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【続】ろーかる・ぐるぐるNo.167

ビジョナリーな人々

2019/10/10

アヒソース
アヒソース
魚介のフライ
魚介のフライ

世界的にペルー料理がブームになって、しばらく経ちますが、どうも日本国内での盛り上がりはイマイチのようです。セビーチェ(マリネしたお刺身)やフライで海鮮も味わえるし、醤油風味のチャーハンもあるし、唐辛子がピリリと効いたアヒソースは万能だし。どう考えても日本人好みだと思うのですが、文化が国境を越えていくのって、意外に難しいものですね。

セビーチェ
セビーチェ

前回、アルゼンチンにあるキンケラ・マルチン美術館に、わが家にあった「ねじ釘勲章」を寄贈したお話をご紹介しました。このご縁をつくってくださったのが駐日アルゼンチン大使館の柏倉恵美子さんです。

カミニート
カミニート

ことしの1月。タンゴの名曲「カミニート」を記念してキンケラ・マルチンがつくったブエノスアイレスを代表する観光エリアが創立60周年を迎えるにあたり、なんとか当時の映像が手に入らないかと奔走していたのが柏倉さんでした。

関係者の「たしか東京のテレビ局が取材に来ていた」という曖昧な情報を手掛かりに「兼高かおる世界の旅」を放送していたTBSにアクセスしたり。それでダメならカミニートの作曲者フィリベルトやキンケラ・マルチンと親交のあった津田正夫の孫なら何かわかるに違いないと考え、ネット検索でこのウェブ電通報の小さな記述にたどり着き、わざわざ電通の広報担当まで直接問い合わせをくださったり。

正直、そんな大昔の映像なんて簡単に入手できる訳もないのですが、にもかかわらずなぜ「そこまでやるか」と言えば、柏倉さんには「国と国との友情を結ぶ」という明確なビジョンがあるからだそうです。

ポポル・ヴフ
『マヤ神話 ポポル・ヴフ』(A・レシーノス 原訳、林屋永吉 訳、中公文庫)

そして、そのビジョン形成に大きな影響を与えたのが、ボリビアやスペインで大使を務め、柏倉さんが大学で指導を受けた林屋永吉さんでした。その林屋さんは外交官として数々の実績を残しただけでなく、なんとノーベル文学賞を受賞した詩人と協力して「奥の細道」をスペイン語に翻訳しています。

さすがにそれは読めないので、同じく林屋さんが翻訳なさった『マヤ神話 ポポル・ヴフ』(中公文庫)を手に取りました。ユカタン半島に栄えたマヤ文明の宇宙創造に関する思想や古い伝説、その起源、そして1550年までの王たちの事蹟を記した、いわば「マヤ版 古事記」。

その壮大なストーリーに触れながら、この容易ではなかっただろう翻訳を成し遂げた林屋さんの「相手の国を深く、深く理解しよう」、そして「国と国との友情を結びたい」という強い情熱を感じました。企業の営利活動だけでなく、「そこまでやるか!」という活力を生むのは、やっぱり力強いビジョンなのだと再確認した次第です。

ちなみに。

この林屋さんと、ぼくの祖父はアルゼンチン時代、当時は辺境だったパタゴニア地方へ一緒に旅をしました(『火の国・パタゴニアー南半球の地の果て』[津田正夫著、中公新書]という本に書いてあります)。今回の柏倉さんのご尽力で、柏倉さん、林屋さん、祖父、そしてぼくというご縁が、丸くつながりました。

美術館館長

さらにある日、今回の寄贈をきっかけにやり取りするようになったキンケラ・マルチン美術館の館長さんからぼくのところに「こんな資料を見つけたよ!」と、一枚のクリスマスカードの写真が送られてきました。そこにはなんと、大きな大きなおむつをしたぼくが祖父の膝の上に座っているではないですか!おや、まぁ!!

クリスマスカード

これこそまさに、柏倉さんの情熱が昔々の友情物語を掘り起こし、また新たにぼくと館長の間に国境を越えたご縁を結んでくださった、そんな瞬間でした。
 

どうぞ、召し上がれ!

書籍