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デジタルと人間のセッション:CMOのためのデジタルマーケティングNo.1

デジタルに対してCMO等はどう向き合うべきか?―PeopleとBrandのセッション

2018/08/01

筆者は2015年に、“デジタルとの向き合い方”に悩んでいるCMO(最高マーケティング責任者)、マーケティング担当部長、ブランド担当者(以下、「CMO等」と表記)といった方々に向けて、以下のような連載コラムを執筆しました。

ブランド・グロースハック―ビジネスの成長を約束する「マーケティング×IT」新手法

上記連載から3年がたち、デジタル環境も大きく進化する中、更にブラッシュアップした新連載をお届けします。

<目次>
I デジタルと人間の“セッション”でマーケティング力を高める
II CMOの役割は「全体最適化」と「イノベーションの環境づくり」
III 全体最適化やイノベーションを推進していくべき四つの領域
IV デジタル時代のブランド構築は「Whyモデル」

 

Ⅰ デジタルと人間の“セッション”でマーケティング力を高める

2012年頃からのビッグデータに始まり、最近では位置情報データ、決済データ、IoT、AI、音声デバイス、AR/VR/MR(※1)など、データや最新テクノロジーを活用したデジタルマーケティングはますます重要度を増しています。

今や、ターゲットや顧客に関するさまざまなデータが充実し、それを活用し顧客理解を深めることができる時代です(※2)。

※1 ミックストリアリティー。
※2 この状況を受け、電通では「人」を軸にした新しいマーケティングのフレームワーク「People Driven Marketing」を推進しています。


こうした中、デジタルの活用は、もはやデジタル広告の運用担当者やIT部門の担当者だけのものではなく、CMOはじめマーケティングや広告全般に関わる誰もが無視できないテーマになっています。

私はさまざまなクライアントのCMO等と仕事をご一緒する機会がありますが、そこでいつも話題になるのが、「何をデジタルやデジタル担当者に任せ、何を自分で考え、意思決定しないといけないのか?」といった“デジタルとの付き合い方”についての悩みです。

本連載では「デジタル」と「人間」の向き合い方や役割分担、あるいは「人間の仮説構築」と「データによる検証」のやりとりについて、“セッション”という言い方を用いて解説していきます。

Ⅱ CMOの役割は「全体最適化」と「イノベーションの環境づくり」

デジタル時代に、CMO等がまず注力すべきことは、マーケティングの「全体最適化」です。

筆者は、デジタル施策について以下のような相談をよく受けます。

「デジタル運用広告を実施し、自社サイトにも商品/サービスをさまざまな角度で紹介する動画コンテンツを入れ込んだ。見込み顧客の顧客化のためのマーケティングオートメーションツールも導入した。しかし、これらのデジタル施策が点の施策でしかなく、連携のできていない“個別最適化”状態で困っている」

「デジタル施策を全体最適化し、さらに顧客を増やし、売り上げを上げることができないか?」

いくつものデジタル施策がそれぞれバラバラに個別最適化している状態を、筆者は“井の中の蛙状態”と呼んでいますが、実はこれはこれで仕方がない現象です。

なぜなら、各分野のテクノロジーの進化はとても早く、現場デジタル担当者はそのキャッチアップや日々の運用で手いっぱい。その結果、連携する余力もなく、個別最適化になってしまうのです。

図表1:井の中の蛙化
【図表1:井の中の蛙化】最新のデジタル施策を一通り導入してみたものの、マーケティングの全体最適化がなされていない―といった悩みは多い。 イラスト:YUKO TAKAKI

そんな状況で「全体最適」に取り組むべきは現場担当者ではなく、マーケティングや広告の全体に責任のあるCMO等です。全体最適化の視点で投資の無駄をなくし、売り上げアップの成功確率を高めるのです。

そして次の成長のためには「非連続なイノベーション」も欠かせません。全体最適化で効率化できた分の予算を含め、次のイノベーションに「投資」する判断も、CMO等がやるべき仕事です。

とはいえ、非連続のイノベーション開発は、現場担当者のみで挑戦するのは難しいものです。イノベーションは失敗のリスクも高く、失敗を恐れるあまり冒険しない傾向が強くなるからです。

全体最適とイノベーション
【図表2:全体最適とイノベーション】現状のマーケティングの最適化も重要だが、次の成長のためには「非連続的なイノベーション」も必要となる。そのための環境をつくるのはCMO等の仕事だ。

未来予測が難しい中、「失敗しても構わない」という発想が、従来の枠を取り払ったイノベーションにつながります。つまり現場の失敗を許容・奨励することも、CMO等の役割です。

ただし、この発想は、業績に余裕があるときにしかできません。デジタルマーケティングの効率化などで収益が改善し、体力があるうちに取り組まねばなりません。

Ⅲ 全体最適化やイノベーションを推進していくべき四つの領域

全体最適化やイノベーションを推進していく上で検討すべき領域は、以下の四つです。

  • People…データの充実で、ますます理解が深まる一般生活者、顧客、ブランドファン等

  • Brand…デジタル導入で、常に品質向上し続ける商品・サービス

  • Integration…デジタルやリアルを融合したシームレスな顧客接点・体験

  • KPI…デジタル化で計測できるものが増えてきた重要業績評価指標

全体最適化やイノベーションを推進していく4領域
【全体最適化やイノベーションを推進していく領域】CMO等は四つの領域で全体最適化やイノベーション推進を行っていく。
 

