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インスタ映えの時代に、食×アートがもたらす「価値の再定義」

2019/08/28

近年、新たな領域で活躍するアートディレクターが注目を集めています。例えば「アート×食」。アートディレクターならではの視点で開発された、新しい食の体験を提供する商品が誕生しています。

そのひとつが、夏に楽しめるドーナツとして生み出された「ウキウキドーナツ」。“夏”と“ドーナツ”を組み合わせ、ドーナツの価値を再定義したスイーツです。

この新商品のアイデアを考えたのが、アートディレクターの松下仁美氏(電通 第3CRプランニング局)。電通の「食生活ラボ」に所属する彼女は、どのような考えからアートと食、アートとドーナツをつなぎ合わせたのでしょうか。

松下さん
松下仁美氏(電通 第3CRプランニング局 アートディレクター)

アートディレクターの発想で新しいドーナツをつくったら

──「ウキウキドーナツ」について教えてください。

ウキウキドーナツ
「ウキウキドーナツ」

福岡県大牟田市の「ROOTH2-3-3」から発売された、夏季限定のドーナツです。ドーナツを浮き輪に見立て、アイシングクッキーの水着の女の子を組み合わせた、暑い夏でも涼しい気持ちで楽しめるドーナツを開発しました。

私は今年の1月から、電通の社内組織「食生活ラボ」(食ラボ)に所属しています。食ラボは、「食」による社会課題解決に取り組んでいて、「スイーツ×アート」で世の中をハッピーにする提案をしていく「オカシナカタチプロジェクト」をスタートしました。ウキウキドーナツは、その第1弾です。

オカシナカタチロゴ

このドーナツのアイデアは、食ラボに入る前から考えていたもの。普段から飲食店をやっている友人と「こんなスイーツあったら面白いよね」と、遊びでいろんなアイデアを出し、小ネタ集のように、自分のパソコンにためていました。お菓子は幸福感をいっぱいにしてくれるものですし、何より自分がスイーツ大好きなので、これは本当にただの趣味でした。

原宿の近くに住んでいるのですが、いろいろなスイーツが一瞬で話題になって、行列ができています。しかも流行のサイクルがすごく早い。商品を仕掛けてから、実際に売り出されるまでのスピードがとても速い上に、食べることで消費者にダイレクトな体験価値をもたらします。広告の仕事でプロモーションを仕掛けて、世の中に話題を生み出すプロセスと似ていると思いました。加えて、今はインスタ映えが話題づくりの主流です。そして、そこはまさにアートディレクターの得意分野です。

ちょうどその頃、海外の大手ドーナツチェーン店が日本から撤退したり、あるコンビニがドーナツの店頭販売をやめてしまったり、さらには「ドーナツは夏場に売れない」というニュースもありました。その中で、「新しい価値をつくれないか」と思い、ウキウキドーナツの原型となるアイデアができました。


ドーナツが売れない夏に、どうしたら注目してもらえるのか

──それからどのようにプロジェクト化したのでしょうか?

食ラボに入るときの自己紹介で、メンバーにお菓子の小ネタ集を見せました。そこで、「面白いから実現させてみよう!」ということになったのです。電通社員に自主プレゼンしていたところ、ご縁があって、ROOTH2-3-3を紹介していただき、発売に至りました。

ROOTH2-3-3のオーナーは福岡県の出身の方。地域を活性化させて地元に恩返ししたいという思いを持たれていて、この店舗を出されたのもその一環です。私は大牟田から近い熊本で育ったので、その気持ちにも感銘を受け、このアイデアで地域に還元できたらと思いました。

開発でこだわったのは、とにかく見た目のかわいさです。どうすれは、見た目で他のドーナツと差別化できるのか。そして、どうすればドーナツを夏に食べたいと思ってもらえるのか。

アートディレクターは、物事を視覚的に捉え、見た目が似ている違うカテゴリーのものに見立てることが得意です。ドーナツの穴の開いた丸い形を、今回は浮き輪に見立てたように、どういうふうに表現をジャンプさせることができるのか。そこはパティシエの方とは違う視点だからこそ思いつくアイデアかもしれないと思っています。

とはいえ、“食べ物”を扱う難しさもありました。食品衛生法や味、調理方法との折り合いをつけるのは容易ではなく、1個当たりの利益も大きくないので、コスト面も苦労して…。ただ、パティシエの方々もとても協力的で、一つのチームとして一つ一つ解決できたと思います。細かな折り合いをつけたり調整したりというのは、普段の広告作業でも同じなので、今までの経験も生かすことができました。

これからもドーナツの価値や印象を変えるような商品を開発して、少しでも地域を盛り上げられたらいいですね。

ストーリーのあるドリンクがあったら面白い

ウキウキドーナツ以外にも、食の仕事が増えています。先日、「女優ドリンク」というものを発売しました。

CASTCAFE①

7月31日にオープンしたアパレルブランド「CAST:」に関する企画です。CAST:は「着る映画」をテーマに、映画そのものがブランドの商品のプロモーションビデオになる映像作品を制作。作中に登場する3人の女性をイメージしたブランドラインがあり、映画を見ながら劇中のアイテムをシネマコマースで購入できるシステムです。

このブランドの立ち上げに私も携わっていて、渋谷のフラッグシップ店に設けるドリンクコーナー「CAST:CAFE」のディレクションをすることに。ここで女優ドリンクを企画しました。

映画の主人公3人をイメージしてつくったドリンクで、原料や味から食品担当の方と一緒に開発していきました。食ラボのレポートを何度も読んで得られた知見を使い、今話題になっていて、かつ美容効果もある原料を選びました。

CASTCAFE②
CASTCAFE③
CASTCAFE④

──今後、「食×アート」の分野でどんなことをやっていきたいですか。

ファッションでは、社会への提案だったり、アートとの掛け合わせが一般的になっていますが、食はまだたくさんの可能性が残されていると思っています。例えば、コンサバなかわいいスイーツは世の中にたくさんあっても、社会に対して問題提起できるようなスイーツはあまり見たことがありません。かわいいスイーツが社会に問題提議したら面白いなと。あとは女優ドリンクのように、食に意味やストーリーを付加してしまうのも、広告に携わるアートディレクターならではの視点だと思います。

ファッションや商品デザイン、広告など、食以外の領域の知見を取り込めるのが私たちの強みだと思うので、これまでとは違う切り口で、新しい食の提案をしていきたいですね。

もうひとつ、お菓子やスイーツは“おみやげ”としても重要なので、地域を元気にするおみやげのブランディングもしたいです。お菓子は食べるだけでハッピーになることができて、おみやげとして人に渡すことでコミュニケーションツールにもなると思うので。

フードロスが問題視される一方で、3Dフードプリンターが少しずつ実用化されてきたり、食はこれからますます注目されていくと思います。その中で、私たちもアイデアを使って新しいことができたらうれしいですね。太らない程度に、おいしい仕事が入ってくるといいなー、なんて思っています。