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マテリアル・イノベーション!No.3

これからのプロダクトに求められるのは「マテリアル体験」だ!

2019/02/08

マテリアル・ライブラリー
マテリアルコネクション東京・吉川久美子代表(右)と、電通CDC堀田峰布子。都内の「マテリアル・ライブラリー」で

2018年12月、電通は「Material ConneXion Tokyo」(マテリアルコネクション東京)との協業を発表しました。マテリアルコネクションは素材、材料のライブラリーを世界中に持ち、素材起点のコンサルティングを行っています。双方それぞれの強みを生かし、さまざまな企業の新製品開発などに貢献していきます。

この協業で目指すのは、「マテリアル・エクスペリエンス」。素材そのものが持つ「触感」や「環境への低負荷」などの感性価値や社会貢献性を生かし、これまでにないプロダクト体験やシーン創出を提供することです。

マテリアルコネクション東京を運営するエムクロッシングの代表取締役・吉川久美子氏と、プロダクト領域を中心とした電通の社内横断組織「DENTSU DESIGN FIRM」を率いる堀田峰布子氏が語り合いました。

プロダクトの差別化が難しくなる中、重要性を増すマテリアル

堀田:今日は私たちが協業した理由や、両社が目指す「マテリアル・エクスペリエンス」の重要性についてお話しできればと思います。それにしても、このライブラリーには、本当にたくさんの素材が展示されていますね!

マテリアル・ライブラリー
世界中の最新素材が「樹脂」「金属」「自然素材」など8カテゴリーで展示されるマテリアル・ライブラリー。企業の企画担当者や製品開発担当者が多数訪れる。

吉川:ライブラリーには2400点の素材が常時展示されており、約7500点の素材情報を検索できるデータベースも管理しています。コンセプトは「業界を超えたコレクション」で、当社ではこれらのサンプルをもとに、いわば“素材起点のコンサルティング”を行っています。

主な顧客は、自社製品の素材を求めるプロダクトメーカーやアパレルメーカーなど。最近は、自社の業界とは全く違う業種で使われる素材を取り入れ、新しい価値を出そうと模索する企業が増えています。また逆に、こうした素材を開発・提供する側の材料メーカーからも多くのご相談を受けます。

堀田:昨今のトレンドとして、素材の重要性が増していますよね。これまでも、プロダクトはカラー(色)、マテリアル(素材)、フィニッシュ(表面の仕上げ)と呼ばれる要素で、差別化や付加価値を打ち出してきました。しかし、あらゆる業界でプロダクトのコモディティー化が進んでいて、外観や機能だけでは、他社製品との差別化が難しくなっています。そうした中で、オリジナルな価値を出す一つの手段が素材です。

カラー、マテリアル、フィニッシュ

吉川:多くの業界が、単純に性能をアップグレードする時代を終えて、製品自体の概念を次のステージに転換しつつあります。例えば自動車でも、「自動運転」などで車そのものの概念が変わると、車内のインテリアが家の中に近づいていくかもしれません。また、事故や衝突が避けられるのであれば、エクステリアも強固な金属を使用しなくてもよいかもしれません。社会や技術の革新のスピードが速くなってきていることもあり、今までの自動車で使われた素材だけでは、足りなくなってきています。

堀田:もう一つ重大な変化が、SDGs(国連の持続可能な開発目標)をはじめとした社会的な環境意識の高まりです。企業にサステナビリティーが求められる時代には、「環境に負荷をかけない」という観点で素材選びを考えなければなりません。最近話題になったコーヒーチェーンの「プラスチック製ではないストロー」は、まさにマテリアルとSDGsにまつわる変化を象徴する事例です。

吉川:アメリカのある美容メーカーでは、建材に使われる「木材チップ」を、新製品のリップスティックのキャップやパッケージに使用したケースがありました。もともとそのメーカーは、美容アイテムの原料なども環境に配慮しており、その姿勢を更に分かりやすく表現したといえます。そして異業種で使われていた素材からヒントを得た商品の良い例でもありますね。

なぜ、“素材”のコンサルファームと電通が協業するのか

堀田:今回の協業で企業に提供していきたいのが、素材がユーザーにもたらす体験価値、すなわち「マテリアル・エクスペリエンス」(マテリアル体験)です。

素材は見た目だけでなく、触覚や匂いなどトータルで「心地よさ」や「安心する」といった感性、気持ちとつながっています。つまり素材を起点に、感情や感覚を誘引するようなプロダクトをつくることで、これまでにない体験やシーンの創出など、新しい価値を提供したいんです。デザインで何とかするのではなく、その素材が持つ力を活用するイメージです。例として、このポータブルスピーカーが分かりやすいですよね。

持ち歩くスピーカー
マテリアルコネクション東京がコンサルティングを手掛けたプロダクト例。家に固定して使うスピーカーを「持ち歩く」というスタイルの提案。手で触ると柔らかくて気持ちいい。

吉川:これはBluetoothでスマホなどと連携するスピーカーで、持ち歩くことを想定したプロダクトです。スピーカーのメッシュ素材は、パンチングメタルなど金属が多いのですが、手で持つこと、つまり肌に触れることを考えると、もっと柔らかく心地よい素材の方がいいですよね。また、持ち歩くなら、よりカラフルでファッショナブルなものにしたいはず。

