「ファンベース」が世界を楽しくする。営業がそれを加速する。
2018/05/25
読後、ふと、電通に入社して営業職に配属された初日に当時の上司から言われた言葉を思い出しました。「本田、営業の仕事を一言で言うたら、ファンづくりや。社内にも社外にも本田のファンをつくること、それに尽きるんや」
さとなお理論の最新形が「常連さん施策」?
今回紹介させていただくのは「さとなお」さんこと佐藤尚之氏の新著『ファンベース-支持され、愛され、長く売れ続けるために』(ちくま新書/2018)です。
佐藤尚之氏といえば、その著作で、広告業界、ひいては日本のマーケティング業界に常に一石を投じ続けてきたコミュニケーション・ディレクターであることは、ご存知の方も多いかと思います。
『明日の広告』(アスキー新書/2008)でマス広告一辺倒のコミュニケーションプランニングの限界を早々と予言し、『明日のコミュニケーション』(アスキー新書/2011)でソーシャルメディア時代のコミュニケーションデザインの何たるかを定義し、『明日のプランニング』(講談社現代新書/2015)ではファンベースとマス(大衆)ベースを切り分けて考えるプランニング手法を提唱するなど、時代、社会の変化とともに、常にその理論をアップデートされてきた佐藤氏。
その最新著作のタイトルがズバリ『ファンベース』。前著で紹介された「ファンベース」という考え方に特化して、その導入・強化・実際の施策などについて具体的に書かれた本書ですが、未読のまま目次をパラパラめくるだけだと「今さら常連さん施策?」と勘違いしてしまうかもしれません。ただ、今という時代になぜその考え方が必要なのか、そしてそれを今という時代に具体的にどのように実践するのがよいのか、本書では、とにかく今という時代に徹底的にフォーカスして語られ、かつ施策の導入方法が具体的事例とともに実践的に説明されており、なんとなく分かっている気でいる「常連さん施策」という経験知を「ファンベース」というメソッドに昇華しているのだと感じました。
ファン=「価値」を支持している人
「ファンベース」という考え方の中で、個人的に最も重要なポイントだと理解したのは、ファン=「価値」を支持している人と定義している点です。
ファンとは「企業やブランド、商品が大切にしている『価値』を支持している人」と、この本では定義したい。(P8)
商品そのものではなく、商品が「大切にしている価値」を支持している、つまり、例えばランニングシューズならシューズそのものではなく、ランニングにおけるそのシューズメーカーの課題解決や提供価値を支持する人たちをファンと定義しているのです。
その定義をしっかりと理解できれば、「ファンベース」がアップセル、クロスセルに代表されるような既存顧客に対する単なるリピーター施策ではないことも腹に落ちます。
よく間違われるのは、「今いるファンを大切にする」=「そのブランドや商品の『現在の価値』を維持してくれるファンと一緒にそれをキープしていく」と考えることだ。確かにファンは、そのブランドの商品の「現在の価値」が好きでファンになっている。変わらないでほしい部分ももちろんある。でも、その価値の延長線上にある、もっといい「未来の価値」にも強く期待しているし、それを企業と一緒に夢見たいと思っている。(P37,38)
ファンの支持を強くする「共感」「愛着」「信頼」のアプローチ
第3章からは「ファンベース施策」を実際に導入する際の、まさに明日からでも取り組めるような具体的な方法論が余すところなく紹介されています。
少数のファンの支持を強くしてLTV(ライフタイムバリュー)をじわじわ上げていく「ファンベース施策」における基本とも言える、ファンの支持を強くするための3つのアプローチを引用したいと思います。
ファンの支持を強くする3つのアプローチ
1)「共感」を強くする
・ファンの言葉を傾聴し、フォーカスする
・ファンであることに自信を持ってもらう
・ファンを喜ばせる。新規顧客より優先する
2)「愛着」を強くする
・商品にストーリーやドラマを纏わせる
・ファンとの接点を大切にし、改善する
・ファンが参加できる場を増やし、活気づける
3)「信頼」を強くする
・それは誠実なやり方か、自分に問いかける
・本業を細部まで見せ、丁寧に紹介する
・社員の信頼を大切にし「最強のファン」にする
(P99図19を一部改変)
本書内では、上記のような概念だけでなく、傾聴のためのファン・ミーティングの実施方法などまで詳細に説明されています。
営業職が考える「ファンベース」
広告会社に限らず営業職の方にもぜひ本書を手にとってほしいと思う半面、営業職としてはこの考え方をどうやってお金に換えるのか悩んでしまうこともあるかと想像します。ただ、そんなときは、全顧客の上位20%が売り上げの80%を生み出しているという“パレートの法則”を思い出すと、「売り上げ」という面から見てもファンがいかに重要かに気付くことができます。
また、本書内でも紹介されているように、マツダがたった5人の熱狂的ファンと「アテンザ」を共創したり、カルビーがファンコミュニティーサイトで1年かけて「じゃがりこ」の新フレーバーを開発したり、すでに何年も前からファンの重要性に気付き具体的なアクションを起こしている企業も多く出てきています。
定型の売り物を持たないわれわれ広告会社の営業職は、「ビジネスをつくる」=「売り物をつくる」ことが仕事であると常々考えてきたのですが、これからはその「ビジネスのつくり方」も変えていくことを意識しないといけないのかもしれません。どんなビジネスやコミュニケーションプランを考えるにしても、まず一度、「ファンベース」を思考の中心に据えてみる。
そうすると、支持される「価値」を見失わずにプランニングを進めることができるので、そこから生まれる複数のアイデアや施策がブレのないものになるはずです。
そして、営業職のビジネスパーソンが日々の業務の中でそれを実践していくためのヒントはまさに本書の中にあるのだと思い当たりました。
ファンベース施策の基本でもある「共感」「愛着」「信頼」のアプローチ。これすべて、ファンをクライアントと置き換えて読めば、まさにビジネスのつくり方を変えていくために、日頃のクライアントとのコミュニケーションにおいて実践すべき至極の金言ではないかと!(…まだまだできること多いぞ…!汗)
「ファンベース」というキレイゴトを楽しむ
一方で、自分のようなすれっからしの人間は、どこかで「とはいえ、ビジネスの現場においてはキレイゴト感が拭い切れないかも・・・」と、モヤっとした気持ちがあったのですが、本書の締めくくり部分にまさにそれについての回答がありました。
上司から業績への影響を問われたり、日々の数字に現実的に向き合っていると、ファンベースなんか単なるキレイゴトに思えて、空しく思える日もあると思う(実際には売上に直結しているのだけどね)。
でも、あえてキレイゴトを言うが、あなたは人生において何を大事にするのかということを試されているとボクは思う。何のために会社に入り、何のために仕事をし、何のために生活者にその商品を売っているのか、である。
(中略)
キレイゴトを楽しもう。キレイゴトなくして何の人生か、とボクは思う。
(P269)
佐藤氏は言います。「伝えたい相手を笑顔にしよう」。本当に好きだと思えるモノやコトやヒトたちが笑顔でつながっていく世界。そんな世界を1ミリでも大きく広げる仕事がしたい。それこそ、広告業界の門をたたいた23歳の頃に自分が強く持っていた思いじゃないか。もう一度初心に戻って現実もキレイゴトも全部まとめて、「ファンベース」で営業=ビジネスプロデュースという仕事を思いっきり楽しんでいこうと思いました。