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アルスエレクトロニカ2018レポートNo.1

「エラー」による可能性と進化を探る!

2018/11/13

「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」って何?

皆さんはアルスエレクトロニカ※フェスティバルを知っていますか?

アルスエレクトロニカ・フェスティバルとは、オーストリアのリンツにて毎年開催される芸術・先端技術・文化の世界的な祭典です。

ここでは、未来の問題にクエスチョンを投げかけるメディアアート作品や、最新のテクノロジーが取り入れられた研究、横断的な分野から語られる先見性のあるカンファレンスを通して、未来の風景を垣間見ることができます。

そのため、芸術分野が中心ではありながらも、ビジネスの分野からも未来につながるヒントがないのかを探しに訪れる方が増えてきています。今年は500以上のイベントが開かれ、1000以上のアーティストが参加し、5日間で10万5000人以上を動員しました。

今回、自分自身でメディアアートの作家活動もしている新人コピーライターの油井が、アルスエレクトロニカ・フェスティバルのレポートを2回にわたってお送りします。

私は、ずっとこの祭典に行きたいと願っていました。実際に行ってみると、5日間では見切れないほどの想像以上の作品数に圧倒されました。また、第一線で活躍する作家やキュレーターの方々とも接することができ、貴重な経験を得ることができました。

そして、この視察で何よりも印象に残ったことが、今年の祭典のテーマでした。

今年のテーマは「エラー~不完全のアート~」

エラーロゴ

祭典では毎年、時代にあったテーマを一つ掲げます。例えば、昨年のテーマは「AI ~もう一人の私~」 というもので、人間の存在意義や正体は何かをAIを通して探っていくテーマでした。

そして、今年のテーマは「ERROR : The Art of Imperfection」(エラー:不完全のアート)です。

このコンセプトを意訳すると、

デジタル中心の社会は完璧を求め、不完全性は切り捨てられている。しかし、この不完全性、つまりエラーにこそ可能性が眠っている。予測できない余地を残さぬことは、より良いアイデアのための新たな道筋を閉ざし、エラーは予測もしなかった理論値からの誤差として、新しい道筋を切り開く。また、AIと私たちの違いや、人間らしさはエラーにあるかもしれない。このエラーへの寛容性やエラーによる創造性は、私たちが未来を生きる上で最も大事なスキルかもしれない。どこまでエラーを受容するべきかを考えよう

というテーマであり、昨年のAIのテーマともつながるものでした。

祭典では、このテーマに関する作品展示やカンファレンスが開かれており、エラーとはどんなものでどんな影響を与えるのか、どんなエラーが今後出てくるのかなど、テーマの枠を広く捉えた議論が交わされていました。

第1回の記事では、このエラーに関する展示作品を数作品取り上げて紹介していきます。

さまざまな「エラー」と出合う~作品群紹介

■機械が描画する映画的フィルター:“Inaccurate Collaborations”
Authors: Cristóbal Valenzuela and Anastasis Germanidis.
Developed with: Runway (runwayapp.ai)

映画的

この作品は、ウェブカメラに映った景色を、ある映画の世界風にリアルタイムで機械が描き直す作品です。例えば、「雨に唄えば」の映画を学習した上で描かせると、カメラに映った自分は帽子をかぶった映画の主人公のような風貌に変わります。

この作品では、決まった出力をするような今までの機械とは違い、エラーをわざと入れ不正確な結果を出すようにしています。それによって人と機械による新たな創造的なコラボレーションを探っているようです。

確かに、映画の世界しか知らない機械にとって何に見えたのかという情報は、曖昧な描写でしか伝えてくれません。その答えがはっきりとしていない分、人の想像力を膨らませる作品でした。

■機械が人の異常行動を検知する監視社会:“False Positives”
 Esther Hovers 

監視社会

カメラ映像から犯罪の可能性のある異常行動を検出する監視社会を取り上げた作品です。タイトルにあるFalse Positivesとは、“正常なものを誤って不正と判断する誤検知”を意味します。

ここでは、公共空間で突然走りだしたり、道に長く滞在するという、たまに私たちが行なってしまうような行動でも異常行動として取り上げています。

世界では監視社会が進んでいる国もありますが、この作品が提示するようなエラーによって、誤認逮捕につながるような問題が起きるのも、遠い未来の話ではないのかもしれません。

■政治的傾向も取れてしまう顔認識:“Smile to Vote  political physiognomy analytics” 
Alexander Peterhaensel

政治傾向

顔認識からそんなことまで分かってしまうのか、という驚きと疑問をくれた作品です。投票ブースに入り顔を撮影すると、その顔画像からどの政党の傾向が強い顔なのかをAIが判断し、投票をしてくれるというものです。展示では、2019年にある欧州議会議員選挙をシミュレーションとして、この手軽な投票システムを体験できます。

