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広告だけじゃない!電通クリエーター FILENo.2

コピーライター・渡邊千佳「愛しいと思う気持ちがアイデアの源」

2018/08/17

 広告の枠にとらわれない電通クリエーターを取り上げるインタビュー連載。

第2回は、コピーライターの枠を超え、日々新たなアイデアを生み出し続ける渡邊千佳氏(第2CRプランニング局)に話を聞いた。

愛しいと思う気持ちこそが原動力

──現在、主に取り組まれている仕事について教えてください。

最近は、コピーライティングだけでなく、プロジェクト全体の方向性を考えるブレストの段階から関わっている案件がいくつかあります。

私に期待されている役割は、商品やサービスに対する「光の当て方の提案」だと思っています。例えば、ある商品をこの方向性で売り出そうというときに「もっと違った光の当て方の方が世の中的に話題になるのでは?」と、競合や時代を踏まえて、異なる方向性で売り出せる可能性を探っていくのが、コピーライターの仕事だと思って取り組んでいます。

私の場合は直感と経験、あとは自分の好きなことをベースに戦略や方向性を考えています。チームとはいえ複数案件を最後まで背負うってなかなか大変なので、好きじゃないと頑張れないというのもあります。

でも、もちろん「ただ私が好きだから!」だけでは納得してもらえません。私が直感で好きだと感じる方向性に成功の確信があるときは、比較検討できるような客観的な事例を持ち出して、関係者全員に理解を求めるようにしています。

──渡邊さんが好きなものとは?

好きになるポイントは「愛しさ」でしょうか。最近愛しいと思っているのは、釣り人です。仕事で、釣り関係の方にヒアリングをする機会があったのですが、何があの人たちをあそこまで魚に駆り立てるのか…。漁師でもないのに、釣りに人生を賭けている人たちを見ると、胸がキュンとなります。

何かに熱中している人を愛しいと思うのかもしれません。

人に限らず、どんな商品やサービスにも、自分が愛しいと思えるポイントが必ずあります。仕事をする上では、その愛しいポイントを切り口にできたら、仕事がもっと楽しくなりますよね。

──渡邊さんがコピーライティングだけでなく、プランニングの段階から手掛けたお仕事に、一見すると保冷剤にしか見えない「擬態アイス」があります。ユニークで大変好評でしたが、あのアイデアも何か愛しいと思えるものから思い付いたのでしょうか?

実は、小さい頃から「擬態」というものに興味がありました。生き残るため、周りの景色に溶け込むように進化した虫たちを非常に愛しいと思っていたんです。

そのためか、「今までにない、面白いアイスを発売する」というプロジェクトに関わらせていただいたとき、ふと「アイスが冷凍庫で擬態していたら面白いな」と思いつきました。

さらに、3人姉妹の末っ子で、いつも姉たちにアイスを食べられていた自分の経験とも結び付いたんです。アイスが擬態するという突拍子もない話だけれど、「アイスは食べられたくないもの」だというストーリーで共感軸がつくれるので、「これはいける!」と思いました。

 

好きだけではない、物事を客観的に見る力

──もう一つ、渡邊さんが電通九州所属時に手掛けられた長崎バスの広告では、登場人物への光の当て方に感動したのですが、どのようにして生まれた作品なのでしょうか。

 

あの時は、「シナリオハンティング」、通称「シナハン」がポイントでした。CMのシナリオを書く前に、舞台となる場所を訪ねたり、関係者に取材をしたりするものです。東京時代はシナハンをするなんて考えもしなかったのですが、自分は縁もゆかりもない九州で土地勘が無かったので、土地の文脈が分からん!と。このシナハン癖がついていました。

まず私は「名もなき一日を支える」という仮のコピーをつくりました。「長崎市民のなにげない日常を支えるバスと運転手」が、長崎バスの価値では?と。その光の当て方がいいのではないかという仮説を立てたんです。その仮説が正しいかを検証するために、実際に長崎バスに乗ったり、運転手さんに話を聞いたりして、その中から光って見えるエピソードを取捨選択、物語の濃度を高めていくという作業を繰り返して生まれた作品です。

机で考えるよりも時間はかかるし、非常に大変ではありましたが、自分では絶対に思いつかない言葉など、いろいろな材料をもらうことができました。

「宝物」だという、愛しい人たちのインタビューが詰まったケータイのボイスメモ

──シナハンは、渡邊さんの経験の中でも大きな意味を持つものだったのですね。ところで、渡邊さんが考えるご自身の特徴的な「スキル」はありますか?

製品やサービスの、「見えていなかった価値」に光を当てる技術でしょうか。

昔から、少しあまのじゃくで物事を斜に構えて見るクセがあって、「実はこの商品の一番の魅力はここなのではないか」という切り口を探すことに役立っています。

製品やサービスの担当者の方は、商品を愛しているが故に、ある一面しか見えていない可能性もあります。そこで私は一歩引いて、これまでの経験や社会の流れ、商品の全体感を考えながら、違った切り口の意見を出すようにしています。

一方で、コピーライターは決してアーティストではありません。広告というものは、世の中、商品、クライアントと関わる非常に複合的なものなので、自分の好きだけでは進められないですから。でも、たくさんの要素を踏まえた上で、ベストな光の当て方を提案できるところが、コピーライターの仕事の醍醐味でもあるんですけどね。

──複合的な要素の調整という普通なら大変だと感じる作業を、面白いと思えるところが渡邊さんのすごいところですね。ほかに、仕事をする上で大切にしていることはありますか?

最後まで自分でも疑い続けるということは大切にしています。擬態アイスの場合だと、保冷剤のデザインにしたのですが、果たしてこれは本当に擬態といえるのかな?と思いまして。

必要ない作業なのかもしれませんが、擬態じゃなかった場合、たくさんの人に迷惑がかかってしまうので、最後まで自問自答しました。

その時は、最終的に擬態の権威の先生のところまで確認しに行ったんです。保冷剤アイスのデザイン案をパッと出しました。そしたらパッと、「これはベイツ型擬態です」と言われて(笑)、安心して進められることになりました。

──渡邊さんは、これからどんなお仕事に取り組んでいきたいですか?

日本ってすごく面白いものがたくさんあります。日本の企業の真面目なところも、すごくすてきだなって思いますし。そういう日本や日本人のすてきなところを、もっと世の中に伝えていけたらハッピーだなと思っています!

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日常の出来事を少し違った視点から眺めることで、ありそうでなかった驚きと感動を与える渡邊さんの作品。

すべてのものに愛すべきポイントを見つけ、それを世の中に発信したいという渡邊さんの思いやりと優しさがつくり出したものなのだと感じました。

ありがとうございました。

(左上)新聞の求人欄に見立てた、メルカリの新聞広告
(右上)長崎バスのテレビCMとポスター
(下2点)ソニー・ミュージックエンタテインメントとの商品開発「擬態アイス」