社会と対話するビジネスの時代
2017/11/30
本コラムも全6回のうち5回目となりました。残りの2回は対話の相手として「外に開かれた社会との対話」そして「内なる自己との対話」について触れていきます。今回は、「外に開かれた社会との対話」として、ビジネスの世界でわれわれは課題を抱え続けるVUCAの時代の社会とどういう対話をしていけばよいかについて述べていきます。
本コラムは、三つのパートで構成されています。
■株主資本主義の時代
■CSRとCSVへ
■エコシステムの全体性を意識する
株主資本主義の時代
ビジネスは、それが属している社会や経済のエコシステム(生態系)の内側に部分として存在しています。しかし、企業の方は周辺にある社会との対話を意識しなくても成立してきました。ただし、これまでは。
ビジネスの世界でわれわれが意識しなければいけないステークホルダーは、時代とともに拡大していく傾向にあります。日本で1960年代に確立した株主資本主義の時代には、株主に気を使いつつ、マーケットや社員を意識することでビジネスは十分に成立しました。いわば対話すべき相手は近いところで見えている存在のみでした。
やがて社会問題や環境問題が表面化し、社員や地域社会、さらには国全体、そしてグローバル経済へと、企業は多様なステークホルダーへの影響に配慮をしたビジネスが求められるようになってきます。ビジネスは、市場を選択したりコントロールしたりするだけではなく、それまでは意識してこなかった社会への影響を意識することが求められるようになったのです。
CSRとCSVへ
その中で、1990年代に導入が進んだのが、CSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)という考え方です。しかしCSRは、どちらかというと本業の領域外での寄付や地域への支援活動として展開していきます。収益を犠牲にしてまでCSRの活動を行うという判断には至らなかったからです。この段階では、企業の社会に対して対話のチャネルはまだ限定的です。
2010年代に入り社会課題の解決をビジネスの競争戦略として活用しようするCSV(Creating Shared Value、共通価値の創造)という考え方が登場します。CSVは本業の領域でしっかり社会課題と向き合うことこそが競争優位となるという考えです。ここで、企業はより広範に社会と向き合った対話が求められるようになります。
しかし、残念ながらCSRやCSVという言葉が定着している今日でも、ビジネスと社会との分断は続いています。それはCSRやCSVを導入している企業が少ないということとは別のところにも原因があります。
CSRやCSVは、その企業の経営理念やビジョンに基づいて実施しているものではなく、社会や株主の要請に対しての「反応的な対応」として実施しているにすぎません。実際に日本の企業でのCSRやCSVの担当者の大半は、企業の中の本業とは独立した存在であり、ビジネスの根幹として理念やビジョンと結びついて実施しているところはまれといえるでしょう。
結局のところCSRとCSVのどちらも、企業が社会から存在を認めてもらおうとするための「反応的な対応」としてのコミュニケーションの行動にすぎなかったのです。これは、本コラムで一貫してお伝えしようとしている「対話」とは異なる概念です。「対話」とは、当事者たちを、影響を与え合う大きな一つのシステムとして捉えた全体性の視点に立ったところから創発を生み出していく行為のことです。
エコシステムの全体性を意識する
ビジネスと社会を対話のレベルに持ち上げるために重要なことはビジネスにおける視座の転換です。これまでの、自己のビジネスを中心に内側から周辺社会を観察して捉えるというこれまでのパラダイムを手放してみましょう。自分の視座そのものを、自己の企業から抜け出して周辺社会の側に置くのです。
それは、同時に周辺社会のエコシステムの全体性を意識するということになります。人体に例えると、心臓の側から、脳や腎臓などの他の臓器を捉えることではなく、人体の全体の側に視座を置いて心臓の在り方を捉えるのです。
ビジネスでも同様に社会全体のシステムの側から、自己のビジネスの存在を見てみるのです。エコシステムの全体像が見えた時に、ビジネスにおける新しい「対話」の在り方が見えてきます。
具体的な事例を一つ紹介します。ドイツのボーフムという都市にGLS銀行というソーシャルバンクがあります。ソーシャルバンクとは社会課題を解決する環境、教育、農業などの事業への融資に特化した金融機関のことをいいます。例えばドイツでは2011年の日本の東日本大震災以降に再生エネルギーへの機運が高まる中で、この銀行は急速に貸し出しを増加させ業容を拡大しています。GLS銀行はそれ以前からもドイツで進展している脱原発での再生エネルギーの普及の裏側で、多大な影響を及ぼしたといわれています。
GLS銀行は「人間のための銀行」という経営理念を持っています。社会課題を解決する融資に特化することは当然のこととして、預金者に対しても「自分のおカネを銀行に預けることには社会に対して責任を伴う」という理念を説きます。預金者はその理念に共感して、自分の子どもや孫の世代に残したい社会を創るために、おカネを預けます。そして、預金者には、融資した事業の内容は透明に開示される仕組みになっています。また、彼らをつなぐコミュニティー形成などのイベントの場もGLS銀行は提供しています。
GLS銀行がソーシャルバンクとしての事業を行っているのは、社会的な責任を果たすためでも、社会的な事業によって高い収益を上げるためでもありません。経営における視点の中心は、エコシステムの全体であり、そのために必要な機能の一つとしてGLS銀行は存在し、社会と対話をしているのです。収益は持続可能な経営を継続するための手段として必要だという考え方によっているのです。
VUCAの時代に突入し、環境問題、格差社会や医療・教育問題など社会課題は複雑さを増しています。その中でビジネスは社会課題の解決とは不可分の存在であり、エコシステムの全体性を意識しながら、社会と対話するビジネスがメインストリームとなる時代がもうすぐそこまで来ているのです。
本コラムの筆者、江上広行氏が金融業界におけるパラダイムシフトを「対話」の中から引き起こすさまを描いたのが、7月に刊行された書籍『対話する銀行〜現場のリーダーが描く未来の金融』です。「対話」されるテーマは「リーダーシップ」や「分権経営」「貨幣の本質」など盛りだくさん、金融業界に関係がない方も、ぜひ手に取ってみてください。