この作品からは、ブラックボックス化しているAIシステムにエラーが含まれている可能性や、そもそもAIが学習したデータに偏りがある可能性を考慮しないまま、重大な意思決定を機械に委ねてしまってもいいのかという問題提起を感じました。

■データによるパスポートを作る体験:“Sensible Data” 
Martin Hertig

パスポート

三つのデバイスを通して、個人データのパスポートを作るという作品です。最初に自分の顔写真を撮り、自分の電子メールを送ります。そうすると、自分の顔写真から年齢、性別、気分、美しさ度が評価され、ロボットがパスポートへと情報を記していきます。そして、最後に確認印としてボタンを体験者が押し、パスポートがもらえるという作品です。

ただ、この作品、実はボタンを押すと同時に指紋を取られています。さらに、体験後しばらくすると自分のメールアドレス宛に、今までに取られた他人のデータがいくつか送られてきます。

ちょっとした楽しい体験のように見えて、多くの個人データが簡単に取れてしまう恐ろしさを伝えている作品でした。

■公的書類から隠れたラブストーリーを見つける: “Wikileaks: A Love Story” 
Anna Ridler

ラブレター

匿名による機密情報を公開するウェブサイトWikileaks。そこで公開されている書類をかき集めて、中に隠れている職場での愛の物語を浮き彫りにする作品です。タブレットを書類にかざすと、実際の電子メールに描かれた愛の表現がARで現れ、隠された愛の物語を見ることができるというものです。

Wikileaksは自由や権利を主張するために使われるため、その中は公的な内容のものしかないかと思われています。しかし、この作品を通すと、実はプライベートな文書も中には入ってしまっているという、仕組みのエラーが見えてきます。また同時に、公的な職場であっても恋愛のメールでやりとりを思わず書いてしまう、人間らしいエラーも感じる作品でした。

■注意度で映画のシーンが変わる:“The MOMENT” 
Rachel Ramchurn, Richard Ramchurn

映画のシーン

鑑賞者の脳波の注目度合いから見せるべきシーンを変える新しい映像体験の作品です。この映画では全てで180億通りの可能な組み合わせがあります。

私が見た時には、実写の映像が少し怖いと感じていた時に、明るいCGの映像へと切り替わりホッと一息をつく、という体験をしました。

何がエラーだったのか、という点でいうと、正直分かってはいないのですが、脳波を用い予測と違った展開を起こすことができる可能性という意味でエラーだったのかと感じました。

また、脳波で意図的に操作ができない分、ただ受動的に見ているだけで最適なコンテンツを提供してもらえる、体験者としての手軽さを感じました。

ちなみに、今年のフェスティバルではハッカソンを含め脳波を使った作品が至る所で展示されており、一つのトレンドとして取り上げられていました。

■予測不可能な動きをする人工的な生物: “πTon”
Cod.Act

トーン

日本の文化庁メディア芸術祭では2度の大賞をとったグループ Cod.Actの作品です。彼らは以前から予測不可能な動きをする構造体について研究を重ねてきました。

この作品では、ループ状のホースの中のモーターがランダムに動くことで、ホース全体が無脊椎動物のように、ねじれ、波打って動いていきます。その動きを元に、四隅にいる人から人工の合成音声が発せられるという作品です。この予測不可能なエラーともいえる動きと声から、うごめく生命感や恐れを感じました。

「エラー」は進化のキッカケかもしれない

AIに関するものやデータ、脳波や生命を取り上げる作品などを一通り紹介しました。この他にも、エラーというテーマで展示されていたバイオアートや、社会問題や環境問題を取り上げた作品がありました。気になる方はアルスエレクトロニカのサイトで作品の説明も載っているので、ぜひ見てみてください。

エラーの良い面も悪い面も批評的に捉えた作品ばかりでしたが、この展示全体を通して強く印象に残ったことは、エラーの生む効果を生かし、エラーをわざと組み込む作品がいくつかあった点です。

私たちの祖先が遺伝子配列を変えて今の形へと進化してきたように、枠を超え、新しい手法や表現につながる力がエラーにはあるのでしょう。

このアルスエレクトロニカフェスティバルでは、ビジネスの新しい形を探るために、ビジネスの枠の外であるアートに予期せぬ答えを求めに大勢の方が訪れていました。その行為自体も、エラーを求める行為だったのかもしれません。

今回はエラーというテーマの海外作品を中心に取り上げました。次回は日本から出品されていた作品を中心に取り上げて行きます。

※ アルスエレクトロニカは、フェスティバルだけではなく、美術館であるアルスエレクトロニカセンター、研究組織のフューチャーラボ、コンピュータ界のオスカー賞ともいわれるコンペのプリ・アルスエレクトロニカという四つの柱で活動を行っています。その活動の一つ、フェスティバルは1979年から今年で39年も続く歴史があり、他の3本の柱、アルスの美術館や研究組織、受賞作も巻き込んで祭典を行います。