大反響、東急池上線「一日フリー乗車デー」はこうして生まれた。
2018/08/30
2017年10月9日、東急池上線沿線の街は、「天と地が引っくり返った」と地元の方々が驚くくらい、これまでにない盛り上がりを見せました。テレビ番組からウェブの記事まで、さまざまなメディアで取り上げられ、Yahoo!のニューストレンドでも全体の8位に入りました。
実は、こうした社会現象の裏には、池上線の「沿線」を、プレイス単位としてブランディングしていく計画がありました。第4回では、瀬戸内に続く事例紹介第2弾として、池上線沿線のプレイス・ブランディングを取り上げます。
課題は、認知が低く、イメージが曖昧なこと
東急池上線は、五反田~蒲田間を走る全長10.9キロで15駅からなる3両編成の路線です。ブランド調査※1によると、池上線の認知率は、54.3%と低く、イメージは曖昧でした。繁華街である五反田や蒲田、自然豊かな洗足池、高級住宅地の久が原、商店街で有名な戸越銀座、歴史を感じる池上など、多様な個性を持った駅で構成されており、統一的なイメージを持っていませんでした。
そこで、私たちは、池上線の認知を上げ、沿線全体のブランドイメージをつくっていくことを目標に掲げました。そうすることで、来訪者が増え、地元の方々に誇りが生まれ、さまざまなお店の出店などによって、地元経済が活性化し、やがては住みたい街として発展していく好循環が生まれると考えたのです。
ブランドコンセプトは「生活名所、池上線。」
では、どんなブランドを目指していくのでしょうか?私たちは、現地を何度も回り、地元関係者や住民の方々へのインタビューを重ね、この沿線の価値を探っていきました。
東横線は「おしゃれ」、田園都市線は「高級」など、沿線にはなんとなく共有された端的なイメージがあるように思います。池上線の場合は何でしょうか?私たちは、議論を重ねた結果、「心地よい」という言葉にたどり着きました。
毎日の散歩が気持ちいい洗足池、便利で活気のある戸越銀座などの商店街、ふと立ち止まって世間話ができる人との距離感、自転車や徒歩で回遊できる規模感、地元に根差した個性的なお店など、どれも心地よい生活を送れる要素が、都心からわずかの場所で凝縮されました。
これこそが、この場所ならではの価値だと思いました。そして、「この街には観光名所は少ないけど、生活名所はたくさんあるよね」というコピーライターの気付きから、ブランドコピー「生活名所、池上線。」が生まれていったのです。
こうして「生活名所」という新しい視点で、街の資産を編集し直しました。満遍なく網羅された、よくある沿線紹介ではなく、街並み、人、風景、お店、お祭り、文化など、ユニークな視点で「生活名所」を取り上げ、沿線の全体像を具現化していく作業です。
「生活名所」宣言
沿線の全体像が見えてきたところで、今度は首都圏に住む方々に知ってもらう必要があります。そこで、あるプランナーが放った一言が、次の一歩を踏むきっかけをもたらしました。「いっそのこと、駅を全部無料で開放したら・・・。最初はチーム全体が戸惑った一言でしたが、それは話題になりそうと皆が思い始め、実現するためにさまざまなハードルを乗り越える調整作業に入っていったのです。調整は困難を極めましたが、無事に乗り越え、9月6日に世の中へ発表する運びとなりました。
単に「フリー乗車をやります」という発信ではなく、これまでの調査で得られた池上線沿線の課題から、ブランドコンセプトまでの情報を、第2回で紹介したPR IMPAKT※の理論に基づいて精密に設計した上で、記者会見を開催しました。
その結果、多くのメディアが関心を持ち、多様な文脈でニュースが流れ、これまで存在感の薄かった池上線が話題に上るようになりました。
※PR IMPAKTとは、電通グループによる、PR視点で統合マーケティング戦略の効果を最大化するプログラム
「フリー乗車デー」の効果は想定を越えた!
いよいよ10月9日の当日を迎えます。朝8時には、蒲田駅でセレモニーが開催され、イベント開始です。午前の早い段階から五反田や蒲田駅などが来場者でごった返しました。この日のために、地元と連携してつくった企画、例えば、生活名所で実施されるコンサート、生活名所を巡るツアー、戸越銀座での池上線レモンサワーの屋台、洗足池での無料スワンボート、各商店の割引などが、どれも即売り切れ状態となり、地元の方々の驚きの表情が印象的でした。
乗客調査(東急電鉄調べ)によると、乗客数は過去3カ年の体育の日の平均15万3000人に対して、56万9000人となり、約3.7倍の人が訪れ、池上線のブランド認知は9.4%向上し、商店街はどこもにぎわい、多大な経済効果をもたらしました。当初KPIとして、来訪者数、ブランド認知率、メディア露出換算費、地元連携数などを想定していましたが、どの指標も大きく想定を上回り、ブランディングと話題化が両立した社会的なプロジェクトとなりました。
「沿線」を単位としたプレイス・ブランディング
では、当事例をプレイス・ブランディング・サイクルに沿って見てみましょう。
「沿線」というプレイス単位を設定し、多層的な調査によって、プレイスの持つ価値をうまく「生活名所」という言葉にしました。そして、電鉄会社をはじめとして、二つの区の行政や、地元の事業者や編集者を巻き込みながら、さまざまなコンテンツを生み出しました。
その結果、ニュースとして取り上げられることとなり、多くの方々が来場し、認知を高めると同時に、沿線ならではの体験を提供することができました。また、この活動は一過性のものではなく、地元の期待感や広いネットワークをも生み出し、今後の継続的な展開に向けた基盤を築くことに成功したのです。
以上、昨年話題になったイベントの背景にある「プレイス・ブランディング」の実践でした。次回はいよいよ最終回です。日本の地域創生の鍵を握る「プレイス・ブランディングの未来」をどう描いていくかについて、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
最後に、連載を読んでいただき、プレイス・ブランディングに少しでも興味が湧いた方々には、「プレイス・ブランディング:“地域”から“場所”のブランディングへー」(有斐閣)を読んでいただけると幸いです。
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※1【調査概要】
■調査手法
・インターネット調査
■調査対象
・20~49歳男女300サンプル
・東急池上線30km圏内居住者かつ池上線非居住者
・引っ越し意向(引っ越し時のエリア決定に全く関与しない人は除く)
■調査機関
・電通マクロミルインサイト
■調査時期
・2017年5月17~24日