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高崎卓馬のクリエイティブ・クリニック特別編No.1

「表現の加齢臭」とその特効薬

2019/04/08

<目次>
加齢臭の正体は「既視感」である
広告が「数歩先」を歩かなくてはならない理由
「オリジナリティー」が加齢臭を退治する!


加齢臭の正体は「既視感」である

愛すべき後輩トミタくん(仮名)はとても生意気だ。

僕のことを心のどこかで「面倒くさい」と思っていることを、彼はその若さゆえに隠せずにいる。僕もずっとそうだったからよくわかる。一緒に仕事をしていると、大きな筋の決定権は僕のほうにあるからどうしてもストレスはあるだろう。

「どうやったら先輩のダメな企画に負けないですみますか」

でた、トミタくんのひどい質問。僕のことを遠回しに攻撃している。

「あ、髙崎さんのことじゃないです」

さすがのトミタくんも僕の警戒に気がついた様子だ。しばらく考えて僕はとっておきの一手を教えた。

「そういうときは、『なんかそれ古くないですか?』って言うようにしてたかな」

「それ、超ひどいっすね」

そう。確かに、今それをトミタくんに言われたら、僕は半年くらい引きずるだろう。思えば僕もずいぶん配慮のない若者だった。でも、若いうちはそんな抵抗ぐらいしかできなかったのも事実だ。

クライアントとコンセンサスを得やすい企画にはどこか既視感がつきまとう。企画を成立させて仕事を進めていくために、経験ある大人たちはそこに流れやすい。

表現とは常に新しい挑戦が含まれていなければいけないという信念は、納品という言葉に弱い。暗黒面に次々と落ちてゆく大人たちを前に、無力な若者は自分の企画の不出来を棚にあげ、もっと面白くなきゃ嫌だ!と叫ぶこともできずに、「なんかそれ古くないですか?」という言葉をしょっちゅう口にしていた。我ながら面倒で嫌な若造だ。

実際、この言葉はかなり効いた。無邪気を装う若者のその一言で会議はよく振り出しに戻った。

「既視感っていうのは、表現の加齢臭みたいなものかもね」

「どういうことですか?」

「なんか古い、って感覚は既視感が連れてくるからね」

「僕も使おっ」

トミタくんの目が光る。

「トミタくん、それ僕には使わないでよ」

「あれ?髙崎さんも意外とそういうの弱いんですね」

トミタくんがニヤリとする。ああ、一番知られてはいけないやつに弱点を握らせてしまった。

この生意気で愛すべき後輩トミタくんを黙らせるには、彼が参りましたと言う企画を僕が出し続けるしかない。企画は企画で否定するしかないのだ。

でも、僕がこの面倒くさい後輩と仕事をし続けているのは、実はこういうプレッシャーが欲しいからだったりもする。

年齢と経験を重ねて企画のスピードはあがってはいるが、それはどこか「読める結果」に早々と着地させてしまうことでもある。経験は想像力から翼を奪うことが多い。この「読める結果」こそが加齢臭の最大要因だ。そこは既視感の溜まり場だ。

そんな加齢臭を予防するためのワクチンが、生意気な後輩トミタくんなのだ。背後からのいきのいいプレッシャーはいい緊張をくれる。企画をまとめていくプロセスで必ず「これ、トミタくんが参りましたと心から言うかな」と思うようになるので「読める結果」を避けるようになる。

それに彼はいつでも虎視眈々と僕の企画を駆逐するチャンスをうかがっているから、クリエーティブ加齢臭のワクチンとしては最高品質なのは間違いない。

広告が「数歩先」を歩かなくてはならない理由

広告は世の中よりほんの数歩先を歩いて、これからみんなが好きになるものを指差す仕事でもある。みんなの好奇心を先導するのだ。

「素直に今一番流行ってるタレントとか音楽を使ったほうが早くないですか?」

トミタくん、それは確かにそうだ。反応の数は瞬間的に多くはなるだろう。でも広告が世の中より後ろを走り始めたら、みんなはやがて広告に関心を寄せてくれなくなる。「新しい何かがあるかもしれない」という期待を含んでいない情報に、人が時間や心を割いてくれるとは思えない。

