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『迷子のコピーライター』

DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.78

2018/07/27

『迷子のコピーライター』

今回は、各地方でのポスター展などで近年活躍目覚ましく、また会社の近しい先輩でもある日下慶太氏の著書『迷子のコピーライター』(イースト・プレス)を紹介します。

迷子のコピーライター

著者の経歴と書籍タイトルから、「クリエーティブ(特にコピーライティング)に関する何らかの仕事論の本」だと思ってこの本を開くわけですが、冒頭から、いきなり著者の学生時代のバックパッカーとしての海外放浪の描写がはじまります。「あ、これはオープニング、導入部分なのかな?このときの経験を原体験としてワタシは~と仕事の話に持ってくるのかな?」と思うじゃないですか。ところが日下青年はそのまま延々と青春の放浪を続け、「仕事論」を求めて本書を開いてしまった読者も完全に目的を見失い「迷子」として青春の放浪に同行するハメに陥ります。

しかし、ロシアでスパイ容疑をかけられ、チベットで壮絶な鳥葬を目撃し、バーミヤンでタリバンの事務所に連れ込まれ緊迫感あふれるやりとりをし…とページを進めるうちに、気づくとその疾走感ある描写に引き込まれています。そして、自分を見つけられないまま自分探しの旅の期限を迎えた日下青年は日本に帰国することになり、晴れて第一章は幕を閉じます。「さあ、第二章でこれまでの経験をもとにした仕事論がはじまるんだな!」と読者も当初の目的を思い出すわけです。

要旨や要点ですくいきれないところに本質がある

ところが、幕開いた第二章ではまたもや「新入社員日下くん」の悪戦苦闘の記録が始まり、読者は再び目的を見失いつつも、その描写にいつしか引きこまれていきます。そのまま迎える第三章で日下壮年に順風満帆なクリエーター生活の道筋が見え始めるのですが、その矢先に重病になり年単位で仕事の第一線から離れることに。その間にも子どもが生まれ父親となり、肉親を失い、大学教授である自らの父親の退官講義を聴講し、東日本大震災を経験し…いつしか読み手は著者の人生を並走しているような心持ちになってきます。

そうして訪れる怒涛の第四章、題して「人生の逆襲」。仕事復帰のための慣らし運転中に大阪・新世界でセルフ祭という妙なイベントに関わったことをきっかけにさまざまなことがつながっていき、メディアやSNSでも話題を呼び続けている「商店街ポスター展」というフレームの考案、受賞ラッシュに至るわけですが、その際、それまでに描写されてきた人生におけるアレコレが話題になったアレコレに具体的につながっているということは直接は語られません。

しかし、ここまで著者の人生に並走してきた読者にはこの結果は必然だったように思えるのです。爆発的な話題化の要因を整理・分類して、したり顔で語ることはやろうと思えばできるのでしょうが、本書はあえてそのような形式で書かれていません。ビジネス書で言うところの結論、TIPSは実は巻末に「オマケ」としてついています(このバランス感覚!)。でも、そのためのヒントのようなものはいたるところに散らばっているし、要旨や要点としてすくいきれないところに実は本質があったりする、ということがここまで著者に付き合ってきた我々にはもはや自明なわけです。

要約すると、誰もが思いも寄らないルートで迷子から生還した人生旅行記?

あまり本書のことを要約したくないのですが、多くの方に興味を持っていただくためにもあえて一行にするならば「一度は見えた世間的な成功への道を病気により断念したが、自分ならではの別の戦い方を模索し、結果、目覚ましい成果を出すことに成功した、その全記録」といったところでしょうか(二行以上ですね…)。

私はなんとなく、人間ひとりひとりの人生はそれぞれ独立した別の旅の行程で、おのおのが自分の行程で経験したアレコレを「あっちにはこんなおもしろいものがあったよ」「あそこはこんなに恐ろしいところだったよ」と持ち寄って共有するのが人間社会の営みで、各人の試行錯誤の結果、世の中は少しずつだけれども過ごしやすくなっている、といったイメージを持っています。そういう意味では、一度は完全な迷子になってしまったかのように思えた状況から、他の誰もが思いも寄らないルートで生還したその旅行記でもある本書は、多くの人が共有しておくべき滅多にない貴重な行程の記録であるといえます。

また、本書の特徴として「登場人物の数が尋常でない」があります。数えてみたところ、208名の人が何らかの著者とのつながりを持って登場していました。つまり、それだけ多くの人々の別々の行程がつながりあって重なりあって、何らかの化学反応が起きたその全記録でもあるわけです。

ポスターを作る際に、その店主に取材をし、人となりや歴史を掘り起こして表現にする手法をエスノグラフィーになぞらえて「エスノクリエーティブ」と称するくだりがあります。生産性や効率の追求だけではなく、「好奇心に先導された寄り道」とでもいうような行程を積み上げていくことによってのみたどり着ける境地というものが、やはりあるのではないでしょうか。

私たちも、プライベートにおいてときに迷子になり、ときに公私混同し、あるいは自分とはまったく異なる人生の旅行記を書いている人の話に耳を傾けてみる、そういう機会を持つことが新しい何かを生み出すためには大切なように思います。ぜひ、本書をそのひとつのきっかけとして手に取ってみてください。

電通モダンコミュニケーションラボ

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