frogが手掛けるデザインとイノベーションの現在・未来No.9
痛みを緩和する仮想現実のデザイン
2017/12/22
この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「DesignMind」に掲載されたコンテンツを、電通CDCエクスペリエンスデザイン部・岡田憲明氏の監修の下、トランスメディア・デジタルによる翻訳でお届けします。
frogのデザインを通じたイノベーションは、医療、健康の分野にも及んでおり、frogが取り扱うデザイン領域の中でも重要な位置を占めるようになりました。2016年に公開した熱傷患者向けのVRゲームは、治療中の患者の身体的・精神的苦痛を緩和することに成功し、医療現場におけるソリューションにひとつの指標を提示したと言っても過言ではないでしょう。「価値とは標準を越えて生み出される」というアグネス・パーチラ氏の言葉(連載第2回)を思い起こしながら、このゲーム開発のコンセプトを見ていきたいと思います。
熱傷治療現場の課題に目を向ける
ひどいやけどを負ったとしましょう。その痛みはこれまでに経験したことのないものです。人生で最悪の瞬間に苦しみながら、症状を鎮めようと病院へ駆け込みますが、それは長い苦しみの始まりにすぎません。
応急処置の後、数週間から数カ月にわたり継続的な治療を受けるために、熱傷治療センターに通うことになります。特に最初の頃の治療は、やけどを負ったときと同じぐらいの苦痛を伴います。患部からガーゼを外し、傷を洗浄した後、軟膏を塗布し、再び包帯をします。この手順は、最長で2時間もかかり、焼けた皮膚を感染から保護するために、毎日、場合によっては1日2回行わなければなりません。さらに、手術が必要な場合もあります。その苦痛は容赦なく、徐々に回復するとはいえ、心に傷を残します。
やけどによる激しい損傷、そしてそれに続く数日、数週間、あるいは数カ月に及ぶ頻繁な傷の手当てと包帯交換は、患者が経験し得る最もつらい苦痛のひとつです。鎮痛剤のオピオイドは疼痛管理の主力薬ですが、短期および長期に及ぶ副作用があることで知られています。また、こうした投薬にもかかわらず、熱傷患者の痛みが十分に緩和されないことがしばしばあります。
熱傷患者向けの低コストVRを開発するベスト・プラクティス
患者の気をそらすことは、服薬に代わる疼痛管理の有効な手段のひとつとして知られています。数々の研究から、VRの没入環境は、治療を受ける熱傷患者の気をそらす上で極めて効果的な方法であると実証されているのです。しかし、VRは調査研究を除き、臨床診療では普及していません。こうしたシステムの多くは特注で高額だからです。Samsung Gear VRやOculus Riftのような新たに登場したシステムによってVRはより身近になりましたが、臨床現場にとってはこれらでさえ高価過ぎる場合があり、まして感染対策上の懸念を減らすために患者の人数分の機器が必要となるのであればなおさらです。
そうした中、Google Cardboardによって、ほとんどの人に普及したスマートフォンに安価な段ボール紙の箱とレンズを組み合わせて、医療に適したVRシステムをつくれる可能性が出てきました。しかし、現在のGoogle Cardboardヘッドセットは、湿気の多い熱傷治療現場向けにはつくられていません。さらに現存するゲームのほとんどは、ユーザーが起立した状態で、前後・上下・左右に自由に動き回れることを想定して設計されているため、熱傷治療を受ける患者には適しません。
frogは、これをデザインの課題と見なしました。すなわち、熱傷治療に関する機会や制約を把握し、これらの条件に適した安価なヘッドセットとVRゲーム・エクスペリエンスを設計するのです。frogの医療デザイン部門のフェローであり、スタンフォード形成外科のレジデント医であるブライアン・プリッジン医師と協力し、複数分野の専門家によるチームで、この課題に取り組みました。
この情熱的なプロジェクトの成果は、極めて入手が容易で、組み立てやすく、熱傷治療の現場での使用に適した安価なヘッドセットのコンセプトとなるでしょう。ヘッドセットに加えて、熱傷患者向けの「Ēpiónē」というオープンソースのゲーム・コンセプトを開発しています。この先、他の開発者が患者向けにVRエクスペリエンスを製作する際に、このコンセプトがプラットフォームまたはテンプレートとして活用されることを期待しています。このゲームでは、患者はやけどの治療に適切な体位を維持しながら、苦痛から気をそらせてくれるVR環境に没頭できます。
このコンセプトに取り組みながら、プロジェクトチームは、以下に詳しく示すデザイン原則のリストをつくりました。これらの原則は、ハードウエアとソフトウエアの両方のデザインと開発を通じて浮上したものであり、現場調査、看護師や患者へのインタビュー、ユーザーテストによって確認されたデザイン上の制約が考慮されています。こうした原則は、医療向けのVR利用に一般的に当てはまると考えられますが、あくまで熱傷患者を想定して作成されています。医療用ソリューションをできる限り広く利用されるものにしたいという精神のもと、この分野でソリューションの設計や製作を手掛ける全ての人々のために、この原則を公開します。
医療用VR製作のためのデザイン原則──医療分野におけるソリューションのために
ヘッドセット
いくつかのデザイン上の制約により、特注のVRヘッドセット・ソリューションを追求せざるを得ませんでした。極めて安価で、耐久性と防水性のある素材を使用して製作され、患者にとって快適である必要がありました。できれば、効率的に配送できるように平らに梱包された部品から簡単に組み立てられるデザインが理想的です。ヘッドセットデザインの指針とされた具体的原則は、以下のようなものです。
この記事の続きはウェブマガジン「AXIS」にてご覧いただけます。
ブライアン・プリッジン(医学博士)
frogの客員医療スペシャリストであり、スタンフォードの形成外科レジデント。frogに在席しながら、人間中心のデザインと、テクノロジの斬新なアプリケーションを融合することで、医療提供と患者ケアを向上することへの関心を深めている。
チャールズ・ユースト
モバイルアプリやウェブアプリケーションから空間展示に至るまで、さまざまな規模のさまざまなプラットフォームにわたって、魅力的なデジタルエクスペリエンスを実装してきた経験を持つ。研究活動とともに、各種言語によるソフトウエア開発、先端技術を活用したインタラクティブなプロトタイプの製作を行っている。
アンドリュー・ハスキン
複雑性や抽象性の中に秩序や意味を見つけることを得意とするインタラクションデザイナー。工芸にプロセス指向の実用主義を融合し、革新的で型破りなアイデアを実行しており、デザインが持つ力への彼の無垢な情熱は人々の共感を呼ぶ。