今当たっているもの、つまり「少し古いもの」でつくられた広告に加齢臭がするのは当然だ。加齢臭のする広告が人の胸を打ち、生涯忘れられぬものとの出会いになるとは、到底思えない。

「なるほど。例えばグラフィックだと写真でカンプつくりますけど、あれって既にあるものでつくっているのだから、既視感たんまり、ってことですよね」

「そうだね。いろんな決裁のプロセスがあるからそういう形になっているけど、だったら見直すべきなのは決裁のプロセスかもしれないね。もっと新しいものが入り込みやすい環境をつくることもクリエーティブの一部なんだろうね」

「ネットで拾った画像を貼りつけた企画書なんてもってのほかですね」

でた。トミタくんお得意のブーメラン。このテーブルのうえにある君の企画にはまさにネットで拾った画像が貼ってあるけど。トミタくんは短絡的だ。よく言えば素直だが。

「既視感って、オリジナリティーが足りないって意味でもあるよね」

僕はトミタくんと会話しながらその既視感の退治方法について考え始めた。

おもむろにトミタくんはノートにメモをしはじめた。ノートの表紙には大きくマジックで「フムフム」と書いてある。

フムフムノート

「なにそのノート?」

「あ、髙崎さんがなんかいいこと言ったらメモするためのノートです」

なんかバカにされてる気がするが、まあいいか。

「そういう意味だと、若くてもオリジナリティーのない、加齢臭のする企画しちゃうひといますね」

でた。必殺のブーメラン再び。本人はまったく気がつきもせずに質問を続ける。なんと神経の太い男だ。もはや羨ましい。

「でもオリジナリティーって、むやみやたらに変なもの出せって言うならいくらでもできますけど」

トミタくん、そうじゃないよ。ここで言うオリジナリティーとは、異質なものという意味じゃない。僕はコーヒーを一口飲んでゆっくり言葉を探しながら話した。

「オリジナリティー」が加齢臭を退治する!

「コミュニケーションなんだから、目指すゴールは『相手が動くこと』だよね。オリジナリティーは、あくまでそのゴールに向かうミッションをもったアイデアという条件のなかになきゃね。

そのうえで、10人いても100人いても1000人いても自分1人しか思いつかないものであるかどうかだと思うけど」

「フムフム」

では、どうすれば既視感を退治し、オリジナリティーを出せるのか?ひとつ考えられるのが、「制約」の存在だ。

広告の仕事をしていると、実にたくさんのトラブルや予想外の無理難題に見舞われる。でも、最初に思ったアイデアのまま最後までつくるより、そういうトラブルを乗り越えてつくった表現のほうが圧倒的に強くなる。

それはきっと「制約を乗り越えていく」という行為が、結果的に他人とは違うアイデアを生み、表現にオリジナリティーを与えてくれるからだろう。

だからトラブルや難題は実は歓迎すべきものだったりもする。それを分かりやすく具現化したのがこのトミタくん、君だ。

「トラブルや難題ですか。そういえば髙崎さんって打ち合わせのとき、よくみんなと逆のこと言い出しますよね。あれってわざとなんですか?」

トミタくん、わざとじゃなかったらそれはただやばい人だ。君は僕のことをそう思っていたのか…。

それはさておき、「逆のことを言い出す」のも僕なりの加齢臭対策のひとつかもしれない。オリジナリティーある企画へジャンプするための、頭を柔らかくする準備運動のひとつかもしれない。たしかに、打ち合わせで今まで積み上げて来たものの逆のことを言い出すと、新しい企画を思いつくことが多い。

「フムフム」

フムフムノート

トミタくんはついにノートに「フムフム」とそのまま書いている。彼のような鉄のハートが欲しい。

これから広告はどんどん変化していくだろう。この荒波を渡るのは本当に楽しそうだ。新しいふりをしたものはあっという間に消える。

表現がどんな風に変質していくのか、トミタくんたちがどんな答えにたどり着くのか、本当に楽しみだ。

面白くならない企画はひとつもない 髙崎卓馬のクリエイティブ・クリニック
書籍『面白くならない企画はひとつもない  髙崎卓馬のクリエイティブ・クリニック』(発行:宣伝会議) 四六判、279ページ、1800円+税 ISBN 978-4883354573
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