映画監督・長久允が語る「電通社員のまま、映画を撮り続ける理由」
2018/07/06
広告の枠にとらわれない電通クリエーターを取り上げるインタビュー連載。
初回は営業からクリエーティブへ、そして今は映画監督としてさまざまな仕掛けをする長久允氏(コンテンツビジネス・デザイン・センター)に話を聞いた。
Yahoo!ニュースの1行から生まれた代表作
── 電通社員でありながら映画監督として活躍している長久さん。普段どのような仕事をしているのでしょうか?
「そうして私たちはプールに金魚を、」で2017年にサンダンス映画祭※のグランプリを頂いたのをきっかけに、現在は社員として長編映画に取り組んでいます。
撮影までに分厚いコンテを描き、ロケハンをして、映画1本分を全て自分で演技した僕バージョンで撮ってビデオコンテをつくり、それを元に撮影します。
自分でPR設計までやることも多いです。ニュースに取り上げてもらえるように工夫してリリースを書いたり、イベントの仕込みからホームページの設計までやります。
頭からディテールを詰めないとできないタイプなので、全部自分でやりたくなってしまうんです。忙しくはありますが、好きなので楽しいし、自分でやった方が早いし、スタッフにも無駄な労力をかけなくていいかなとは思います。
※インディペンデント映画を対象とした映画祭で、クエンティン・タランティーノ氏を輩出するなど、映画関係者からの注目度が高い。
── 「そうして私たちはプールに金魚を、」が生まれたきっかけを教えてください。
有給休暇を使って全く個人的に制作したものです。元々、青山学院大学でフランス文学を学びながら、ダブルスクールでバンタン映画映像学院(名称当時)に2年間通い、映像を学んでいたので、趣味で映画は撮っていました。
── 鮮やかな色彩と斬新な構図、テンポの速さに魅了されるこの作品は、ごくありふれた中学生の女の子の日常を描いているものですが、どこから発想を得たのでしょうか?
この作品を撮ろうと思ったきっかけはヤフトピ(Yahoo!トピックス)の1行です。
埼玉県の中学生の女の子4人が学校のプールに400匹の金魚を放つというニュースだったんですが、そこに書かれていた彼女たちの動機が「きれいかなと思って」というたったひと言に凝縮されていて、本当にそうなのかなという違和感を抱きました。
なかったことにされてしまった彼女たちの気持ちを拾い上げて映像にしてあげたい。そんな使命感から生まれたのがこの映画です。
だから、ストーリーが浮かんだというよりも、感情が浮かんだのに近い。僕の勝手な思い込みなんですけどね。
各業界のニーズをとらえ、ヒットの仕組みをつくる
── PR設計に求められている切り口など、世の中の流れを読むために心掛けていることはありますか?
流れを読むというよりは、反対に、ここ数年でつくりたいものと世の中がフィットしてきたように感じます。
ツイッターなどで多くの人が言語化して、広告の効果が可視化できるようになったことで、ニッチなものでもちゃんと人の心に刺さっているということがロジックとしていえるようになりました。
むしろとがってた方がちゃんとトピックとしてニュース化もされるし、話題にもなる。そうなると、僕の変わった映像の方が効果のあることが立証されることも多くて。それは、すごくハッピーなことですね。
── アイデアを出すときに意識していることはありますか?
アイデアを出すためにとは限りませんが、作品をつくる上で嫌いなものを嫌いだと思うという気持ちは大事にしています。
例えば、最大公約数的でベタなストーリー展開がすごく嫌い。「こうしてこうやって設計したら感動するんでしょ」って、なんかこう人間を甘く見てるんじゃないかという気になってしまう。僕はシュールレアリスムが好きなんですが、言葉にできないような、理屈や計算じゃないもので人の心が動くという、ロジック化できない事象がすごく好きなんです。
そういうものって、いわゆる“スクールカースト”でいえば一番上の人たちに向いているものではないかもしれないけど、そこにいなくても大丈夫、最大公約数的なものが好きじゃなくても大丈夫だよっていってあげたい。だからそういう人たちに向いている作品をつくりたいし、そのために僕はこういうものが嫌いだという気持ちを大事にしています。
あと、心が閉じないようにすることも心掛けてるかな。
僕、人間は基本的に優しいはずだと思ってるんですが、世の中のコンテンツとかみんなのまなざしが厳し過ぎるんじゃないかと感じてて。そのことを直接メッセージにしたいというよりも、自分自身が厳し過ぎないまなざしでものをつくっていきたい。
例えば金魚のニュースを見たときに感じたように、いろんなことに一喜一憂できるような心の敏感さを保てるように生活したいとは思っています。
昔から、この人は実はこう思っているんじゃないか、物事はこうなっているんじゃないか、そんなふうに背景を考えるクセはありますね。
── 最後に、他の人にはない自分の「スキル」は何でしょうか?
ヒットの仕組みまで考えられるところでしょうか。
僕は、どうしても自分のオリジナルの脚本で映画がつくりたかったんですが、オリジナル作品って、ヒットの道筋が見えないから出資者をなかなか集められず、成功させるのが難しいんです。
そもそも映画監督というのは情報の一番「川下」にいるので、今、映画配給会社が何を求めているのか、各企業にはどういう懸念があるのかといった情報は下りてきません。
でも僕の場合、電通にいることで「川上」の情報を得られ、各業界のニーズも分かります。そうすると、映画に登場するバンドを実際にデビューさせるとか、映画をゲーム化するとか、ヒットの仕組みをつくるために全方位的に取り組めるし、「こういう座組みがあればヒットします」と、プレゼンに説得力を持たせることができるんです。まだ実験中ですけどね。変わった物語でも、ちゃんと設計したら、ヒットすると思うんです。そしたらみんなハッピーじゃないですか。
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ニッチでとがったものに見えるけれど、「なんだか私のことを言っている気がする」と見る人の心をつかむ長久さんの映像。
その魅力は、長久さんならではの優しいまなざしと、電通にならではの世の中を俯瞰するマーケティング力に裏付けられたものだと感じました。
ありがとうございました。