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frogが手掛けるデザインとイノベーションの現在・未来No.10

ボディーハッキング:新しい感覚のためのデザイン

2018/01/23

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「DesignMind」に掲載されたコンテンツを、電通CDCエクスペリエンスデザイン部岡田憲明氏の監修の下、トランスメディア・デジタルによる翻訳でお届けします。

 

誰もが体の中にチップを埋め込む時代

ボディーハッキング(身体改造)は、本来の感覚を強化する、あるいは全く新しい感覚を実現し、人間のエクスペリエンスを高めることを可能にします。自分の手にRFIDチップと磁石を埋め込んだインタラクションデザイナーである私は、このトレンドの先にいったい何があるのだろうかと考えています。ついに、人類は生命という「媒体」をデザインするようになりつつあります。

米国テキサス州のオースティンで、今年で2回目となる年に1度の「ボディーハッキング・カンファレンス」が開催されました。そこで出会ったある男性は、LEDが点滅する、ボタン電池よりも大きなデバイスを手に埋め込んでいました。また、北を向くたびに皮下ピアスが雑音を立てるという人もいました。ボディーハッキングという言葉には、ピアスからペースメーカーまであらゆるものが該当するため、われわれの多くがいろいろな意味でボディーハッカーと解釈することもできます。

現在、チップやセンサーなどさまざまなデバイスを身体に埋め込むことで、人体の限界拡張を目指すサブカルチャー集団が形成されつつあります。ボディーハッキング技術に長けた先駆者による「Grinders」という集団は、生物学とテクノロジーの融合がもたらす大きな変化に備えようとする、確固たる社会的目的を持って活動しています。

▲Grindhouse Wetwareの体内デバイス「North Star」

このような人体実験に、誰もが前向きなわけではありません。けれど、ボディーハッキング・カンファレンスで見たトレンドの一部はいつか主流になることでしょう。今、テクノロジーと生物学は、人間の自然な性質と調和を保ちながら、共生関係を維持しようとぎこちなく歩み始めたばかりです。

芸術が問題提起であり、デザインがその問題解決であるならば、ボディーハッキングが主流になるという考えは、ちょうどその中間になります。ここでは、新たに浮上しているボディーハッキングの活用事例や、それらが提示するデザイン上の課題について述べます。

 

感覚の強化

想像してみてください。指先の神経の敏感さを生かし、そこに巧妙に配置された小さな磁石によって、鉄や電力の存在を感知できたら。あるいは磁力によって、宝石を手でつかみ取るのではなく、引き寄せられるように手の中に収められたら…。

デバイスを埋め込んだ手で冷蔵庫を開けたり、ヘッドホンを拾い上げたりなど、ちょっとした動作をするとき、指のムズムズした感覚に不意に驚いたりします。プロトタイプを制作しているときやスマートフォンの充電中に、コードの通電を感知するときなどは、体内埋め込み式のデバイスの実用性に疑問が生じることもあります。

テクノロジーによって、ツールを感覚器官の代替物として利用できるようになりましたが、その半面、頭の中で精神は次第に小さくなっています。空間と身体の融合は、自己の心理に影響します。感覚が拡張されることで、人は人間中心的な見方を抜け出し、新たな手段を通じて世界にアクセスできるようになります。こうした拡張は人間をより共感的な存在にし、私たちをより共感的なデザイナーにするでしょう。

感覚代行

映画監督のロブ・スペンスが部屋に入ってくるとき、その目の中の赤いLEDライトに気付かない人はまずいないでしょう。彼が自分を「アイボーグ」と呼ぶ理由がすぐに分かります。この種のテクノロジーの価格が安くなるのは単に時間の問題で、スペンスのように映像を記録したり、ズームインして細部を検証したり、あるいはターミネーターの視覚を完璧に手に入れるために、目に特殊な拡張技術を施すことが可能になります。

ポール・バッハ・ワイ・リタは、感覚代行の先駆者です。感覚代行とは、ある感覚の欠損を別の感覚で補う試みです。また彼は精神の可塑性を広く人々に気付かせた最初の人物でもあります。1969年にバッハ・ワイ・リタは、感覚代行が可能であることを証明しました。2015年、彼の妻が彼のかつての研究を発展させた「Brain Port」によって、FDAの認可を取得しました。現在、視覚障害者は、舌の上の触覚インターフェースを通じて、ものを見ることができます。4日間でわずか10時間のトレーニングコースを終了すると、ユーザーはこのデバイスを使用して基本的な物体を認識できるようになり始めます。

