とミュージシャンのマッチングが絶妙ですよね。どの作品も異なる世界観に仕上がっています。
木村:例えば、小松ばねさんでは製造機械もばねのように弾むような動きをするので、ファンキーなテクノを作るDJ TASAKAさんに頼もうとか。新栄プレスさんの音は重厚なビートが特徴的だから、ここ最近のヨーロッパのダークな世界観ともリンクしつつ、抜けのいいテクノを作れるGONNOさんにしようとか。
浅井ねじさんの場合は、工場主の浅井さんにシティ感をぶつけてみたら面白いのではと思ってDORIANさんに頼むとか(笑)。他にも、CHERRYBOY FUNCTIONさん、SOUNTRIVEさん、INNER SCIENCEさんなど、テクノの範疇でも、作風もフィールドも年齢層も分散させつつ、明確な方向性を持ってお願いしています。
海外の音楽ファンから見ても、今の日本の音作りの繊細さを感じられる面白いラインアップのレーベルになっていると思います。
下浜:多くの音楽レーベルも、中小企業だったりしますしね。
木村:インディペンデントレーベルの多くはそうですね。音楽の享受のされ方がここ10年位でがらっと変わったことを受けて、音楽レーベルも町工場と同じように皆さん苦労されている。INDUSTRIAL JPの音楽レーベルとしての取り組みが、なんらかの刺激になればいいなと一方では思っています。
大きなことを言うようで申し訳ないですが、気持ち的には、町工場と音楽レーベル、両方のリブランディングに並行して取り組んでいる感覚です(笑)。
下浜:映像は電通クリエーティブXの曽根良介さんと手分けして編集しました。どの工場も良さが違うので、それぞれ違った魅力が出るように、二人で話しながら演出しています。
撮影についてもミュージックビデオというよりも、商品の物撮りやシズルカットを撮る感じに近かったかもしれないです。「この機械油、めっちゃシズってるね?!」みたいな。
バズを狙うよりも、純粋に緻密な技術とそのかっこよさを見せたかった
──町工場のセレクションはどのように行ったんですか?
下浜:工業フェアに足を運んで探したり、社長さんづてに紹介してもらったりしながら、工場を見つけました。ブースにならぶ製品やデモ映像を見て「どうやって作るんですか」と質問し、「これは金属の棒を回転させながら刃を当てて…」というような説明を聞いて、製造工程の動きをイメージします。電通の名刺を渡した途端に「なぜ、電通の人がそんなことを?」といぶかしがられますけど(笑)。
木村:工場とのファーストコンタクトは下浜くんの担当だったのですが、結構、工場へのとっかかりは難しかったんですよね。
下浜:言葉で説明しても伝わらないので、まずは工場見学だけ…とお邪魔し、撮影OKの部分だけをスマホで撮らせてもらって、後日それを編集したデモ映像を見てもらう。
木村:のらもじで培ったスキルが、ここで完璧に生かされてますよね。かっこよく撮りたい、面白いものを作りたいというパッションが伝わるかどうかですかね。中心にある概念はリブランディングだけど、コンセプチュアルなままでは伝わらない。モノができはじめてやっと話しやすくなる。
下浜:ま…要するに飛び込み営業なんですけどね…。
──取材に来られる工場の方たちはどんなふうに感じていたんでしょう。
木村:現場ではフィールドレコーディングを担当しているのですが、まず、指向性の高いマイクを持って工場をうろうろして、いろいろな角度から機械の音を録音します。
録った音を工場の人に聞いてもらうと、だいたい「何が面白いの?」という反応です(笑)。「この音は、機械の不備の音ですね」とか。音の細部にも、しっかりと技術が宿っていることを知りました。
下浜:ちゃんと加工できているかどうかを、音で判断したりするんですよ。「カンカン」が「コンコン」になっていたら何か異常が起きているから止めよう、と。
──そこに世界から評価される熟練技術があるんですね。
下浜:作っているのはばねやネジといった部品だけど、0.01ミリ単位の細かいオーダーを受けていて、職人さんは、それをに応えるために、ものすごく緻密に機械をセッティングしたり、取り付ける器具を自作したりしています。
そこに職人技が発揮されるんですね。工場の方にインタビューして、ウェブサイトにまとめているのですが、当たり前の製品をつくるのにどれだけ工夫しているかが分かります。
