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「トリップテック」でインバウンド対応はどう変わる?No.2

AI多言語翻訳とトリップテック(旅行×テクノロジー)

2018/08/20

3月に行われたセミナーには、インバウンドマーケティングに関わる官公庁、地方自治体、事業会社から多くの参加者が集まった。

Trip(旅行)とtechnologyを組み合わせたトリップテック(Triptech)をテーマにNTT東日本は、電通ソーシャル・インサイト・ラボと合同で、多言語翻訳AIエンジン「ひかりクラウドcototoba」を利用したSNSビッグデータ解析に基づく、マーケティングのトライアルを行いました。また、3月にはその検証結果をインバウンドマーケティングに関わる官公庁、地方自治体、事業会社向けのセミナーで紹介しました。

3月に行われたセミナーには、インバウンドマーケティングに関わる官公庁、地方自治体、事業会社から多くの参加者が集まった。
3月に行われたセミナーには、インバウンドマーケティングに関わる官公庁、地方自治体、事業会社から多くの参加者が集まった。

このトライアルを担当したNTT東日本の山本美希子氏と、電通データ・テクノロジーセンターの江頭瑠威氏が、これからのインバウンド事業には欠かせないAI翻訳とトリップテックの可能性を語り合います。

インバウンド向けにAIの「学習」をカスタマイズできる「cototoba」

NTT東日本の山本氏
NTT東日本の山本氏

江頭:今回NTT東日本と一緒に行った一連のトライアル(実証実験)は、山本さんから「Twitterでの訪日観光客ツイートの全量データをもとに、インバウンド向けのコンテンツをつくりたい」との相談を頂いたところから始まりました。その時に「ひかりクラウド cototoba」(以下cototoba)のことを知り、まさに私たちソーシャルメディアのマーケティング活用を行うチームが日々直面している課題を解決してくれるソリューションだと感じました。

山本:ありがとうございます。当社のcototobaはクラウド上で動作する翻訳AIなのですが、他の機械翻訳とどう違うかというと、汎用的な文章や語彙の学習に加えて、「文化観光分野=インバウンド領域」に特化したデータを大量に学習しています。特に訪日観光客の動線、つまり交通機関、文化観光施設、宿泊、飲食、買い物といったシーンで使われる言葉を強化しています。

江頭:その結果、インバウンド向けのサービスやビジネスを展開している企業にとって使いやすい翻訳エンジンになっていますね。文化観光系の言葉とは具体的にはどういうものでしょうか。

山本:たとえば「大浴場」という言葉は英語に直訳すると「Big Bath」になるのですが、そこはちゃんと「Public Bath」と言わないと、外国人の方には公共の場だということが伝わりませんよね。そういうケアを充実させながら学習を進めています。

江頭:たとえ大浴場のような一般名詞であっても、単純に直訳せずに、文化観光の文脈を踏まえて適切に訳すようにできているのですね。それを実現しているのが、特定領域に特化した学習データであると。

山本:はい。とはいえ、単に学習データが多ければいいというわけでもないのです。データ量に比例して、GPU(演算処理装置)を増やさなくてはなりませんし、一方、過学習といって、データ量に反比例して精度が落ちるケースもあります。「量よりも質」ということが、翻訳AIの世界では認識され始めています。

cototoba
cototobaは文化観光分野に特化した学習データに加え、ユーザー辞書でカスタマイズも可能なAI翻訳エンジン。テキスト翻訳は英語、中国語、韓国語など6言語、ユーザー辞書は4言語に対応。

江頭:そしてもう一つ観光事業で重要なのが、地域ごとの地名や人名、お土産名、施設名といった固有名詞です。電通ソーシャル・インサイト・ラボが以前、東北観光についての外国人観光客のつぶやきを収集した際、とある翻訳エンジンで英語の文章を訳したところ、翻訳後の文章に「デート マサミューン」という謎の単語が出てきました。これは仙台の武将・伊達政宗、DATE MASAMUNEを固有名詞だと理解できなかったのですね。その点、cototobaでは固有名詞にも対応できるのが大きなポイントだと思います。

山本:はい。インバウンド領域で頻出度の高い固有名詞についてもカバレッジ(網羅率)を強化していますし、継続的に対象の拡大を進めています。また、cototobaには「ユーザー辞書」の領域があって、お客さまごとに、自社商品名や施設名などの固有名詞を登録いただくことで翻訳結果に反映させることが可能です。企業や地域の独自の言い回しにも対応できますし、さまざまなニーズに寄り添いながら、成長していけるAIだと思います。