この他にNeo Sensoryという企業も感覚代行デバイス「VEST」を提供しています。このデバイスは聴覚障害者のために設計されており、着用したベストを通じて音が触覚に変換されます。着用者は数週間で文章を理解するようになり、この新たな感覚を完全に自分のものにします。

精神にどれほど適応力があるのか、その「プラグ・アンド・プレイ」な性質によって感覚相互の変換が実現しつつあります。新しい感覚を統合できるようにする適切なトレーニングプログラムがあれば、その可能性は非常に大きくなります。デザイン思考を適用することで、より直観的に学習を重ねることができ、こうしたデバイスの導入ハードルを低くすることができます。

自己表現

パフォーマンスアーティストのオルランの「カーナル・アート(肉的芸術)宣言」は20年以上も前に書かれましたが、そこには今日の大衆に浸透しつつあるテクノロジーが示されています。オルランは次のように述べています。「カーナル・アートは、損傷と再成の間を揺れ動く。それが肉体に刻むものは、私たちの時代の機能だ。身体は『改造されるレディメード』(既製品)になった。もはやかつてのように空想上の話とは見なされない…」

テクノロジーへのこうした審美的アプローチは今、芸術家とファッション業界の両方から受け入れられようとしています。おそらく、オルランはレディー・ガガの「顔面補てつ」に影響を与えたでしょう。トリチウム・ガスの減衰を利用して暗闇で体内器具を光らせる「蛍光タトゥー」や、スマートフォンの読み取り部に近づけると光るNFCネールなど、いずれもファッションショーに出品され、インターネットに出回っています。

▲NFCネイル

 

主流になるまでのハードル

それでもこれらのデバイスが主流になるまでに越えなければならないハードルが少なからずあります。マーケティング面で、企業は潜在的な顧客層が、器具を埋め込むために皮膚を傷付けるという精神的抵抗を乗り越えられるよう支援する必要があります。

また追跡されたり、ハッキングされたりしないことをユーザーに安心させる必要もあります。前述のGrindersはこうしたデバイスをデザインし、独立系のボディーハッカーが加工できるように提供していますが、安全規約が適用されないため、その本質上、安全ではありません。

ただ、これらのデバイスのハッキングは容易ではありません。例えば、仮にハッカーが私の家に侵入するために、私のチップ上に刻まれたごく小さな文字列の情報を見たかったとしたら、かなり近づかなければならないでしょう。それならばドアをピッキングで解錠した方が楽です。

プライバシーに関しては、企業はこれらの体内デバイスから収集されるあらゆるデータを発掘したいに違いないでしょう。最も考えられるのは、企業がユーザーに、自身のデータによって報酬を得られるオプションを提供することです。それでもこの分野を進歩させるためには、ユーザーが自分のデータを所有していると安心できる必要があります。テクノロジー自体が体内で稼働しているのですから、なおさらです。自分の生体の一部に企業のブランドが刻印されるかもしれないと思うとゾッとするでしょう。

1998年に初めて人にチップが埋め込まれて以来、普及の面では長い道のりを経てきました。現在、こうした行為を熱心に支持する全体的な動きがあります。10~20年後には、ほとんどのウエアラブルデバイスは、おそらく体内に埋め込まれるようになるでしょう。ただし、これらのデバイスが一般化するには、相互接続されるようになる必要があります。

今日、Appleによって自分の心拍をテキスト化できるようになりましたが、数年後には、他の誰かの心拍を追加の感覚として獲得することで、例えば、子どもや愛する人が近くにいることを感知できるようになるかもしれません。個人のプライバシーは問題ですが、この種の親しい間柄でのデータ共有については、社会は不利益よりも利益を考慮しようとするでしょう。

プロトタイプ(原型)からフェノタイプ(表現型)へ

 

デザインの研究や人体の徹底的な理解が、これまでになく重要になります。適切なユーザーテストを行わなければ、社会への影響がどうなるかは誰にも分かりません。


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ファビオラ・アインホルンオースティンのfrogに所属するスウェーデン人のインタラクション・デザイナー。人間を取り巻く状況やテクノロジーとの関係について、忘れられた、あるいは隠された真実を検証している。医療用の製品やサービスのデザインで幅広い経験を持ち、そこで得た知識が人体改造の将来についての探求に生かされている。テクノロジーはデザインに役立てるべきであり、社会全体の善に貢献できるという信念を持つ。