ちなみに四つの領域を従来のマーケティングプロセスでいうところの「STP+4P」に当てはめると、以下のようになります。

  • People→S:セグメントとT:ターゲティングに該当

  • Brand→P:ポジショニングに該当

  • Integration→4Pの中でも特にプレースとプロモーションに該当

  • KPI→上記3領域で、デジタルの効果検証をしっかり実施する

デジタル化で顧客関連データが入手しやすくなり、まずPeopleの部分でターゲティングが高度化、細分化しました。また、Integration(統合)の部分では、PeopleとBrandをつなぐ顧客接点が、リアルとデジタルのシームレスな融合で大きく変わりました。後述しますが、こうした状況の変化により、“ブランドのつくり方”も見直さなくてはなりません。

従来のSTP+4Pのマーケティングプロセスに、デジタル(データやテクノロジー)を加味し、全体最適化やイノベーションを推進することが、マーケティング力を高め、ブランドの売り上げやファンを増やしていくことにつながります。

各領域への具体的な取り組みについては、以降の回で紹介していきますが、今回は本連載のテーマでもある「Brand」、ブランド構築の視点について考えてみます。

IV デジタル時代のブランド構築は「Whyモデル」

デジタルマーケティングの進化で、ターゲットセグメントの細分化や、One to Oneの個別アプローチも、かなりできるようになりました。

今は、必ずしもマス広告で、潜在顧客含めたターゲット全体にファネルの上流からアプローチを始める必要はありません。まずはデジタルで、ファネルの下の方のさまざまなタイプの顕在顧客に向け、One to Oneの個別アプローチをした方が費用対効果が良いケースも多くあります。

ただし、ターゲットセグメントが多いと、それだけメッセージの幅や種類が広がり、“もともとのブランドそのものの訴求”が散漫になってしまいがちです。従ってブランドの価値定義の方法も、再検討する必要があるでしょう。

かつては、マスターゲットに対してブランドの情緒価値や機能価値、商品/サービスの特徴を一方的に伝える「ピラミッド型」がブランド構築のモデルでした。しかしデジタル時代のブランド構築では、多様なターゲットセグメントを設定しながらも、その全てに共感される「価値観」や「存在意義」をブランドと共につくっていく「Whyモデル型」が当てはまりやすくなります。

ピラミッドモデルとWhyモデル
ピラミッドモデルとWhyモデル
【図表4:ピラミッドモデルとWhyモデル】※Whyモデルに関しては、日本経済新聞出版社「WHYから始めよ!―インスパイア型リーダーはここが違う」(サイモン・シネック著、栗木さつき訳)、第3章ゴールデン・サークル、P.45の図表を参考に、著者が一部加筆。

具体的には、ターゲット一人一人の関心事に合わせて機能価値や情緒価値、商品・サービスの特徴をさまざまな角度で伝えつつも、同時に「なぜそのブランドは、そのようなサービスを提供しているのか?」という、どんなにターゲットセグメントや訴求内容の種類が増えてもブレない「Why」を中心に据え、発信します。

自動お掃除ロボット市場を例に挙げると、日本登場当初は、「DINKs」(共働き夫婦世帯)がメインターゲットでした。しかし、働き方や暮らし方、家族の形が多様になっている今、お掃除ロボットを届けるべきターゲットも多様化しています。

例えば仕事も趣味も大事だけど、家事も手を抜かずしっかりやりたい「アクティブママ」や、子どもが独立し、定年退職を迎え、犬や猫などのペットを飼い始めた「シニア夫婦」なども新たなターゲットとして考えられます。

そして忙しいDINKsに対しては今まで通り「時短」訴求が効きますが、何でも完璧にこなしたいアクティブママには「隅々まできれい」訴求が効き、ペットを持つシニア夫妻には「ペットの毛もきれいに取れます」訴求が効きます。

このようにデジタルマーケティングでは、セグメントを細分化して、One to Oneで最適なメッセージを発信できますが、それは競合他社も同じなので、ターゲットはどのブランドがいいのか選べなくなります。

そんな中で、ある新しいブランドAが、「全ての家族の時間を大切に、豊かに、1秒たりとも無駄にさせないために」という強い存在意義(Why)で登場すると、さまざまな家族からの共感を一気に得られる可能性があります。

Whyモデル事例
【図表5:Whyモデル事例】一人一人に最適なメッセージを伝えるだけではブランドの差別化は難しい。誰もが共感するWhyがあってこそ、そのブランドは特別なものになる。

このWhyの思想なしに、単に「時短で、隅々まできれいで、ペットの毛もしっかり取れて、しかもお買い得な製品」だったならば、この新ブランドAも埋もれてしまうでしょう。

世の中の共感は、「何をできるのか」(What)ではなく、「なぜそうするのか」(Why)に対して生まれます。「Why」という、そのブランド独自の存在意義を設計すること、また一人一人に最適なメッセージを伝える際にそのWhyをどう一緒に伝えればいいのかを考えることが、CMO等の仕事になります。

ますます細分化されるPeopleとBrandのセッションの一例でした。