江頭:一緒に行ったトライアルの際には、cototobaの精度を客観的に示すため、他社の汎用的な翻訳サービスとの比較実験も行いました。結果として、cototobaを使うと東北地方関連地名の出現率が8%向上し、翻訳エラー(誤訳)率も22ポイント低下するなど、全ての指標において良い結果が出ましたね。

山本:ほっとしました(笑)。今後も、より精度の高い翻訳を提供できるよう、cototobaの改良を続けていきます。

台湾のミレニアル世代の観光動態をつかみ、行動を促す実証実験

KAWAIIをテーマとした、日本の東北地方への観光情報サイト「COMOMO」

KAWAIIをテーマとした、日本の東北地方への観光情報サイト「COMOMO

江頭:トライアルのマーケティングへの成果についてもお話ししたいと思います。LCC(格安航空会社)のPeach Aviationの協力を得て、同社の観光キュレーションサイト「COMOMO」上にコンテンツを試験的に掲載し、それをベースにさまざまな検証とデータ取得を行いましたね。

COMOMOは日本の東北地方の観光情報を掲載するサイトで、KAWAIIをテーマにしており、4カ国語対応で、その中でも特に20~30代の台湾人女性を主なターゲットにしています。このサイトに、SNS分析した結果を踏まえた記事を掲載したら、どんな反応が返ってくるのかというマーケティングにトライしました。

山本:はい。今回はまず「台湾人は東北観光について何をつぶやいているのか」というSNSデータを6万件取得し、cototobaを用いて翻訳後、電通ソーシャル・インサイト・ラボとともに分析を行いました。そして、「SNS分析結果を踏まえた記事(一部活用、全面活用)」と、日本人の編集者による「SNSデータを一切使っていない記事(現地取材あり、なし)」の4コンテンツを作成し、COMOMO上に掲載しました。

江頭:SNSデータを翻訳し、分析した結果として、以前から当社で指標として開発していた「モスト穴場ポイント」(MAP)の精度向上や、「ついで観光スポット分析」「ついでお土産分析」といったソリューションを開発することができました。

まず「モスト穴場ポイント」については、言及されている量が少ないけど、ポジティブな評価が高いといった場合、これは多分穴場スポットであろうという仮説に基づき、それを指標化、一覧できる仕組みです。「ついで観光スポット分析」「ついでお土産分析」は、ある有名な観光エリアでの外国人の投稿を分析し、「そのエリアへの投稿と一緒に投稿されている、満足度の高い立ち寄り場所や食事、お土産」を抽出しています。こうした分析データに基づいて観光ルートを提案する記事をつくりました。

COMOMOに掲載された観光ルート提案記事

COMOMOに掲載された観光ルート提案記事。日本人に評判の良い穴場スポットを結ぶルートと、台湾人に評判の良い穴場スポットを結ぶルートをたくさんの画像と共に追体験できる。

山本:そうですね。特に、「旅ナカ」においては「ついで観光」のニーズが非常に高いことも分かりましたね。日本人観光客のルートと台湾人観光客のルート比較など、分析から導かれた「観光客のインサイトを動かすコンテンツ」は、トライアル後に実施した事業者向けセミナーでも大変注目を集めました。

江頭:COMOMOでのトライアルの結論を言うと、SNSデータを全面活用した記事はそうでない記事と比較して、平均PVが約10倍。再来訪率も高く、滞在時間も平均で約1分長いというもので、やはりSNS分析の有用性を確認できたと思っています。今後は翻訳とともに、こうした「分析」や「示唆」と合わせて、実際の打ち手(=プロモーション)まで含めた統合的なインバウンドマーケティングビジネスのニーズがありそうですね。

4種類のコンテンツを作成し、COMOMO上に掲載。それぞれのPVや再来訪率、滞在時間などを比較調査した。
SNS分析データ活用の有無など、条件の異なるコンテンツを作成し、COMOMO上に掲載。それぞれのPVや再来訪率、滞在時間などを比較調査した。

SNSビッグデータをリソースに年間6000万人のインバウンドマーケティングへ貢献

NTT東日本の山本氏

江頭:山本さんのチームが、「SNSビッグデータの翻訳」に挑戦しようとしたのは、どのようなきっかけからなのでしょうか?英語にせよ、中国語にせよ、ミレニアル世代(2000年以降に成人した、デジタルネイティブな世代)がSNSで使う言葉は、独特の表現や揺らぎがあり、翻訳はとても難しいと思います。

