ヤングスパイクスでゴールド受賞。プランナーの「ファクト重視」の思考プロセスとは。
2018/11/20
アジア最大級の広告フェスティバルとして毎年開催される「スパイクスアジア」。この中には、30歳以下限定で各国の代表2人が1チームを構成し、現地で出された課題に対し24時間の企画とプレゼンで競う「ヤングスパイクスコンペティション」があります。デジタル部門やPR部門などがあり、各部門でコンペが開かれます。
今年172チームが参加した国内予選を突破して、PR部門の日本代表として電通の中川諒氏(第5CRプランニング局)が出場。村石健太郎氏(フリーランス)とチームを組み、シンガポールで行われた本戦で優勝に当たるゴールドを受賞しました。
課題が出されてからプレゼンを終えるまで、どんな悩みや苦労があったのでしょうか。そして、それを乗り越えゴールドを取った今、何を得たと感じているのでしょうか。中川氏に話を聞きました。
15回以上も挑戦。そこまでコンペにこだわった理由
──中川さんは入社してから8年間、このような広告コンペに何度もチャレンジしてきたと聞きました。それだけにこの度のゴールド受賞の喜びも大きいのではないでしょうか。
今年ちょうど30歳ですが、これまでにいわゆる“ヤングカンヌ”と呼ばれる「ヤングライオンズコンペティション」の国内予選には15回以上は応募しました。クリエーティブ職だけでなく、様々な職種から複数部門応募できるオープンなコンペティションです。でも、ずっとダメだったんです。毎回落ち込むために出してるみたいな状態でした(笑)。
入社前から、ずっとクリエーティブ志望だったのですが、初任でプロモーション局に配属になり5年間、その後営業局(現ビジネスプロデュース局)に2年いました。昨年、社内の転局試験の募集があり、ようやく合格して昨秋に現在のクリエーティブ職になりました。
クリエーティブ職を志望していたものの、入社して月日がたてばたつほど、自分自身も懐疑的になってきて。そういった背景からコンペにチャレンジし続けました。自分はこの領域でやっていけるのかを、自分が一番確かめたかったからだと思います。実は今年も、PR部門だけでなく、フィルム部門、プリント部門、メディア部門の計4部門に参加しました。PR以外は、いつもどおり全落ちでした(泣)。
昨年、初めてヤングカンヌの国内予選ファイナリストに残って、そこから日本代表に選ばれ、相当力を入れて挑んだのですが、現地で負けてしまって。その後は悔しさで会場前で大泣きしました。数日たっても気持ちを切り替えられず、人生で初めて坊主にしたんです。今考えれば、気負いすぎでしたね(笑)。
それから1年たって、今年もチャレンジしようと思い、フリーランスの村石健太郎君と組んで国内予選から参加しました。
──そして、ヤングスパイクス PR部門(※)の日本代表に選ばれたわけですね。今回、どのような課題が現地で出されたのでしょうか。
「世界最大の難民キャンプ」といわれるロヒンギャ難民について、その子どもたちへの支援活動の継続的な認知拡大と寄付の獲得方法を提案するという課題です。クライアントはBRACという難民支援NPO団体でした。今回、広告会社のオグルヴィがオリエンをしたのですが、BRAC とすでに「#SpaceOnEarth」というキャンペーンを実施していました。その第2弾を考えよというのがオリエン内容でした。「アイスバケツチャレンジのような、みんなが参加できるソーシャルドリブンな企画にしてほしい」というかなり具体的な要望もありました。
※ヤングスパイクスPR部門:ヤングカンヌの国内予選を経て、シンガポールで行われるヤングスパイクス本戦の日本代表チームが選出される。
企画を考えるときに、どこまで強いファクトを見つけられるか
──課題に対しては、どんな企画を出したのでしょうか。
まず、「世界最大の難民キャンプ」という捉え方を改めようと考えました。ロヒンギャは50万人もの子どもがいるといわれています。そこで、ロヒンギャを「50万ものタレント(才能)が眠っている場所」と定義し直そうと。難民の中に眠る才能を、“GENIUS(天才)in REFUGEE(難民)”ということで「REFUGEENIUS」と名付け、世界最大の難民キャンプから最高の才能を探して応援するキャンペーンを提案しました。
PRはファクトが大事だと、先輩方から教わりました。なので、僕はPRの企画を考えるときは、まずファクトを探します。みんながハッとするファクトを見つけて、それをベースに人々を巻き込むストーリーを考えます。今回も、調べてみると「活躍しているスーパースターの中には実はたくさんの難民出身者がいる」というファクトがありました。2018年FIFA最優秀プレーヤーとなったサッカー・クロアチア代表のルカ・モドリッチ選手や歌手のリタ・オラ、古くはフレディ・マーキュリーも難民の出身でした。そこで、難民出身の著名人と一緒に、ロヒンギャ難民の子どもたちの中から次の才能を探す「ソーシャルオーディションキャンペーン」を考えました。
──求められていた「ソーシャルドリブンな要素」はどのように考えましたか。
難民出身の著名人を「スカウト」として任命し、まずは彼らがSNSで子どもたちの素晴らしいプレーや歌声の動画を発信します。それに対し、みんながシェアすることで新しい才能を支援できるようにしました。人気になった子どものユニホームやCDといったグッズを製作し販売。その売上を難民キャンプ全体の支援に回します。さらに、ここから有名になったREFUGEENIUSが活躍するたびに、このプロジェクトで発掘されたというストーリーが語られるので、継続的な認知や寄付の獲得につながるフレームになるのではないかと考えました。
難民というと、「あわれみ」という対象で見てしまう人もいるかもしれませんが、このプロジェクトを通してもっと前向きに、「支援」を「応援」に変えられないかと。
──企画を考える過程でのポイントは?
