世界のベスト30に選出。本来あるべき姿を見いだすアートディレクター
2019/04/12
NYのThe One Clubが主催する、プロとして活躍する若手クリエーターを対象とした国際賞YOUNG GUNS。2018年は、約40カ国、数百を超える応募の中から82人のファイナリストが選出され、その中から30人が「YOUNG GUNS 16」を受賞。電通からは河野智氏(第3CRプランニング局 アートディレクター)が受賞を果たしました。
YOUNG GUNSは、各クリエーターが携わった作品6点をポートフォリオとして提出して審査。その「人」自身が表彰される形式です。河野氏は、ヤフーの企画として話題を呼んだ「History of the Internet」や、北國新聞社の「72 POSTERS for school teams participating in the high school sumo tournament」などの作品が評価され、今回、日本人で唯一の選出となりました。
これらの作品について、河野氏に制作秘話を聞きながら、彼が目指すクリエーター像に迫ります。
圧倒的な情報の蓄積をビジュアライズした「History of the Internet」
──今回の受賞につながった「History of the Internet」について教えてください。
ヤフーが2016年4月に20周年を迎えるに当たって制作された、インターネットの歴史を1枚の絵巻物に編纂した企画です。
最初に、インターネットの年表を作りたいというクライアントからのリクエストがありました。その後、クライアントの方々や社内メンバーと話し合う中で、日本のインターネットの歴史を客観的にまとめた年表を、デジタルと真逆の超アナログな古い絵巻物で作るというアイデアに決定しました。
掲載の約9カ月前からプロジェクトがスタートしたのですが、それでも作業時間が足りないくらい、情報量の多い作品でした。まずはインターネットの歴史をまとめるためにさまざまな出来事をピックアップ。それをカテゴリーごとに分け、事象としての重要度をレベル分け・取捨選択をして、ベースとなるインフォグラフィック(情報やデータをビジュアルで視覚的にまとめたもの)を作成しました。取り上げた事象は、約1300個もありました(笑)。
そのインフォグラフィックを基に絵を描いていったのですが、大切にしたのは、「インターネットの歴史」という形のないものをどう表現するかです。インターネットも歴史ももちろん目には見えませんが、実際はものすごい情報と年月の蓄積から成り立っています。それを一目で伝わるように表現しつつも、歴史のすごみを感じさせる。そのためにデザインとして成立するよう構造を整理した上で、とにかく緻密に一つ一つの事象を描き込んでいくことにしました。20年という、インターネットの歴史が持つ圧倒的な情報量を迫力のある形で伝えられたと思います。
同時に、この絵巻物は18メートル超えの壁画にして展示する予定だったので、実際に間近で見ても絵のクオリティーを担保できるようイラストレーターに細部まで精度高く描いてもらいました。まさに時間との勝負です(笑)。
絵巻物には、それぞれの事象がさまざまなモチーフで描かれています。また、インターネットの歴史の比率と世界全体の歴史の比率とをリンクさせています。2005年の事象は世界全体の歴史に当てはめると日本の明治時代、といった具合です。
例えば、インターネットができた時期は描かれる風景が創世記の絵になっていたり、ソーシャルゲームが台頭してきた頃は、ちょうど日本の戦国時代にあたったので武士同士の戦いで対立構造を描いたりと、一つ一つ見ていっても楽しめる作品だと思います。
この企画でNYADCのGold Cubeを受賞し、クライアント内でも好評を頂いて、以降毎年行われることとなりました。2018年には、再びこのプロジェクトに携わりました。
伝統的な相撲を「今の表現で捉え直す」
──YOUNG GUNS 16で評価された、高等学校相撲金沢大会の「72 POSTERS for school teams participating in the high school sumo tournament」についても教えてください。また、この作品は、2019年度のADFESTでも2部門で受賞されましたね。
金沢で毎年行われる高校相撲の全国大会の広告です。2016年の第100回記念のタイミングから大会広告を制作してきました。こちらは2018年のものです。
オリエンで求められたのは大会の広告でしたが、そもそも相撲部に所属する高校生の数は決して多くない状況です。だとすると大会を盛り上げることから一歩立ち返り、まずは全国の相撲部を盛り上げるべきじゃないかということになりました。そしてそれが高校相撲、ひいては大会自体の活性化につながると考えました。そこで、出場する72校すべての相撲部のポスターを制作し、大会会場に掲出。大会後には部員募集ポスターとして活用してもらえるよう、出場校にそれぞれ渡しました。
大切にしたのは、相撲という競技を“今”のビジュアルで捉え直すことです。相撲は日本の国技であることはもちろん、江戸時代には誰もが熱狂していた憧れのスポーツ。ただし、時代が変わる中で、ビジュアルイメージが古いままとなってしまった。そこで、相撲のダイナミズムを今の視点で表現することで、相撲を民衆の憧れであった競技という立ち位置に戻すことを目標としました。
相撲の本質は、なんといっても力のぶつかり合いだと思ったので、それを色のぶつかり合いに置き換え、補色同士を組み合わせた上で、ハイコントラストな強いビジュアルにしていきました。また、アングルも工夫しました。相撲って、テレビ中継を見ていると決まったいくつかのアングルに限定されていると思ったので、今までにないアングル、例えば投げている際の足下からの視点などを撮影していきました。
相撲自体の光景は長く変わっていませんが、今の視点で捉えることで相撲のポテンシャルを引き出そうとした試みです。
アートディレクターとして、まず“一つ”を極めたい
──クリエーターとして大切にしていることはなんですか。
「本来あるべき姿を考える」ことです。時代や置かれた状況によって、本来あるべき姿から変わってしまったり、遠ざかったりということがありますよね。例えば、相撲はみんなの憧れのスポーツ、花形だったわけですが、その伝え方は時代に合わせて変えていかないと、本来の姿から遠ざかってしまいます。インターネットの歴史も同様で、たとえ目に見えなくても、本来は途方もないほどの集積があります。そういったものの“あるべき姿”は何なのか、そしてそれをどう表現するか。そこをまずは考えるようにしています。“あるべき姿”を見つけることができれば、改めて世にそのものの価値を提示できると思っています。
自分は本当にまだまだ足りないところばかりです。今回の受賞も、クリエーティブディレクターやコピーライターなど、さまざまな方と今いる環境に助けられた一連の仕事で評価されたものだと思っています。僕自身の力だけでは到底この賞は取れていなかった。なので、とにかく今はアートディレクター、グラフィックデザイナーとしての腕を磨いていきたいです。
具体的には、今はできるかぎりグラフィックに専念してみたいと考えています。広告の領域は多岐にわたってきていますが、僕は不器用なので、いろんな分野に手をつけたら中途半端な人間で終わってしまいそうで。だからまずはグラフィックに特化して、そこでなんとか一人前になれたら、別の分野や周りの人たちの力になれるんじゃないかと。誰かが「この仕事かっこよく仕上げたい」と考えた時に、思い浮かぶ存在になれればうれしいですね。
この仕事に就いたのも、かっこいいものが好きで、それを自分の手で作りたかったからです。日々の広告制作ももちろんですが、文化を表現するデザインなどももっと作っていきたいです。その際、本来あるべき姿を考え、純粋に美しいもの、かっこいいものを追求したいなと。そんなことを意識しながら、人の感性を揺さぶるデザインを極めていきたいと思っています。