【続】ろーかる・ぐるぐるNo.160
コトバ選びの責任について
2019/07/04
トスカーナやボルドーを旅するなら、その土地のワインに地元の料理を合わせる幸せを堪能したいものです。日本国内だって、地酒には地の旨いもんがサイコー…と言っても、そのためには、東京から遠く離れなければなりませんよね?ところが渋谷から電車で一本。池袋からわずか1時間で、土地に根づいた料理を肴に、特別なお酒を楽しめるのです。
埼玉県の東松山には「やきとり」というユニークな食文化があります。何が変わってるって、それが「ぶた」のカシラ肉を炭火でじっくり焼いたものだから。そこに各お店自慢の「みそだれ」を塗って食べれば、嗚呼、もう絶品なのです。
あまい肉汁とたれのしょっぱさを癒やすために、何が何でも飲みたくなるのがビールですが、実はこの東松山。最近、世界のクラフトビール界を席巻している「コエドビール 」の生産地なのです。地元民に長らく愛されている「やきとり」の名店の暖簾をくぐり、この町で汲み上げられた地下水から生まれた琥珀色の液体をゴクゴク。大ぶりな串をバクバク。そしてまたゴクゴク、バクバク…。
こんな幸せって、あるでしょうか!
実際、コエドビールの勢いは留まるところを知りません。2018年度だけでも、アメリカのWorld Beer Cup をはじめとする海外、五つのコンペティションで合計10個のアワードを獲得しました。現在輸出しているのは20カ国だそうですが、引き合いは増え続けています。
しかしビール事業に進出した当時は苦難の連続で、一時は真剣に撤退まで検討されたそうです。
そもそもコエドビールを製造・販売している協同商事は「安心で安全で美味しい」をコンセプトに、農家と「協同」で有機農業に取り組む企業でした。連作障害を避けるために収穫されることなく田んぼに鋤き込まれていた麦に注目した先代社長がビール造りの着想を得たのでした。
時代の後押しもありました。1994年の規制緩和によって小規模醸造が可能になったからです。全国を席巻した「地ビールブーム」の中、協同商事も地元川越産のさつま芋を使ってオリジナル商品を開発しました。当初は物珍しさもあって話題になりましたが、ふつうのビールと違って「クセがある」という評判が広がって、販売的には10年以上、苦戦が続きました。
2006年、彼らは「地ビール」というコンセプトから「クラフトビール」にスイッチしました。
「地ビール」は、その「地域の魅力」が売りです。一方「クラフトビール」は「職人の技」が最大のポイントになります。朝霧社長は四苦八苦を続ける中で、当時日本国内ではほとんど使われることがなかったこの言葉を「発見!」し、それをもとにすべての施策を再構成しました。極端にいえば、たったそれだけの、部外者から見ればほとんど何も変わらない、しかし当事者にすれば命運をかけた「小さな言葉」の変更が、その後の快進撃を生んだのです。
コエドブランドの中核をなすのは「毬花」「瑠璃」「白」「伽羅」「漆黒」「紅赤」という、六つの「日本の色」で表現されるシリーズです。それを通じて伝えようとしているのは「Beer Beautiful」。世界には百を超えるビールの種類がありますが、それを「強烈な個性」として表現するのではなく、日本の職人ならではの繊細なバランスで「美しいビール」をつくろうという試みです。
まさに「日本のクラフトビール」を追求する世界がそこにあります。こういったイノベーティブな取り組みは、後から見ると「そりゃ、そうだよね」「当然だよね」なのですが、実際のプロセスを伺うにつけ、「売れない」状況の中、「クラフトビール」という言葉の力を信じ抜いたことに感嘆する他ありません。
いかがですか?ちょっと飲みたくなりませんか?(笑)
どうぞ、召し上がれ!