木村:デザイナーもミュージシャンも同じだと思いました。細部の集合が全体を作り上げる。
下浜:INDUSTRIAL JPのウェブサイトは、電通報の初期UIも設計したDELTROの坂本政則さんと村山健さんに、アートディレクション、デザイン、実装をお願いしているのですが、パソコンでもスマホでも、どんな環境でもきれいに見えるようにつくられている。
それは一見してすごいとは感じにくいかもしれないけれど、まさに緻密な制作作業のたまものです。一見シンプルなサイトだけど、ものすごく精緻な技術が支えている。まさに町工場と同じだな…と。かっこいいですよね。
木村:淡々と行われている緻密なこと、きれいなことに焦点を当てる。このプロジェクトはいわば細部の抽出作業です。音楽制作もデザインも、作業の本質は斬新さとかバズるとかいうことではなく。細部の積み重ねが、大きな運動体を形成していく。そう信じて動いていました。
最初に食いついた世界の工場マニアと音楽好き
──YouTubeで30万超のPVをたたき出したミュージックビデオもありますね。リアクションや手応えはどうでしたか?
木村:YouTubeのコメント欄を見ると、ほとんどが外国の方です。まったく読めないんですが(笑)、どうやらロシア語が多いですね。各ビデオにはYouTubeの字幕機能を使った解説を入れているんですが、この解説を多言語化できたら面白いんだけどな。
下浜:「ヤバい」とか「Cool!」とかコメントをくれているのは音楽ファンより工場マニアが多いみたいですね。
木村:東欧、ロシア、あとアメリカとヨーロッパのメディアでは主に工業技術とデザインがフィーチャーされています。音楽面では各アーティストにひも付いて、リリース情報として紹介されることが多いですね。
各アーティストが海外でそれぞれ信頼と実績があることも大きいです。テクノミュージック自体がグローバルな表現なので、その時点でどの地域の方も入りやすい表現になっているのではと思っています。
下浜:日本では、ねじとばねの業界専門紙「金属産業新聞」の方が何度か取材してくれました。
木村:専門紙の取材の視点には毎回、驚かされます。そう考えると、いろいろな業界に潜んでいる工場マニア、技術マニアの方々に賛同していただいたのは大きかったと思います。カルチャー誌の方もそう。サイゾーの方も、プレイボーイの方も、皆さん、基本的に工場が好きな方でした(笑)。
下浜:逆にいわゆる「広告クリエーティブ」の文脈でメディアに取り上げられるようになったのは、ADCグランプリ受賞後ですね。
──ADC賞は、新設のオンスクリーンメディア部門でしたね。ウェブと映像のアートディレクションを対象とした部門ですが、どこが評価されたと思いますか?
下浜:作品がいい感じにアナログだったことは、理由として一つあると思います。
木村:メディアアートの問題としてしばしば取り上げられるように、テクノロジーを扱う作品は宿命として、数年経つとどうしても古くなる。しかも最近そのサイクルが早くなっている。ということもあり、このプロジェクトではあまり新しいことはやってないんです。普通のことをやっている。いわゆる「枯れた技術の水平思考」です。
下浜:ミュージックビデオも特別新しい手法を使っているわけでも、大きな予算をかけてすごい撮影をしているわけでもない。サイトもすごく最先端なプログラミング技術を使っているとか、表現が超新しいわけでもない。
ただ、表示される情報の文字組みや書体、工場のループ画像を見せ方などなど、いちいちDELTROによるこだわり抜いたデザインがなされています。全ての部分でアートディレクションが駆使されているところを評価されたのではないでしょうか。もちろん、音楽も評価が高かった。
木村:昨年、カンヌライオンズのミュージック部門の審査員を担当させていただいたのですが、コミュニケーションにおけるサウンドデザインに、以前よりも焦点があてられているように感じました。
…といいつつも、そもそもこのプロジェクトは何かの賞を目指して作っていた訳ではなくて(笑)。正直、エントリーの際には、どの部門に出せばいいか悩みました。エッジなことは全然していませんし。評価をされたのは、どの切り口でも細かくデザインされているところかもしれません。
──町工場の方たちのリアクションはどうでしたか?
