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アートが国をブランディングする。5年に1度の芸術祭「ドクメンタ」レポート

アートで価値をつなぐ「美術回路」プロジェクト №5

  • 東 成樹

2018/03/14

アートが国をブランディングする。5年に1度の芸術祭「ドクメンタ」レポート

こんにちは。アートに関するプロジェクト「美術回路」を担当している電通の東成樹です。美術回路は社内外横断組織で、メンバーにはコレクターや研究者、さらにアーティストもいます。昨年には「アートで仕事をつくる」をテーマに講演会を開催し、社内外から200人が参加しました。

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業種や職種に関わらず大勢が参加し、アートへの関心の高さがうかがえた(撮影:横浜スーパー・ファクトリー)

日本のアート・マーケットはもっと大きくなる余地があります。私たちのミッションは、アートにまつわるさまざまな人々をつないで、「回路」をつくること。日本の作品が国内外から批評され、価値が上がって美術館やコレクターの手に渡っていく、という循環を生み出すことで、アートの価値を上げていくお手伝いをしたいと考えています。

お問い合わせ:美術回路  kairo@dentsu.co.jp

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昨年開催された10年に1度の「ミュンスター彫刻プロジェクト」の取材に続き、今回は「今後5年間の美術展の方向性を決める」と評され、世界で最も影響力のある芸術祭の一つとされる「ドクメンタ」のレポートをお届けします。

「現代アートといえばドイツ」という立ち位置は、ドクメンタによる影響が大きいといわれています。しかし、なぜカッセルという一地域で始まったこの取り組みが、一国の文化的な評価を左右し、美術史を動かすほどの芸術祭になったのでしょう。そして、時に議論を巻き起こすほどメッセージ性の強い作品を展示しているにもかかわらず、行政や企業からの手厚い支援が絶えないのはなぜでしょうか。今回の展示内容の紹介や、ドクメンタのマーケティングを担当するダニエル・ノイゲバウアー氏へのインタビューを通じて、政治的に難易度の高い作品であろうとも展示が実現できるドイツの風土をひもときます。

戦後ドイツを「文化の国」として世界にアピールする 

まずは、ドクメンタの成り立ちをお話しします。

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開催地は、ドイツのおへそに位置するカッセル。第2次世界大戦の被害で町の8割が破壊され、戦後はフラワー・フェスティバルが行われていました。

終戦から10年の月日が流れた1955年。ようやく経済的にも回復の兆しが見えてきたドイツでは、歴史を見つめ直し、他国との対話を取り戻したいという声が国民から上がってきました。そこで、数々の展示を手掛けてきたカッセル出身のアーノルド・ボーデ氏が、人々の共通言語であるアートを通じてドイツを文化の国として発信しよう、そしてドイツを西洋の文化の流れに再び組み込もうと、第1回ドクメンタを開催しました。

参考:Siebenhaar, Klaus (2017). documenta. A BREIEF HISTORY OF AN EXHIBITION AND ITS CONTEXTS. Berlin: B&S SIEBENHAAR VERLAG Berlin/Kassel, 27-28. 


近代の名作に再び光を当てるため、戦中ナチスによって否定されていたピカソやカンディンスキーらの作品を展示。退廃芸術として国に否定されていた作品を改めて展示しており、戦争の過ちを忘れないようにしていた姿勢が伝わります。

これ以降、ドクメンタでは時代を代表する作家の作品を展示するようになり、現代アートの代表的展覧会と認識されるようになりました。そして第5回(72年)からは5年に1度の国際展として定着したのです。

政治的メッセージが込められた作品たち

ドクメンタの会場は通常ドイツのカッセルですが、14回目となる今回のドクメンタ(17年)は、カッセルとアテネ(ギリシャ)の2会場で行われました。カッセルでは6月10日~9月17日で約90万人、並行して行われたアテネでは4月8日~7月16日で約30万人が来場したそうです。

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プレス発表会の会場。会期より一足先に、プレス発表会に参加しました
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左の写真では、ドクメンタのアーティスティック・ディレクター、アダム・シムジック氏が登壇しています。右側はプレスキット。マップ、さまざまなパフォーマンスのスケジュール、公式本の割引券、レセプションパーティーの招待状などが入っています。プレスキットによると、メインスポンサーはフォルクスワーゲンとSparkassen Finanzgruppe(貯蓄銀行グループ)です。

カッセル市内35カ所の会場で、約160人の作家による展示を展開。移動は基本的に徒歩かトラム(路面電車)で、一部の会場へはスポンサーのフォルクスワーゲンによる無料送迎サービスもあります。全ての会場で作品を見るには、丸3~4日かかります。

では、代表的な作品をいくつか紹介しましょう。

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マルタ・ミヌヒン氏による“The Parthenon of Books”(17年)は、発禁処分になった約10万冊の本を積み上げて神殿をつくったもの。アテネのアクロポリスの丘にあるパルテノン神殿と同じ大きさで、アテネ会場との呼応を意識しています。オープニング前に撮ったために、写真は建造途中の様子です。

この作品が建てられた場所は、メイン会場の前のフリードリヒ広場。ここではナチス・ドイツの下で、思想に合わない本が燃やされた歴史がありました。政治的なメッセージを込めた展示であることが分かります。

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これは、何だと思いますか? 初めて見たとき「あぁ煙が出ているなぁ」と思っていたのですが、実はダニエル・クノール氏による“Expiration Movement”(17年)という作品。後で「あれは作品だったんだ」と知りました。

この作品も、発禁処分で燃やされた本を想起させます。戦争の被害により、ここにあった図書館も燃えたそうです。また、もくもくとした煙は工場の煙突を思わせ、同氏によると、お金の飛び交うアート・マーケットを示唆しているのだそうです。