とにかく検証し続けました。相方の村石君と、嫌になるくらい。自分たちを信じないというか、お互い意地悪になって「これだと人は動かないね」とか「これ一言で言うとなんだろうね」とか。実は、「REFUGEENIUS」の前にもうひとつ企画を作っていました。「SPACE OUT」というもので、日本語で「ぼーっとする」という意味なのですが、難民キャンプの人は家でくつろぐことができないので、それをファクトに、ぼーっとしている友達などを驚かせる動画を撮って拡散しようと。オリエン時に強調されていたアイスバケツチャレンジに近いソーシャル中心な企画を先に考えていました。すでに実施されている「#SpaceOnEarth」の第2弾としても成立する。でも「この企画で勝てるか分からない」と思い、粘った結果「REFUGEENIUS」ができました。
──勝てるか分らないと考えた理由は何でしょうか。
「SPACE OUT」の方がソーシャルドリブンである点と第2弾として成立する点でオリエンには沿っていたものの、審査員にネガティブな反応をもたらす可能性がありました。ぼーっとしている人を驚かす動画は見るだけなら楽しいですが、ビックリさせられた側は決して気持ちのいいものではありません。実際僕もビックリさせられるのは嫌いです(笑)。動画の面白さによって仮に拡散したとしても、結局難民の本質的な問題が伝わりにくいとも感じていました。
そこでオリエンをフラットに捉え直し、ロヒンギャ難民についてもっと知りたくなる、支援したくなる企画をと、立ち返ることにしました。
ヤングカンヌやヤングスパイクスは、短時間で「机上の空論」を競う少し特殊な競技ですが、まずファクトを見つけて、それをベースにストーリーを組み立て、イベント、フィルム、ウェブではこう展開する…という思考プロセスは普段の仕事でも意識するようになりました。
──中川さんは今年、お米そのものを求人広告に変えた「求人米 あととりむすこ」(http://www.atotorimusuko.com/)でTCC(東京コピーライターズクラブ)新人賞を受賞しました。これも似たプロセスでしょうか。
そうですね。商品は、群馬県桐生市の美味しいお米で、元々はパッケージデザインのみの依頼でしたが、ヒアリングを重ねるうちに後継者がいないという話が出てきました。さらに調べてみると、「日本の農家の平均年齢は67歳で、29歳以下の農家は3%にも満たない」と言われており、日本全国でも問題になっていることが分かりました。農家の一番の広告は、つくったおいしい作物なので、お米自体が求人広告になって購入した人は農業体験に参加できるという仕組みをつくりました。
ヤングコンペで学んだ「ファクト」の重要性
──今後、PRとクリエーティブの垣根が低くなるといわれる中で、コンペで明確になった「ファクト重視の思考プロセス」は重要かもしれません。
国内予選に毎年取り組む中で、「PRとは合意形成だ」とPRの大先輩たちから教わりました。そのとき重要になるのが、やはりファクトです。「ファクト」と書くと少し仰々しいですが、企業であれば「やってきた・やっていること」、社会であれば「起こった・起こっていること」です。新しく担当させていただくクライントや商品は、成り立ちから調べるようになりました。
PRと聞くと、いかにメディアに取り上げられたかという露出換算の話になりがちですが、「世の中にどう受け入れられるかを考える」ということだと思うので、本来PRと広告の垣根はそんなにないのではないかとも思います。
この経験で学んだことを仕事に還元できるように、これからも頑張りたいと思います。