山本:そうですね、確かにとても難しいのですけれども、ソーシャルイノベーションという観点からすると、翻訳AIにとっては自然な流れという気がします。といいますのも、今や「旅行産業」はグローバルGDPの4位に位置し、小売、金融、鉱業に次ぐ巨大産業です。特に観光は、雇用創出、輸出拡大、社会基盤開発にも密接に関わっているため、世界各国が国際観光に力を入れています。日本も、これからは「おもてなし」に加え、「観光ビジネス」という視点で、世界的なプレゼンスを発揮していくことが重要になるのではないかと思っています。

特に、昨今の大きな変化は「旅人がデジタルになっている」ということ。LCCやSNSの登場で、旅のスタイルが団体旅行から個人旅行にシフトしていますよね。つまり、旅ビジネスを仕掛ける企業サイドからは、「旅人が見えにくくなってきている」ということなのです。一方で、旅行消費を牽引しているミレニアル世代の声はSNSに膨大に蓄積され、拡散され続けている。これからの旅ビジネスは、SNSをマーケティングのメインストリームと捉え「SNSからニーズやトレンドをキャッチし、SNSでリーチする」という手法が欠かせないのではないでしょうか。電通ソーシャル・インサイト・ラボにお声掛けしたのも、ソーシャルメディアでのユーザーインサイト分析という研究領域とビジョンに共感する部分があったからです。

江頭:ありがとうございます。SNSは「ミレニアル世代が何を考えているのか」を知ることはもちろん、企業側が彼らにアプローチすることもできる、まさに消費行動の入り口と出口を兼ね備えたプラットフォームですね。

山本:そうですね、しかしそのSNSをインバウンドマーケティングに活用するとなると、どうしても「言葉」の壁があって、入り口と出口を結びつけることが困難です。この課題に多くの企業が直面するのではないかと考えました。

江頭:3月のインバウンドマーケティングセミナーは予想以上の反響だったと伺いました。私も登壇させていただきましたが、非常に多くのお客さまが来場されており、その熱気に驚きました。やはりインバウンド対策というのは、多くの観光事業者およびその周辺のステークホルダーにとって、今もっとも重要なテーマなのだと強く感じています。

山本:私も今回のトライアルやセミナーを通じて、外国人SNSマーケティングの重要性を改めて感じました。COMOMOでのトライアルを発表してからというもの、メーカー、流通、金融、不動産、アプリサービスなどの企業から多くのご相談を頂いています。

江頭:国を挙げて観光立国を推進する中で、訪日外国人に対応するためのサービスは今後もどんどん需要が高まっていくと思います。山本さんはインバウンドマーケティングの未来像についてどのように予測されますか。

山本:日本の内需は、少子高齢化の影響で先細りが避けられません。国の算定では、2030年には就業者数が5450万人に落ち込む見込みです。でもその一方、訪日外国人は年間6000万人に達し、日本国内での旅行消費額は15兆円と見込まれています。また、中国人旅行者の35%は旅ナカで購入したものを越境ECで継続購入するというデータもあります。そういった「旅アト」の接点も含めて、“年間6000万人の消費活動”にどうマーケティングを仕掛けていくのか、企業にとっては重要性が増していくテーマだと考えています。

江頭:翻訳AIが高度化し、そして広く提供されるようになれば、これまでなかなかコストの面や使い勝手の面で十分対応できなかった地方の関係者にとっても、インバウンドマーケティングのチャンスが広がりますね。こうしたテクノロジーでインバウンドマーケティングを後押ししていくのが私たちの役割だと思います。

山本:そうですね、翻訳AIが言語インフラとなって、地方の活性化や製造業の輸出拡大、小売りの新たな顧客づくりなど、さまざまなビジネスをご支援できるパーツになっていけたらいいなと思います。もちろん翻訳AIだけでなく、コンテンツや広告など、さまざまなデジタルツールが掛け合わされることで旅ビジネスが活性化されていく。「トリップテック」が2019年~2020年あたりで、バズっているといいなと思います(笑)。

江頭:私たちも今以上にSNSビッグデータ分析の知見とノウハウを精緻化・体系化し、インバウンドマーケティングに貢献していければと思います。本日はありがとうございました。