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こちらは、ノルウェーのマーレト・アンネ・サラ氏による“Pile o’ Sápmi”(17年)という作品。トナカイの頭蓋骨が、カーテン状につるされています。北欧先住民であるサーミ人にとって、トナカイは単なる食料ではない重要な生き物です。しかしノルウェー政府はトナカイの削減のため、サーミ人に飼育するトナカイの処分を強制する法律を制定。これに対し、サーミ人である作家の弟が政府を相手取り裁判を起こしました。この作品は、少数民族の生き方の問題をあらわにしています。

一つ一つの頭蓋骨をよく見ると、銃で撃たれたような穴が開いており、これは政府による強制の荒々しさを物語っています。

参考:ドクメンタ公式サイト

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写真の中央に、金色の丸が見えるでしょうか。最後に紹介するのは、ウォルター・デ・マリア氏による“The Vertical Earth Kilometer”(77年)。実はこの金色の丸の直下1キロにわたり、金属ロッドが地面を貫通しています。作品はほとんど見えませんが、鑑賞者は地下1キロに埋められた作品を想像することで、地表に立つことの不思議さを思い起こします。6回目のドクメンタで展示された作品でした。カッセルには、歴史に残る作品が今も残っているのです。

たとえ議論が巻き起ころうと、勇気を持って展示する

一地域の芸術祭に、なぜ世界中から人が集まるのでしょうか。ドクメンタの運営メンバーで、情報発信や協賛担当を担うダニエル・ノイゲバウアー氏に話を伺いました。

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取材に答えていただいたダニエル氏(Photo: Judith Warringa)

カッセルは市を挙げてドクメンタに協力しています。なぜでしょうか。

「世界中からの来場者により、大きな経済効果があるからです。カッセルが戦時中に大きな被害を受けたのは、軍事産業が盛んだったから。裏を返せば、戦後は産業をあまり持っておらず、カッセル市の資産の一つはヨーロッパ大陸で初めての私立美術館である、フリードリチアヌムでした」

戦後、産業も街も復興途上の中で、美術への市民の理解を頼りに現代アートに注力したカッセル。実際に今年、カッセルには100日の会期中に約90万人が訪れたそうです。仮に1人当たり数万円消費したと考えれば、多くの金額が市に落ちることが分かるでしょう。

しかし、作品が政治的な問題に触れるのは、市やスポンサーにとって恐ろしくないのでしょうか?

「怖がっていては、展示をつくれません。なぜなら展示は、議論を巻き起こすべきものだからです。もちろん、美しい花や、夕日が沈む風景の絵を見せれば人々は喜びますが、世界を動かすことはできません。物事を動かすには、ディスカッションを生むことが大切。そのためには、摩擦が必要なのです。私たちは、摩擦にも対応できる勇気を持たねばなりません。

アートは、世界で何が起きているかを人々に語るツールだと思います。現状起きている危機を指さして、みんなの目を向けさせる役割。議論を引き起こすような政治的な作品を通じて、長い目で見て鑑賞者の精神を柔軟にしていきたいです」

ドクメンタの目指すアートは五感を刺激するだけでなく、議論を起こすほど強いメッセージを持つものであり、地域を超えて、世界に向けた発信となります。ドイツではこの思想を市や大手メーカー、銀行が恐れを持たずに支援する環境があります。だからこそ、世界中の人が訪れたくなる、美術史に影響を与えるような展示が実現できるのです。


ところで、今回のドクメンタのロゴはフクロウでした。どのような意図があったのでしょうか。

doculogo

「まず一つ目に、フクロウは知恵の神であり、今回ドクメンタを同時開催したアテネのシンボルでもあります。神話によると同地を守っていたそうで、実際に古代、アテネにはたくさんのフクロウが住んでいたそうです。

次に、フクロウは首をかしげることでさまざまな方向から物事を見ることができます。これが、“新しい視点を与える”という私たちの思いと連動しているのです」

今回のテーマは、「アテネから学ぶ」でした。カッセルのみで行われてきた展示を、なぜ国を越えてアテネでも開いたのでしょうか。

「作品は、その周りの状況から独立して存在することはできません。同じ作品でも、カッセルとアテネでの展示は全く違う意味を持ちます。それが、ドクメンタで伝え続けていることです。視点を変えること。立場を変えること。フクロウのように羽ばたき、首をかしげることによって、物事の全体像に近づくことができるのではないでしょうか」

西欧の特定の国で編まれてきたアートの歴史を、アテネという別の視点から見直そうという姿勢が伝わります。例えばドイツとギリシャは、共に難民受け入れの問題を抱えています。それぞれの地で、民族問題に関する作品を展示するとどのように見え方が変わるか。このような問題意識を、私たちに投げ掛けているのです。

アートへの理解と、議論を恐れない勇気

ドクメンタは単なる一地域の観光施策にとどまらず、世界への問題提起を行っています。その背景には、「世界の共通言語であるアートを生かして、戦後ドイツを文化の国に位置付けよう」という壮大な意思がありました。そして現代アートを核にした展示がなされ、世界的な作家が集まってきたのです。

ではどんなアートでもよいのでしょうか? ダニエル氏によると、ただ美しい絵ではなく、議論を巻き起こすような作品が大事だといいます。だからこそ、世界の問題に対峙するような国際的な作品が集まってくるのです。

私たちがドクメンタから学べるのは、運営チーム、市、スポンサー、鑑賞者たちの理解と勇気です。反対意見も含めてディスカッションが生まれるからこそ、作家・キュレーターたちはよりレベルの高い作品・展示を追求できます。

世界の美術界に影響を与える展示を支えているのは、アートを受容する風土なのです。