そう考えて、提案した素材が、このメッシュ生地とエラストマー樹脂です。このメッシュ素材は、オフィスチェアの張地で耐摩耗性や強度があり、外装素材はシリコーンのようなさらさらの触感を持つエラストマー樹脂を使って成形したものです。その結果、感触は柔らかく、しかも防水で、カラーバリエーションもカラフルになりました。すると「使い方」自体が変わってきます。バッグに入れたり、海や山のアウトドアに持っていったり。素材により触感や雰囲気が変わることで、そのプロダクトがもたらす体験も変わったわけです。

堀田:まさにマテリアル・エクスペリエンスですね!これからの協業で、こういった新しい価値をたくさん生み出していければと思います。ここで今回電通との協業を決めた理由についてもお聞かせください。

吉川:私たちはマテリアルの知識には長けていますが、素材のことを知り過ぎているが故に、魅力をうまく伝えきれていない部分があると感じてきました。特に、マテリアルの価値は目で見ただけでは分からないことが多い。何が新しいのか、この素材にどんな意味があるのか。それを直感的に分かるように、ビジュアルやコピーで的確に表現したい。そこに長けた電通と組むことで、補完し合えると考えたのです。

また、バックグラウンドが違うからこそ、新しい価値を共に創り出し、そして伝えていくという、これまでにない取り組みもできると思っています。

パッと見では分からない、素材の価値、企業の思いを伝える

吉川:例えば今、堀田さんが持っているこのカップは、天然繊維が樹脂に混ざっていて、環境負荷が低いものです。そして、成形すると一つずつ混ざり具合が変わり、全て違う模様になります。

これまで、商品が均一に生産できないことは、メーカーの品質管理上、忌避される傾向がありましたが、少し風向きが変わってきました。こういうサステナブルな素材を使った、一つ一つ個性のある商品を生活者が支持し始めています。写真を見ただけでは分からない、素材が持つサステナビリティーや特性を社会に向けてどう伝えていくかは大切ですよね。

ハイブリッド素材
自然素材をハイブリッドしたプロダクトは現在、各企業が注目している方向性のひとつだという。

堀田:このカップの素材に、ストーリーや企業の思いが込められているわけですよね。それをきちんと価値に転換して伝えるために、私たちの広告コミュニケーションの力を入れていければと思っています。

吉川:多くの企業ではモノづくりと広告のチームが分かれています。例えば開発時点ではマテリアルコネクションのようなところが素材起点で製品を提案し、コミュニケーションの局面で広告会社が入ってくるというスタイルです。でも、それ故に“伝え方”が後付けになることも多かったんですね。

堀田:その点、今回の協業では、コンサルや製品開発の段階から両社が一つのチームとして入る体制を構築しています。コミュニケーションのプロである電通が加わることで、初期段階から「製品、素材の本質的な長所」が明確化され、キーワードとして全員に共有されるようになります。そして、そのキーワードはそのまま広告コミュニケーションにつながるので、より的を射た表現になるのではないでしょうか。

吉川:伝え方という意味では、消費者や社会だけでなく、企業の社内も対象になりますよね。例えば開発部門が新素材を使った製品アイデアを思いついたとき、その価値を社内でどう伝えるか。こういうことも現在のコミュニケーションの課題です。

また、一方で、素材を提供する側である材料メーカーにとっても、新素材をどうPRするのか。今や、素材の「機能性」を数字で示すだけでは足りない時代です。その素材がもたらす今までにない付加価値をどう表現できるか、そこにもコミュニケーションのノウハウが必要となります。

「ビート板」がコースターに。新しい素材の使い方も提案したい

堀田:新素材はもちろんですが、昔からある素材でも、新しい使い方やシーンの提案で全く違う価値が生まれるかもしれません。電通のクリエーターにはそのアイデアを出す力がありますし、広告ではなくプロダクト開発に関わることで、広告クリエーターの領域拡張にもなるともくろんでいます。

吉川:昔からある素材の活用でいうと、このコースター(※取材陣に出してくれたお茶のコースター)も、実は「ビート板」の素材(ポリエチレン発泡体)でできているんですよ。触ると懐かしい感じの「記憶が呼び起こされる」マテリアル・エクスペリエンスが得られると思います(笑)。

広告コミュニケーションの力で「体験」を想像してもらい、そして目の前の実物に触れることで、「こういうことだ」とはっきり感じてもらえるようなプロダクト、素材の使い方を追求していく。それをわれわれで実現できたらいいですね。

堀田:電通の各種調査を見ても、「環境に配慮した製品を選びたい」というユーザーインサイトは強くなっていますし、今後ますますマテリアルの意味合いは大きくなるはずです。われわれが提供するマテリアル・エクスペリエンスは、カラー、マテリアル、フィニッシュという“外観加飾”という段階から、きっと日本のモノづくりを次のステージに上げていける力を持っていると思っています。本日はありがとうございました!

マテリアルの例
ビート板の素材でつくったコースター(手前)など、マテリアルコネクション東京が企業に示唆する素材の活用方法は幅広い。