下浜:普段目にしている自社の機械より、別の業種の工場の技術に興味を持つんですよ。
木村:技術者の視点ですよね。「バネってこうやって作ってるのか。面白いね」って目をキラキラさせて。広告賞に関しては業界が違うので「ふ~ん、そうなの? おめでとう」という感じでしょうか(笑)。
下浜:でも「あの変なヤツが持ってきた怪しい話は、それなりにちゃんとしてたんだ」とは思ってもらえたらうれしいですね…(笑)。あとは、従業員の方で「自分の仕事に愛着が湧いた」という声もありましたね。そういう意味ではインナーのモチベーションアップにもつながっているのでしょうか。
例えばビデオと合わせて工場案内制作もパッケージに
──従来のクライアントワークとの違いって、どんなところですか?
木村:バンドっぽいんですよね。スタッフのリレーションが。何となくこういう曲を作ろうというミッションがあって、メンバーがフレーズを持ち寄って合体していく。常にいろんなレイヤーで個々が動いていても、バラバラにはならない。長いソロがあっても心地よい。そういう意味で珍しいプロジェクトだと思います。
下浜:例えば、カメラマンやライターさんも、クラブミュージックが好きだから、ということで参加してくれました。スタッフはみな町工場や音楽が好きということだけでつながっている。だけど、絶妙に興味の範囲が違うから、それぞれが熱くなれる分野を主体的に進めています。
──マネタイズについてはどうですか。
木村:日々、アイデアを出しながら進んでいて、やっと継続できる形態ができてきたところです。今後は、コンテンツ、工場、地域など、いくつかのレイヤーで進めていくつもりです。例えば、これはコンテンツのレイヤーでのアイデアですが、PVだけでなく工場案内の制作までパッケージ化できたら、より工場のお役に立てるのではと思っています。
下浜:すでに取りかかっていたり、オファーも頂いている工場もあるので、順次着手する予定です。工業フェスにも呼ばれているから、その場で音や映像をミックスするパフォーマンスもできたらいいなと思っています。
木村:工場はもちろん、まったく別軸からのオファーにも積極的に応えていければと思っています。基本的なレーベル運営は定着させていきつつ、コラボレーションをどんどん実現したい。音楽レーベルが普通にやることを、工場との連携で実現させていくという発想です。
具体的にいうと、既存曲のリミックス・プロジェクトが進んでいます。また、すでに1回やっていますが、ライブストリーミングのDOMMUNEでの番組を定期化したい。あとは、音楽イベント。他は、まだ秘密です(笑)。
──今日着ているTシャツもかっこいいですが、プロダクトのアイデアもありますか?
下浜:ミュージシャン向けに工場音の素材集を作ろうという話がありましたよね。録音素材がいっぱいあるので、生かせるプロダクトも作りたいという話はあります。ドラムマシンアプリとか。
木村:形になりそうな案はいくつかあるので、協力してくれる方々を巻き込みながらコツコツやっていきます。基本、工場の香りに魅せられた方々を次々と巻き込んでいこうというスタンスなので(笑)、例えば今日のように取材に来ていただいた方も巻き込んで、町工場のファンにしていくつもりです(笑)。
下浜:電線を編む工場である明興双葉や、精密切削の由紀精密など、新作も並行して制作中です。
木村:アーティストはまだ秘密ですが、由紀精密の音楽はグルーヴ感の強いミニマルダブに仕上がっています。新作の明興双葉では、ハーネスを編む機械に、フットワーク/ジュークのアーティストが曲をつけてくれています。こちらはまた新たな展開を感じる仕上がりになっています。ご期待ください(笑)。